NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.348

原宿ロックンロールドリーム
       ~ロックアーティスト専門店激闘記
 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


第15回:疲弊する社員たち&忘れ難きロックンロールサーカス

ックアーティスト専門店の本質はどこにある!?

 ストーンズとポールの来日で日本の洋楽環境は最高潮を迎え、kEIBUY JAPANをはじめとした各ショップもマスコミに取り上げられる機会も激増。膨れ上がっていたにわか“洋楽ファン”まで押し寄せることとなり、原宿の各ショップは商品の補充が追い付かなくなるほど何でもかんでも売れる時代になった。
 これは1990、1991年頃のオハナシであり、正確に言うと日本のバブル経済がそろそろ終息を迎える時期が近づいてきていたのだ。ストーンズとポールの来日騒動は、日本のバブル景気の最後を飾るフィナーレだったのだ。
 しかしフィナーレによって時の終焉を悟り、爆発した利益をプールして祭りの後の事業展開を考えられるほど原宿ロックンロールエンタープライズのJ社は大人の会社ではなかった。
「今稼がなければ、いつ稼ぐんだ!」
「日本の経済バブルは下降線だが、日本のロックンロールバブルはこれからだ!」とばかりに、渋谷進出やロック専門店の乱発という暴挙に出てしまったのだ(詳しくはVol.13,14参照)。

 会社の上層部が決定したイケイケ方針に対して、誰も真正面から異を唱えなかった。だが、各店の店長たちはJ社の異常な方向性を既に危惧しており、本来あるべきロックアーティスト専門店の姿からかけ離れていく店舗にうんざりし始めていた。ホンモノのエルヴィスファン、ビートルズファン、ストーンズファンよりも、アーティストの名前やバンドのロゴが入っていれば何でもいい!というにわかファンを対象したアイテムが幅を利かす品揃えは彼らの本意からはかけ離れていたのである。売上がどれだけ凄かろうが、守るべき専門店の聖域を心得て、感性が決してブレなかった各店の店長のホンモノ志向はスゴイものだった!

 彼らをうんざりさせたのは、真の専門店としてスタイルの崩壊だ

けではなかったはずだ。会社全体の売上は爆発しているにもかかわらず、相変わらずの手作業による非効率的なカタログ作り、必要最低限の店舗人員、タイムカードの導入やありきたりな規則の追加、新店舗開店用肉体労働の提供、そして上がらない給料と少ないボーナス。
 俺が入社した当時は社内イントラネットの構築などのN社長の先鋭的なビジネス手腕に関心していたものだが、この時期は新しい機材の導入もお金の投資も旧店舗にはほとんどなかった。もちろん各店舗の本質を見直した長期的戦略が立てられることもなかった。貧乏人が突然お金持ちになって、お金の使い方を知らずに新規事業に投資しまくって自分たちの首を絞めていたようなものだ。もっともそんな事は今だからいえるのであり、当時はJ社の暴走を身体を張ってまで止めようとする者は誰もいなかった。


どさ周り同然の地方イベント「ロックンロールサーカス」

 会社の方針に対する各店長たちの不満は「地方都市イベント」の夜に爆発していたらしい。「らしい」というのは、俺は「地方イベント」には参加していなかったから、後日参加した店長から聞かされていた。
 この「地方イベント」は「ロックンロールサーカス」と名付けられ(命名者はギミーシェルターの松尾店長)、各店の商品を2トントラックとワゴン車に積んで、定期的に地方の大都市で「物販イベント」を開催するのである。このイベントもほとんど力作業オンリーであり、会社側から事前に開催都市での周到なプロモーションも行われていなかったので売り上げは「運次第」「天候次第」。ロックンロールバブル時代だったから、そんな当たり前のビジネス戦略ですら無頓着のまま開催されていたのである。

 特別出張手当や食事代が出るわけでもない。会社から支給されるのは、「ロックンロールサーカス」のロゴが背中にプリントされた、黒の防寒用ジャンパーのみ。
「自分たちでトラックを運転して地方へ行って、汗水たらして会場に大量の商品を運び込んで売って、最後に撤収する。あとは安ホテルで酒飲んで寝るだけさ。どさ周りみたいなもんだよ」
某店長は冗談交じりに、しかしジョーダンじゃねえよといった感じで語っていたものだ(笑)
 
 「イベントが終わったら、翌日には寄り道しないでさっさと帰って来い」なので、地方でのんびり酒を飲んだり観光したりする時間もない。誰がこんな出張を喜んでやるものか!から始まって、イベント終了後にホテルで部屋飲みをやっていたという店長さんたちは会社への不満を炸裂させていたらしい。単なるどんちゃん騒ぎをやって憂さを晴らした時もあったという。正木店長のハナシによると、泊まったビジネスホテル内のビールの自動販売機が空になるほど皆で飲みまくっていたらしい(笑)

 事前のプロモーションもせず、参加者への手当もなく、必要最低限の人員数で開催されていた「ロックンロール・サーカス」に対して、俺は会議でつい「出張者があまりにも可哀想だ」「長続きしない」と口走ったことがあった。本当は「人権無視だ」「もっと効率的なやり方があるはずだ」と提言をかましたかったのだ。
 まあ俺のこの提言もどきは社長の腰ぎんちゃく野郎が一笑にふしやがった。
「イベントの一番の目的というのはだなあ、売上ではなくて、たくさんの来場者から名簿をとって通販に反映させることだ。通販の売上が増えれば出張者たちもイベントをやった甲斐があったって喜ぶからこれでいいのだ」
俺の提言に対するアンチテーゼにまったくなっていないし、質疑応答にもなってやしない。目を閉じて会議の会話を聞いていたN社長は「(通販の)売上が増える」と腰ぎんちゃく野郎が吐いた時だけ薄目を開けて頷いていた様な気がした。この時期、社内会議なんてものは上層部の決めた方針の一方的な伝達時間、方針に従えないヤツをつるし上げる機会に過ぎなくなっていたのだ。


交通事故で本当に死にかけた!?
 俺は一度だけ「ロックンロールサーカス」に参加した時がある。「ロックの貴重品がイベント会場に飾られていたら、それだけで客を呼び込む要素になる」と、社長の腰ぎんちゃく野郎が珍しくまともな事を言ったから、というよりも、その前に「各店の店長やスタッフは無理して参加しているのに、なんでオマエだけ参加しないのだ!」とののしられたからだ。
 直属の上司T部長はすかさず「彼(俺の事)の仕事量は休日がないほどすごいんだよ!イベントに参加するなんて無茶過ぎるのが分からないのか!」と腰ぎんちゃく野郎と取っ組み合い寸前になるほど言い争った。

 いたたまれなくなった俺は、イベントへの出発日がKEIBUYカタログ製作締切日当日だったにもかかわらず参加を承諾した。出発日2日前から一睡もしないでカタログの版下を仕上げ、出発当日の早朝に大阪行きワゴン車に乗り込んだものだ。もっとも運転だけは勘弁してもらい、移動の車中でコンビニで買っておいたサンドイッチを胃袋に詰め込んでからは眠りこけていた。

 大阪への移動中に事件が起こった。腰ぎんちゃく野郎が運転する2トントラックが東名高速のトンネル内で追突事故を起こし、後ろを走行中の俺が眠り込んでいるワゴン車が突っ込む寸前の状態になったという。ワゴン車を運転していたS君が、2トントラックに追突する寸前、間一髪、捨て身でハンドルを切ったことで奇跡的にワゴン車は追突を逃れたらしかった。
 眠りこけていた俺は、S君の「うわーもうダメだ!、ぶつかる!!」という大きな悲鳴で目が覚めたが、事故が目前に迫った恐怖を味わうことも無く、後ほど半覚醒状態のままで事の始終を聞いていた。あの時S君のハンドルさばきがなく2トントラックに突っ込んでしまっていたら、その衝撃で熟睡中の俺はあの世行きだったかもしれない!?

 今でも、もしあの時に俺が事故死していたら?と考える時がある。
 会社の激務に殉死した社員として手厚く葬られただろうか?いやいや、単なる運の悪さで命を落としたちっぽけな戦闘員扱いだっただろう。労災疑惑でも起きようものなら、腰ぎんちゃく野郎が必死に事故をもみ消そうとしたであろう。当時のJ社の上層部は、社員をそんな程度の存在として扱う、ブラックもブラック、正真正銘の真っ黒ケッケな会社だった。
 本来N社長はそんな薄情な人間、会社をブラックにするような低能な経営者ではないことは以前にも書いたが、会社自体が完全に舞い上がってしまっていて、会社もN社長も自動制御装置がイカレタ状態だったのだ。 

  一方実際に2トントラックで追突事故を起こした腰ぎんちゃく野郎は、原宿出発直後もトラックのデカイボックスを竹下通りにある某店舗の袖看板にぶつけて破損させていた。社内虐め同然で、俺を無理矢理「ロックンロールサーカス」に参加させて鼻高々の原宿出発だっただろうが、ダブル事故のショックからかイベント開催中は至っておとなしかった(笑)
 普段はやたらと若手社員の飲み会に参加したがるくせに、この時は夜の飲み会にも顔を出さなかった。お陰でイベント参加者たちとの酒は美味かった!


店舗スタッフたちの底力を見たイベント会場作り


 
初めて参加した「ロックンロールサーカス」。開催された土日の二日間は運悪く大雨となり、売上は散々の結果となったが、俺には学ぶべき点が大いにあった。
 初日は朝から大雨。その為なのかイベント会場のカギを持った会場係員の到着が大幅に遅れ、大量の商品の搬入時間が3時間から1時間弱に削られてしまった。
 俺は貴重品担当なので、陳列するアイテムの数は多くないから大した影響を受けなかったが、各店舗のコーナー担当者は大忙しだ。自分の展示を終わらせた俺は各コーナーの展示、陳列を手伝おうとしたが、さすがは全員がイベント経験者である。鬼の形相で恐ろしいスピードで自分のコーナー作りに没頭しており、こっちがヘルプする隙も無い!商品の入った段ボールの床への置き方、商品の並べる順番と並べ方、まるで店舗づくりの一部始終を記録した映像を早回しで見ている様な素晴らしい手際の良さなのである!
 ラブミーテンダーの正木店長、ギミーシェルターの松尾店長のコーナーづくりはまさに名人芸!空になった段ボールやプラスチックケース、予め用意してあった黒幕や中型の網、会場内に放置されていた椅子や鉄製のポールなどを縦横無尽、自由自在に活用して商品をより立体的にディスプレイしていくのだ。
 会議用の長テーブルが10個ほど置かれただけのだだっぴろい会場を見た時は、一体どうやって物販イベント用のディスプレイをしていけばいいのか皆目見当が付かなかったが、そんなことは杞憂に過ぎなかったのだ!さすがは、我らが原宿ロックアーティスト専門店の店長たち、スタッフたちだ!俺は尊敬の眼差しで彼らの猛スピードのディスプレイ作業を凝視していたものだ。


雨が降ろうが槍が降ろうが、やれることはあるのだ!

 残念ながら大雨で来場者はほとんどなく、ロックンロールサーカス部隊の神技の様な会場作りは徒労に終わってしまい、各コーナーの担当者たちは客数ゼロの惨状の中でぐったりしていた。
 そんな御通夜みたいにし~んとした会場の中で、一人だけ猛烈な行動に出たメンバーがいた。正木店長である。イベント部隊専用の携帯電話で、大阪のお得意様にかたっぱしから電話をかけはじめたのである!正木店長のお誘い電話の声の熱さに、俺は締切明けの疲労感が吹っ飛ぶほどの衝撃を受けたものだ。
「コイツはハンパなくスゴイ!」
 そして30、40分ほどすると、降り続く大雨をものともせず、本当にラブミーテンダーの大阪住まいのお客さんが一人二人と会場にやって来たから驚いた!来場者の一人の中年女性は、「正木!アンタが居るから来たんだよ!」とまくし立てている。そのお声に、俺まで涙が出そうになったものだ。 正木店長が普段からまるで遠距離恋愛をするごとく、遠くにいるお客様を大事していた証拠である!

 イベント部隊の驚愕の会場作りと正木店長の唯一無比の接客姿勢、大雨という最悪のアクシデントに遭ったからこそ目の当たりにできたふたつの奇跡みたいな光景。滅茶苦茶なスケジュールを組まされて、上層部からの虐め同然の命令で参加させられた「ロックンロールサーカス」だったが、KEIBUY業務では決して会得できない仕事の真理が詰まった二日間を体験出来た。

 イベント期間が終わり、原宿へ戻る車中で俺は正木店長に電話営業に対する感動を素直に伝えた。正木店長のコメントがふるっていた!
「だって他に何が出来る?電話してお願いして、一人でも二人でも来てもらうしか出来ないじゃないか!」
 巨額の売上作り最優先で、店舗の在り方の基本を置き去りにして暴走を続けるJ社に、あの当時もう一度思い出すべき姿勢を正木店長は実践していたのである。

 ちなみに「ロックンロールサーカス」は俺が参加した大阪イベントが最後の開催となった。俺から見ても無為無策で定期開催していたので、恐らく収支は“まっかっか”だったに違いない。もっとも約2年後に別のスタイルで地方イベントは復活することになるのだが、その際のイベント隊長は何と俺だった(笑)それは機会をあらためて書くことにする。(つづく)

(※当ページで使用している写真は、必ずしも記述内容と一致するものではありません。あくまでもイメージです。)

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