NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.355

原宿ロックンロールドリーム
       ~ロックアーティスト専門店激闘記
 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


第18回:夢は終わった~KEIBUY閉鎖、戦友たちの退社、そして倉庫へ左遷

KEIBUY JAPAN 閉鎖

 1992年夏、バブル経済期の象徴的事業でもあったオークション事業部KEIBUY JAPANが閉鎖となった。ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニーの初来日公演、未曾有の洋楽大ブームの到来から僅か2年あまりでのシャットアウトだった。89年、90年頃の毎月何千万円にも膨れ上がった売り上げは徐々に下降線をたどり、マンスリーオークションへの出品依頼ばかりが殺到する有様。その一方で高値の出品物への落札希望者は減る一方であった。

 正直なところ、ビジネスマンとしての教育を受けることなく、またその視点もなく、時代と会社の要求によって毎月カタログを作り続けていた「編集バカ」の俺の手に負える事態ではなかったのだ。莫大な利益を生み出す為ではなくて、既に「素晴らしいオークションカタログを作りたい」という自己満足のためだけに仕事をする状態に陥っていたのである。

 元々KEIBUYのオークション・システム自体が腑に落ちない点が多かった。落札金額の内にKEIBUYが手にするマージンは僅か10%。また他者からの委託出品を請け負う際にも、出品料(カタログ掲載料)は無料だった。落札物の発送料金も無料。 この3点はかねてより改善を会社に申し込んでいたが、表面的には毎月何千万円もの売り上げをあげていただけに会社はまったく取り合ってくれなかった。

 仮に5,000万円で落札されても、500万円しか手元に残らないのではヤル気になるはずがない。しかし500万円が手元に残るアイテムを10個探し出せ!そうすれば売上は5,000万円だ!それが会社の方針だったのだ。こんなことを続けていては、まず現場の人間がいつまでも耐えられるはずがないのだ。我ながら、俺はよくもまあ耐え抜いたものだと思う。

 またこれは定かな情報ではないのだが、会社はKEIBUYの売上のほとんどを新規事業に使っていたらしい。つまり出品者への落札代金の90%の支払いの相当な額を無視していたということだ。独立採算制のJ社ではあったが、それは建前に過ぎず、各店の売り上げは全部本社側が管理していたのである。

 社内でのお金の巡回もフェアではなかったらしい。例えば、「ゲットバック」や「ギミーシェルター」からKEIBUYに出品されて落札されても、店側への支払いも無視されていたようだ。KEIBUYだけではなく各店の売り上げもジリ貧になっていたので、各店は秘蔵の“一発大逆転アイテム”をKEIBUYに出品してくれていたが、本社側のこんなやり方では各店もKEIBUYに協力しなくなってくるのは当たり前だ。

出品者からのクレーム、各店からの不満をとりあえずは「ウルサイから一度強引に蓋をしてしまえ!」ということで、KEIBUYはほとんど何の断りもなく本社側から一方的に閉められてしまった。


ショックを隠せなかった正木店長の退職

 命を削って働いていた部署の閉鎖は、悲しみも虚脱感も「毎月の地獄のカタログ製作からこれで解放される」といった安堵感も、何ももたらさなかった。KEIBUYの仕事は俺自身の現実以上の、心臓そのものだったからだろう。突然「オマエの心臓を止めることになったから」と言われたって、その通達は静かに吹き抜けていく見えない風みたいなものにしか感じなかった。
 突き付けられた現実がデカ過ぎると、人間は即座に反応出来ないのかもしれない。だからKEIBUYの閉鎖をN社長から通達された時の状況すらまったく覚えていないのだ。ショックなんてものを受けるには、少し時間が必要だったようだ。

 それでも帰宅して一人になった時、寂しさがこみ上げてきたのかもしれない。「ラブミーテンダー」の正木店長に電話連絡をした。正木店長は俺の報告には一切ノーコメントだったが、「今からそっちへ行くよ」と言って本当に1時間後に俺のアパートにやって来た。それも缶ビール1ケース持参で。当時俺と正木店長のアパートは、電車で2駅しか離れていなかった。

 ビール箱を担いでやって来てくれた正木店長を見た時、「俺はなんていい友達をもつことが出来たのだろう」と感じた(はずだ!笑)缶ビール1ダースは二人でペロリと空けたことは間違いないが、何を話したかはまったく覚えていない。「ラブミーテンダー」は存続中とはいえ、正木店長もまた現在の会社の方針に複雑な思いを抱えていただけに、二人の酒の場としては珍しく重苦しい雰囲気になっていたことだろう。

 「ギミーシェルター」のM店長、「ヤードバーズ/ワールドツアー」のI店長、「ゲットバック」のM店長はいずれもKEIBUYの閉鎖から半年以内に退職していった。正木店長もほぼ同時期に退職する予定だったが、N社長に説得されて本社勤務を半年ほど続けた後に退職していった。ロックンロールドリームへの正体不明な拘りが皆んな強過ぎただけに、その巨大な炎が一気に燃え尽きてしまったようだった。
 「専門店よりも、売れればアイドルだろうが何だろうが構わないのだ」という会社の無謀な方向転換、その為に煽りを食う専門店の社員たちの苦しみ、売り上げを全て吸い上げて会社の都合に回す資金運用への不満。空前の洋楽ブームが到来するまで会社を支えてきた者たちはみんな去っていったのである。俺たちが描いた「ロックンロール・ドリーム」は完全に潰えてしまった。

 しかし俺は退職しようとは思わなかった。下らない意地ではあったが、各店長さんたちが櫛の歯が抜けるように次々と辞めていけばいくほど、「絶対に俺一人でも本当のロック事業をやってやる」って無謀なファイトが湧いてきたものだ。
 でも正木店長の退職だけは辛かった。当時の俺にとって正木店長はサイコーの戦友であり、サイコーの飲み友達だったからだ。そして何よりも、俺よりも年下にもかかわらず彼はサイコーの先輩だった。
 物作りへの拘り方、その為の調査の姿勢、店内ディスプレイのテクニック、また顧客への接し方など、「編集バカ」だった俺が持っていない能力の全てを正木店長は兼ね備えていたのである。だから二人でどんなに泥酔しても、話題は決して仕事から離れることはなかった。悪酔いをした覚えも一度もないのだ。正木店長が去った後のJ社では、「ついに俺は独りぼっちになってしまったな」としんみりしたものだ。 


原宿の華やかなロック・ギャラリーから、下町の薄汚れた倉庫へ

 KEIBUY閉鎖の後、俺が任命された仕事は各店のカタログ作りだった。 約3年間毎月KEIBUYのカタログを作り続けてきたので、当たり前過ぎる配置転換を言い渡された。
 しかし、これもまた当然といえば当然だが、各店のスタッフとカタログ作りの打ち合わせをすればするほど、全店のカタログを俺一人でプロデュースするのはやるべきではないという結論になった。各店のカラー、各店のスタッフのキャラを全面に打ち出してこそ各店独自のカタログとして顧客に喜ばれるのである。
 各店ともかつての店長さんたちが去った店長不在時期ではあったが、新しいスタッフが彼ら独自の情熱をもってカタログを作り上げるものだと俺は判断した。この時は、やっぱり俺も辞め時かもしれないと思った。

 その意向をN社長に伝えたところ、次の指令がすぐに出た。
「倉庫勤務をして、まず倉庫内の在庫を全部チェックしてくれ。在庫の明細もあやふやだし誰も分からないから、在庫の使い道を会社に提案してくれ」
 なんだ、そりゃ?フザケンナってなもんだった。ワケワカンナイ商品を異常に仕入れるからそんなことになるんじゃねーか!そんなこと、仕入れたテメーたちで考えろ!って言いたかった。

 とりあえず倉庫へ行ってみると、想像を絶する乱雑振りだった。30畳ほどのスペースには、海外から試験的に仕入れてみた商品をブチ込まれただけ!ってな惨状だった。他にも、粗大ごみ同然の壊れた什器や家電、ビートルズのロゴの入った異常な数の文房具品、かつて物販イベントか何かで使われたであろうアーティストの大型パネルの数々やらなんやらが放り込まれているのだ。もうどこから手をつけていいのか見当もつかない。一時は業界でも華々しい存在だったJ社の裏の歴史、隠されていた実態を見せつけられた思いがして暗澹たる気分になった。

この倉庫内を見た目だけは整理整頓をしてから退職しようと決めた。原宿竹下通りのロック・ギャラリーから、下町の薄汚れた倉庫へ。大体、どんな会社でも倉庫への転属指令は一種の左遷ルートである。毎朝の通勤時には必ずこんなネガティブな思考がドタマをよぎったものだ。

「これが落ちぶれるって事なんだろうな」
 ある日、N社長が若手社員を4~5人連れて、倉庫整理の進行具合を見に来たことがあった。意外な言葉で励まされたものだ。
「オークションの次は、何が眠っているか分からない宝の山で格闘か!君は大きなお金を動かす仕事が似合うな!」

 このジョークには苦笑するしかなかった。“落ちぶれてしまった”とダウン気味の俺を慰めるための言葉なんだろう。メチャクチャな方針で会社をメチャクチャにしてしまったN社長だが、まだ社員の気持ちをおもんばかる優しさが残っていることには少々驚いた。その日の晩まで全員で倉庫整理をやった後、近くの焼肉屋でN社長は俺たちの肉体労働をねぎらってくれた。


倉庫整理からプレゼント用写真の撮影へ

 ある日、倉庫の屑の山と格闘しているとひとつの大きくて重い未開封の段ボールを見つけた。開けてみると、ローリングストーンズ関連の洋書、それも写真集やらなんやらがぎっしりと詰め込まれていた。見たことも無い物ばかりで、かなりマニアックなものだとすぐに判断出来た。
 こんなブツ、ギミーシェルターの元店長M君が見逃すはずがない。彼が気が付かなったということは、彼が入社する前に海外のコレクターから買い取ったような書籍であろう。当時の担当者が倉庫にブチ込んだまま忘れてしまったに違いない。

 コイツを発見した日は、倉庫整理を中止して一日中写真集をチェックしてみた。やがてあるアイディアが浮かんだ。この貴重な写真の数々を俺の手で複写して生写真にして、「ギミーシェルター」で買い物をしたお客さんへのプレゼントにしたらどうだろう?
例えば500円お買い上げで3枚、1000円お買い上げで10枚プレゼントとか。
 ストーンズ来日後は、「ギミーシェルター」に来場するお客さんは低年齢化が顕著であり、しかも若い女性が多い。喜ばれるかもしれない!と直感した。

 翌日さっそく複写作業をして自腹で現像に出し(まだデジタル写真の無い時代)、写真をN社長に見せたところ大喜び!俺のアイディアはさっそく採用され、毎日写真集の写真複写作業が始まった。
 更に「ゲットバック」もこの作戦に乗り、当時のスタッフが店内の書籍を全部集めて倉庫へ運び込んで来て複写を依頼してきた。もう倉庫整理はしなくてもいいということになった(笑)

 どうやら複写写真プレゼントは、両店ともお客さんの評判は上々だったようだ。両店のお客さんに喜んでもらえる仕事が出来る事は、自分の店ともいえるKEIBUYのギャラリーが無くなり、お客さんと触れ合う機会が失われた俺にとってはせめてもの慰めにはなった。(つづく)


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