NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.343

原宿ロックンロールドリーム
       ~ロックアーティスト専門店激闘記
 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


第11回:オークション・アイテムの価値の付け方教えます!
 ~希少、貴重レコード盤編

■仕事こそ生きる原動力。マニアなお客様は起爆剤!■

 「原宿ロックンロールドリーム」も連載11回を重ねることになった。過去10回を読み返してみると、とにかく自分の業務が忙し過ぎたという記述が目立つ。でもそれは事実だったので、もし不快感をもっている読者がいらしたらどうかお許し頂きたい。本当に、飯食って酒飲んで〇ソして寝ている以外の時間は全て業務だった。
 月に二、三日ほど取ることの出来た完全休日は、コンビニ飯をビールで流し込む食事とサボっていた日記をまとめて書く以外はひたすら寝ていたものだ。体重は減り続けて55キロまで落ちた。上背が177センチだから痩せすぎだ。顔色も目つきも悪い。起床直後のツラは、死刑直前の罪人か死人そのものだった。

 お袋の四十九日か何かの供養の日、これからお袋の遺影が飾られてある仏壇に向かってお経をあげるはずのお坊さんが突然俺の方に向き直っておっしゃった。
「大丈夫ですか。お仕事お忙しいのでしょうね」
お坊さんは、マジでお袋の遺影ではなくて俺にお経をあげそうな口ぶりだった。

 KEIBUYのスタッフ全員で夕食をとっている最中、ギャラリー接客員のKさんが心配そうに声をかけてきた。
「食べながら寝ないで下さい。消化不良おこしますよ」
Kさんの心遣いは有難かったが、俺の本音は消化不良なんてどうでもよかった。
「別にいいじゃないか。食事すると眠くなるから一挙両得なんだよ」

 俳優・松田優作が亡くなった翌日(1989年11月7日)、別の部署の社員がギャラリーにひょっこり現れては言った。
「優作さんの死亡ニュースを聞いて、何故か(俺のことが)心配になったんだよ」

 当時の俺ははまだ30歳手前だ。若いって素晴らしい。本当に有難いと思う。どんなに疲れが蓄積していようとも、丸一日“食っちゃ寝”しておけば、翌日は死人が仕事人に変身できるのだ。一旦出社してしまえば、自分の身体が勝手に仕事に向かうのだ。
 マスコミへの宣伝効果のお陰でKEIBUYの知名度は上昇の一途を辿り、表面的な売り上げも申し分ない。入社当時の俺を訝しがり、よそ者扱いをしていた他店の店長やスタッフたちも、明らかに俺に対する態度が良い方向に変わってきていただけに、職場は俺にとってもっとも居心地の良い場所になっていたのだ。
 それでも、社内に一人だけ俺に批判的な態度を取り続ける者が別の部署にいた。
「いつも忙しそうで思いつめた顔をしているけど、忙しいってのは仕事のやり方が下手だからなんだよ。段取り不足なんじゃないか」
 正直なところ、コイツの相手をしている時間すらもったいなかったので、ついつい喧嘩を売るような応対をしてしまったことがあった。。
「少なくとも俺と同じ量の仕事をこなしてから言って下さい」
その後軽い口喧嘩になったが、俺の代わりに上司のT部長がソイツを一蹴してくれた。スバラシイ上司である(笑)

 ただし、俺は重要な事態が起こっていることを見落としていた。KEIBUYの知名度が上がり、様々なロック貴重品嗜好をもった方に注目されていくことは、出品物の価値レベルを上げていき、よりバラエティに富んだ出品物を集めなければいけない使命を背負っているのだ。自分の趣味、嗜好の延長線上での出品物集めだけでは、膨れ上がっていく注目者たちのリクエストに応え続けることが出来ないのである。
 それを思い知らされたのが、レコードコレクターたちからの要望、また彼らのKEIBUYに対する反応だ。俺はレコードに対しては純然たる「音派」であり、貴重な音源であるならば触手は伸びる。しかしレコードという物品自体に価値を求める「物派」ではなかったので、「物派」のマニアたちが作り上げている恐ろしくディープな世界には気を失うほどの衝撃を受けてしまった。その衝撃こそが俺を更に仕事に駆り立ててくれたのだと思っている。


貴重レコードあれこれ~希少盤、非売品、廃盤、限定発売等

 ロックアーティスト直筆サインと並び、オークション出品数が多かったアイテムが、市販されているレコードとは異なる、非買品や廃盤扱いになっている希少価値の高いレコードである。音楽鑑賞用のディスクは既にコンパクトディスクの時代を迎えていたが、レコードマニアの世界はそんな一般的な時代の流れとは一切関係がなく、マニアたちは音楽鑑賞用ではなく、物としての価値が高いレコードを血眼になって探していたのである。では種類別に貴重レコードを紹介していこう。

①メタルアセテート盤
 レコード用にスタジオで演奏された音楽は、最初にオープンリールに録音された後に「メタルアセテート」「マザー(メタル)ディスク」と呼ばれる薄い金属製の円盤に落とされる。一般的に「原盤」と言われているレコードがこのメタルアセテート盤である。メタルアセテート盤の音源を元にして大量の塩化ビニール盤へ音源がプレスされていくのである。
 メタルアセテート盤の数は1枚とも数枚とも言われているが、ごく少数しか存在しないことだけは間違いない。真ん中に貼られている円形ラベルも簡易的なもので、アーティスト名とアルバムタイトルがスタジオエンジニアか誰かの手書きで無造作に書かれているか、タイプされただけ。しかし却ってその粗雑なラベルの雰囲気が、決して世に出ることはない希少な価値を雄弁に物語っているようだ。

 更に音源がオープンリールから直接落とされているので、塩化ビニール盤よりもはるかに音質がいいとされている。それだけに価値は計り知れないほど高く、正確に金額を設定することは出来ない。レコード盤と言われるアイテムの中でもっとも希少価値が高いだけに、KEIBUYでも出品されたことはほとんどなかった。
 俺が実物を目にしたメタルアセテート盤の中で記憶が鮮明だったのは、ビートルズが設立したアップルレコードの契約アーティストのストローブスの盤。残念ながらエルヴィス、ビートルズ、ローリング・ストーンズ・クラスのメタルアセテート盤はついにお目にかかることはできなかった。極まれに海外オークションにビートルズのシングル曲のメタルアセテート盤を目にしたことがあったが、とてつもなく高価だった為に入手することは出来なかった。

②プロモーション盤
 レコードが一般発売される前に、レコード会社が宣伝用にラジオ局や著名な音楽評論家や大手レコード店等に配布するレコード盤。基本的な装いやレコードの収録内容は市販用と変わりがないが、ジャケットやラベルに「PROMOTION ONLY」「NOT FOR SALE」といった表記が明確に刻されている。(日本盤の場合は“見本盤”の表記)またラベルの色は大概真っ白である。
 またこのプロモーション盤に収録されている音質や演奏が良くないとアーティスト側が判断した場合は、正規盤の発売は延期となり、別テイクに差し替えられて再プレスされる場合も稀にある。その場合はこのプロモーション盤は「幻のオリジナル盤」扱いとなって結構な価値が付いたりするのである。

③オリジナルラベル
 人気アルバムになると歳月を越えて何度もプレスされ続けるが、もっとも価値が高いのは初回プレス盤。レコード番号もラベルのデザインも再プレス盤とは異なっている場合が多い。
 後々の価値付けのされ方まで計算していたわけではあるまいが、ビートルズの60年代初期から中期にかけてのアメリカ盤は、初回プレス盤、セカンドプレス盤、サードプレス以降の盤ではラベルの色が異なるのでマニアは初回プレス盤をものすごい執念で探し回っていた。

④ジャケット違い(廃盤ジャケット)
 レコード盤に収録されている音源とは関係はないが、何らかの理由で初回販売用レコードのジャケットが発禁処分/差し替え処分になり、別ジャケットに包まれて市場に再登場する場合がある。そうなると初回販売用のレコードジャケットの価値は上がってくるのである。
 その代表例はビートルズのアメリカ盤レコード「イエスタディ&トゥディ」。初回ジャケットは、ビートルズの4人が白衣を着て血みどろで解体された人形を抱えている(ように見える)デザインであり、これはブッチャー(お肉屋さん)カバーと呼ばれて「虐殺」を連想するとして発禁処分になっている。

 発禁処分を下されて回収されたままの状態のブッチャーカバーがもっとも価値が高い。中にブッチャーカバーの上に新しいカバーを貼り付けただけで市場に再度登場したものもあり、このジャケットの場合は新しいカバーの剥がし具合によって価値が上下するのである。

⑤発売期間限定盤/カラーレコード盤
 60年代当時に割と試みられていたパターンであり、発売直後のレコード盤を黒ではなく、赤や青の塩化ビニール盤にして発売期間限定で売り出されていた物。日頃見慣れている黒い塩化ビニール盤とは異次元の輝きをもつカラーレコードは視覚的に魅力的なので価値が高いのである。
 一説によると、カラーレコード盤は黒のレコード盤よりも音質と耐久性が劣るらしいが、物として価値付けしているマニアにとってはそんなことはお構いなしなのである。一度日本のレコードプレス工場の関係者に聞いたことがあるが、カラーレコード盤は黒のレコード盤より原料費が高くつくらしく大量プレスは避けられてきたらしい。音質と耐久性に関してはノーコメントだった。

⑥マトリックスナンバー違い
 これは「ラブミーテンダー」のお客様だったレコードマニアのO氏から伺った話だが、エルヴィス・プレスリーのオリジナルセカンドアルバム「Elvis」(1956年10月発売)のB面2曲目に収録されている「Old Shep」はレコード盤によってテイクが違うという!その見分け方が「マトリックスナンバー」なのだそうだ。
 「マトリックスナンバー」とはレコード盤のラベル近くに刻まれている製造番号であり、(確か)番号の末尾が「17」と「19」ではテイクが違うとのこと。(上写真はイメージ)俺はこの話を聞き、生まれて初めてレコード盤に小さく刻まれているマトリックスナンバーなる存在を知った!マニアさんの探求心の深さには恐れ入ったものだった。

 ちなみにO氏は、「ラブミーテンダー」がこの世に登場する随分前からエルヴィスのレコードマニアだったそうで、以前はアメリカに直接オーダーしていたこともあったそうだ。しかしお金だけ取られて商品が届かなった場合も少なくなく、「ラブミーテンダー」やKEIBUYの存在が有難いと感謝されたものだ。


貴重レコードあれこれ~懸命な仕事も時にはマニアに嫌われた!?

⑦発売中止盤
 一度製作が完成したと公表された新作レコードが、何らの理由で発売が中止され、プロモーション盤すら出回らないとなるとマニアは命がけでそのレコードや音源の入手に何年もかけて奔走するようだ(笑)大概はしばらくしてから内容が差し替えられて正規にお目見えするものだが、マニアが求めるのはオリジナル盤の音源なのだ。

 このパターンは滅多にないが、もっとも類似的なパターンで有名なのはジョン・レノンのソロアルバム「ロックンロール」(正規盤は1975年発売)。
 ジョンはこのアルバムのスタジオ録音を終え、その仕上げを名プロデューサーだったフィル・スペクターに託した(オリジナル音源が録音されたテープを渡した)。ところがフィルスペクターがそのテープを預かったままいずこへとトンヅラしてしまった。
 それだけにとどまらずフィルスペクターは勝手にジャケットを用意して通販のみで売り出してしまった。もちろんすぐに発売差し止め扱いになったが、それが悪名高い非正規盤「ルーツ」である!この「ルーツ」を所持しているマニアは世界でもごく少数と言われており、奇跡的にKEIBUYに入荷、出品された時の最終落札価格が確か150万円前後だったはずだ。

 落札金額の高さよりも俺を驚かせたのは、「既に『ルーツ』を所有している」というビートルズ・レコード・マニアから「本当に、本当に本物なんですか?」とクレームに近い様な(出品にケチをつける様な)連絡が入ったことだ。
 その彼は出品された「ルーツ」をチェックするためにギャラリーを訪れたが、鑑定するというよりも鬼の形相で穴があくほど「ルーツ」をガン見し、やがて無言でギャラリーを去って行った。彼の全身は自負していたナンバーワン・ジョン・レノン・コレクターとしての凄まじいプライドが燃えたぎっていた。
「この日本で『ルーツ』を持っているのは絶対に俺だけなんだ!もう一人所有者がでるなんて許せない、認めなくない!」

 俺は単なる好奇心で、「ロックンロール」と「ルーツ」との音の違いを彼に尋ねてみたが、彼はまるで俺を軽蔑するような態度で返答した。
「こんな貴重なレコードに針を落とすようなバカな真似が出来るわけないでしょっ!」
要するに収録内容には興味はなく、持っているか否か、それだけが彼にとっての「ルーツ」の価値なのである。それまで頻繁にギャラリーを訪れていた彼だったが、この「ルーツ出品」以降はまったく顔を見せることはなくなった。

⑧アーティスト所有盤
 これはある意味で直筆サイン的な価値のあるレコードだが、レコードを録音したアーティスト自身が所有していた、またアーティストから直接譲り受けたという事実を証明する写真や手紙等が絶対に必要になってくるので、このパターンにはついにお目にかからなかった。

 唯一の例外は、ビートルズの「ホワイトアルバム」。このレコードは、レコード製作史上唯一表ジャケットに通し番号が付けられている。その番号の「1」はプロデューサーのジョージ・マーティンへ。以降「2」「3」「4」「5」が、ビートルズのポール、ジョン、ジョージ、リンゴへと渡されたという説が有力だった。
 KEIBUYのオークションで、この「ホワイトアルバム」の「番号『2』」、すなわちポール・マッカートニーが所有していた「ホワイトアルバム」が出品されたのである!先述した「ルーツ」出品から大して時を経ずに「番号『2』」が出品されたので、その当時ギャラリーには連日ビートルズ・レコード・コレクターがわんさか来場した!

 この「番号『2』」は当然の如く値が吊り上がり、最終的には200万円ぐらいで落札となった。それだけに海千山千を自負していた多くのレコード・コレクターたちは「見るだけ」に終わったのだが、彼らの鑑賞態度が不可解だった。
「これがポールが持っていたホワイトアルバムなのか!
驚いたり、時にはため息をついたりするのが当然の反応と思えるのだが、彼らの目付きは違った。
「ルーツ」をチェックしていた人物と同様に、どこか怒りにも似た感情をもって「番号『2』」を見つめているのだ。その存在しか知らなかった世界にひとつしかないブツが、自分よりも先に発見、入手されたことを認めたくないような態度なのである。
「探し出してくれてありがとう。今度はジョンが所有していた「番号『3』を発見してくれよ」
そんな友好的な声はまったく聞くことが出来なかった。
 喉から手が出るほど欲しいブツにお目にかかれたという喜びよりも、それをまるで目の前で見も知らぬ者に自分が払えない高値でもってかっさらわれていくような屈辱感の方が大きかったのだろう。

「ルーツ」や「番号『2』」をギャラリーで展示している期間中、Kさん(ギャラリー接客員)とのこんな会話をしたことを今でも覚えている。
「せっかく超貴重なレコードを展示しているのに、どうしてレコードマニアたちは喜んでくれないのだろう」
「そうですよね。私たち嫌われ者になったみたいな感じですよね」
「誰かに落札されてしまっても、別に自分の彼女を横取りされたわけじゃあるまいし・・・」
「あの人たちにとって、超貴重なレコードって、自分の彼女、それ以上の存在なんでしょうね」

自分が心血を注いでいる仕事に対して、この時ほど虚しく、また背筋が冷たくなったことはなかった。(つづく)

(※使用している写真は必ずしも当時の物、記述内容に該当するものではありません。あくまでもイメージです)


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