NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.335

 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


原宿ロックンロール・ドリーム/ロックアーティスト専門店激闘記
第4回:店舗もカタログも店長の意向任せ!自由奔放さが愛された各専門店の横顔「ゲットバック&ラブミーテンダー編」

 まるでロックバンドのライブ打ち上げパーティーの様なすさまじい忘年会が終わり、1989年がスタートした。 昭和天皇のご容態が日に日に悪化し、60余年にわたる昭和という時代の終わりがすぐそこまで来ていたが、世の中は相変わらずの「バブル景気」に湧いていた。
 東西に分断されていたドイツの統一も近づき、3年前にペレストロイカを迎えた旧ソ連も次々と古い鎧を脱ぎ捨てて「新時代の共産主義国家」としてあらためてその巨大な可能性を世界に向けてアピールを続けていた頃だ。 とにかく何だかよく分からないが、日本も世界も騒がしくてしょうがない時代だった。
 もちろんインターネットは無い頃だが、代わりに紙メディアがもっとも猛威を振るった時代でもあった。世界を観ようが、その辺の路地裏を覗こうが、至る所に話題がころがっており、強引に光を当てて大袈裟に取り上げてみせれば人気紙メディアの出来上がりといった具合だ!

 古くて息苦しい時代に新しい話題の提供が歓迎されていたのではない。 世界全体が何かと騒がしい時代なのに、誰もが更なる新しい刺激を求める風潮に歯止めがきない。 そんな狂騒時代において、新しくて魅力的な話題を庶民が身近に感じ、常に手元で温めておくためには紙媒体はなくてはならない存在だった気がする。
 「ロックアーティスト専門店」を経営するA社の事務所および店舗における物的光景も、円高による輸入品の過剰在庫状態と同時に、出版部の出版物、各店のカタログが所構わず散乱していた。この紙媒体のひとつひとつが、専門店とお客さんとを結びつける絶対の生命線だったのである。
 「原宿ロックンロール・ドリーム:第4回」は、絶えることなく発行され続けていた当時の各店のカタログ状況を交えながら、各店の店長さんの横顔や熱狂的なお客さんのエピソード等をご紹介することにする。まず今回はビートルズ専門店「ゲットバック」、エルヴィス&ロカビリー専門店「ラブミーテンダー」から。
(※使用している写真は必ずしも当時の物ではありません。あくまでもイメージです)


■殺伐とした熱気~「ゲットバック」■


 世界中にそれこそファンが星の数ほどいるビートルズ・アイテムを扱っているだけに、「ゲットバック」の売上金額は毎週月曜日の早朝会議で配布される全店舗売上一覧表の中で断トツだった。その売上を支えていたのはやはりレコード類。正規盤からレア盤までその需要が絶えることはなかった。逆にファッション関係のアイテムの取り扱い数は多くはなかった。
 唯一原宿竹下通りの大通りに面した店舗だったが、周囲の華やいだ雰囲気とはまったく無縁であり、「レコードコレクターズワールド」特有の一種異様な「殺伐とした熱気」が店内を覆っていた。個人的によく通っていた高田馬場や新宿のマニアックな中古レコード店や輸入盤専門店と同様の、ミーハーなファンを寄せ付けない冷たいオーラが漂っていた。何だか「ビートルズ・レコードプレス製造工場」の接客室の様だった。
 実際に「竹下通りにあるビートルズ専門店」という噂だけで華麗なビートルズワールドを期待してやってきた女性客が、思わず入店を躊躇してしまったという噂も随分と流れていたものだ。それでも定期的に企画されていた貴重レコードが一斉に放出される「What's happening day」は、休日の竹下通りの賑わいがそのまま店内に移動してきたような盛り上がりとなり、ビートル・レコードマニアの潜在的な多さに驚いたものだ。1枚のレコードを同時に何人かの来場者が手を伸ばしてしまって大喧嘩になることも珍しくなかったという。
「主婦が押し寄せるデパートのバーゲンセールみたいなものですよ」
当時の店長S氏はそう言って笑っていたものだ。

■トレンディドラマ出演俳優みたいなゲットバック・S店長 ■

 このS店長は、A社の社員の中では異例の“さわやか系”!当時流行りのトレンディ―ドラマに出て来る女性社員にモテモテの広告代理店のデキル若手社員みたいだ。こざっぱりした清潔感のある当たり障りのないファッションであり、ビートル・マニアの匂いもロックンローラー的風情もなかったが、S店長の姿を店内で確認出来れば女性客も安心して「ゲットバック」に入ることが出来たに違いない。
 S店長の部下だったK氏は、反対にモロな!ビートルズ・レコードマニア。世の中でビートルズ、アップルレコード所属アーティストのレコード以外には興味が無いような人物。確かにK氏のビートルズ知識は凄まじく、K氏と情報交換をするためだけに「ゲットバック」を訪れるお客さんは多かった。S店長はこのK氏を上手にコントロールすることによって「ゲットバック」の売上をキープしていた印象が強い。
 S店長はそのさわやか、すっきりなビジュアル通りに整理整頓が上手。膨大な数の貴重なレコードが保管されているバックルームはいつも清潔で整然としていたものだ。S店長の見事な店舗、在庫管理能力があったからこそ、部下のK氏は多種多様なマニアたちが求めるレコードをバックルームからスムーズに取り出せていたはずだ。傍から見ていて、S店長とK氏は凸凹だが実に良いコンビだった。

 また「ゲットバック」には外部の優秀なビートルマニアの協力者も何人かいて、彼らと作り上げたマニアックなレコード・カタログ「ゲットバック/ビートルズ・コンプリート・カタログ」は内容的にもビジュアル的にも素晴らしく、ビートルズ専門店の名に相応しい重厚な一冊だった。
 例え掲載されている欲しいレコードを買えなくても、カタログを所持しているだけでビートル・レコードマニアたちは楽しいレコードコレクターライフを過ごせたに違いない。貴重品を「持っている」、それ以前に「知っている」ことがマニアにとっては重要な事なのである。「コンプリートカタログ」という絶対的な実績を作ってしまっただけに、その後も定期的に発行される「ゲットバック」のカタログ製作者は「下手な物を作れない」というプレッシャーがあったようだ。後にこのカタログの製作を指揮した人物が、俺の上司であるT部長であることを知った時は、「こりゃ俺もいい加減な編集なんか出来ねえな!」と大いに焦った記憶がある。


■ 「ラブミーテンダー」の不思議!? ■

 初めて「全店舗売上一覧表」を見た時に驚いたのは、エルヴィス&ロカビリー専門店「ラブミーテンダー」の健闘ぶりだった。
「神様の様な音楽のファンがそんなに大勢いるのか」
「一体どうやって売り上げを立てているのか」
俺はエルヴィスは大好きだが、今までエルヴィス・ファンと巡り合った経験は少なかったし、ロックと呼ばれる音楽はビートルズ以降、60年代以降の白人音楽と認識していた。エルヴィスとロカビリーは、いわば「黒人ブルース」「ゴスペル」の様な超歴史的音楽と勝手に神格化していたのだ。1970年末期にストレイ・キャッツがデビューした時も、あまりにも歴史的かつテクニカル過ぎるように聞こえてしまい、俺のロックフィーリングでは付いて行けなかった。

 売り上げの秘訣が分からなかっただけに、業務時間中に時間を作っては「ラブミーテンダー」を覗いてみたが、それは薄皮を剥ぐごとくジワジワと解明されていった。
 10坪ほどの小さな店内には商品が鈴なりになっており、ディスプレイが全店舗の中で格段にシャレている!年末のクリスマスシーズンの店内は、各店舗の中でもその演出効果は際立っていたものだ。アイテム単体で見ても非常に清潔である。例えば透明の袋入りの小品も、袋自体が綺麗であり封入されているアイテムがクリアに見えるのだ。元々アイテムに興味の無い来場者も手に持って袋の中を確認したくなるような気配りがされている。
 そして何よりも店内全体が50sにタイムスリップしたかのような雰囲気づくり、それが精一杯隅々にまで妥協無しに追求されている店側の努力がひしひしと伝わってくるのだ。エルヴィス&ロカビリー専門店といった特殊なカテゴライズを強調しなくても、「他にはない美意識と価値観を提供する店舗」として、時代の大きなニーズにハマッテいると言えるだろう。



■ 私は正木さんに会う為に「ラブミーテンダー」に来たのよ! ■


 何度も訪れているうちに「ラブミーテンダー」の客層もおぼろげながら見えて来た。ストレイキャッツに代表されるネオロカビリーファン以上に、今で言う“熟女”よりちょっと上の年齢のオバサマ連中、つまりエルヴィス全盛時代をリアルタイムで体験した女性ファンの来場が少なくない。彼女たちは来店早々、異口同音に口にする。
「正木さん(正木店長)はいらっしゃいます?」
 彼女たちは「私は正木店長に会う為にわざわざ“ガキんちょの街”原宿まで来たのよ!」と言いたげだ。他の店舗ではほとんど見かけないようなセレブなお召し物で着飾った彼女たちは原宿に似つかわしくないのだが、「私たちはエルヴィスが躍動していた本物のロックがあった時代を知っているのよ」といったプライドが全身から放たれている様にも見える!それは筋金入りの頑迷な(?)オールド・ストーンズ・ファンやレッド・ツェッペリン・ファンの強烈な自己顕示欲にも通じるものがある。

 「エルヴィスおばさま」たちは今どきのキャラクターズグッズには興味はないかもしれないが、「ラブミーテンダーに行けば〇〇がある」というチェックは絶対に怠らず、その鑑識力と知識は目に見えない影響力として周囲に自然と広がっていき、やがて若い子たちにも伝承されていくに違いない。そして、いつ大きなお買い物をして下さるか分からない!そんな彼女たちのエルヴィスへの熱い、熱い!想いを受け止めているのが正木店長であることを知った。

 あらためて「ラブミーテンダー」のカタログをチェックしてみると意外にもシンプルであり、「ラブミーテンダー通信」、今で言うメルマガ的なノリなのだ。
「皆様、お元気ですか。ラブミーテンダーは、エルヴィスとロカビリー音楽の魅力をお届けするために今日も元気に営業しています!」
 もちろん新商品や貴重品入荷の報は掲載されているが、例えば「ゲットバック」のカタログの様に取り扱いアーティストの歴史の細部に光を当てた様な匂いはあまりしないのだ。発行号によっては、ストレイキャッツのアイテム中心の場合もある。果たしてこの内容で「エルヴィスおばさま」を満足させられるのかどうかが疑問だったが、この点はまだ入社間もないこともあって正木店長には問い正せなかった。俺が思うに正木店長の当時のカタログ作りは次のような方針だったのだろう。
「お金もあり、知識もあり、エルヴィス現役体験もある。そんな方々に対してエラソーな講釈、見栄を張った商品なんかは掲載出来ない」

 実際にカタログ作りの実作業は年下の部下に任せることによって、店内の全商品を把握させる狙いもあったようだ。また年齢的にストレイキャッツ寄りの部下に、エルヴィスの魅力を商品から学ばせる方針もあったに違いない。オフィシャル・エルヴィス・ファン・クラブと友好関係を保っていたので、凌ぎ合いは無用とのことで内容的にバッティングを避けていたのかもしれない。
 カタログが会員さんに発送された直後らしきある日のこと。「ラブミーテンダー」の店内にいると、既にお見掛けした事のある「エルヴィスおばさま」の一人がやって来た。
「正木さん、いつもカタログ送ってくれてありがとうね。送ってくれるだけでも私は嬉しいのよ!」
聞いているだけでジワ~ンとしたものだ!「ゲットバック」とはまた違う、お店とお客さんとの繋がり方の原点が「ラブミーテンダー」にあったのだ。


■情熱の無いヤツは失せろ!■


 入社して半年ほど経過した1989年3月のある日の早朝会議、年末の忘年会の最中にトイレで「俺、この会社付いていけねえよ」泣きながら嘔吐していた同期入社のI君(ヤードバーズ勤務)が会社に対する怒りを爆発させたことがあった。
「寝てるヤツばっかりだし、早朝会議なんて意味がないですよ。大体この会社は理念が無いし、全てがずさんでいい加減過ぎる」
 大手新聞社の記者であるという父親を持つI君は、俺と同じくライター志向が強くて社内では異質な存在であり、しょっちゅう夜遅くに俺に電話をかけてきては高尚な企業理念を振りかざしながら会社の不満をぶちまける男だった。彼の吐く企業理念とは、俺の前職だった一般企業では立派に通用するが、A社においては机上の空論に過ぎないことを俺は既に察知していただけに、I君の絡み電話は時には迷惑千万でもあった。

 会議中のI君の過激な発言を一刀両断でブチのめしたのが、日頃温厚な俺の上司T部長だった。
「何が理念だ!どういうことだよ。君はそんな偉そうな事を言えるほど仕事をしているのか。店舗(ヤードバーズ)のコンプリートカタログの製作だって全然手を付けていないじゃないか。指示してから何ヶ月経っているんだよ。理念なんかより、俺たちは情熱でやっているんだ。君の仕事は情熱が感じられないんだよ!」

 この会議以降、I君はまともに出勤しなくなり、ほどなくして退職した。それまでは同じライター志向者であり、俺の書く文章を気に入ってくれていたI君だったが、勤務最終日には俺を激しくなじってから消えて行った。「オマエもA社の連中と同じクソ野郎だ」
I君はつい先日お袋を亡くした俺にお香典を下さったヤツだけに、何とも心が痛い別れとなった。

 そのI君から二ヶ月後に突然連絡があり、内輪だけで催される予定の自分の結婚披露宴に友人代表として出席してほしいと頼まれたから仰天した。しかもお相手は出版部に勤務していたAさんだった。会社に悪態をついて半ば辞めさせられたI君は、言葉は悪いが僅かな在籍期間内に女だけはちゃっかりとゲットしていたのである。
「クソ会社のクソ野郎どもの中、掃き溜めの中に鶴がいたってわけだな」
俺は冗談交じりにそう言ってI君にご祝儀を渡した。

 一方新婦Aさん方の友人代表は、貿易部のKさん。彼女もまた俺とI君と同期入社だ。披露宴の後、Kさんと二人で帰宅途中に彼女からも驚きの発言があった。
「実は私ね、来月で退職するの。ハリウッド(洋画スター専門店)に勤めていたU君覚えてる?彼と婚約したの!彼のお母さんは元ミス東京ですごく綺麗で優しいし、気に入ってもらえたのよ!」

 随分と後になってから知ることになるが、A社の社内恋愛はお盛んだったようであり、男と女の事情もまた色々と複雑だったらしい。「これぞロックンロールエンタープライズ!」と言えばそれまでだが、ロックを仕事にしないと生きている実感がしないなんて面接で言い放って入社した自分が、なんだかとてつもなくクソマジメなお呼びでない野郎に思えてきた。
「同期入社3人の内2人が、たったの半年で社内恋愛結婚で退職かよ」
入社以来一方的に社員たちに抱いていた強い同胞者意識が、この時ばかりはちょっぴり霞んでいく気がした。(つづく)


■「原宿ロックンロールドリーム/第3回」■
■「原宿ロックンロールドリーム/第2回」■
■「原宿ロックンロールドリーム/第1回」■


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