NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.339

 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


原宿ロックンロール・ドリーム
/ロックアーティスト専門店激闘記
第7回:痛快!月一度の飲み会とJ社上層部の人たち
&「ビートルズの絵」入荷


 5つのロックアーティスト専門店を経営するJ社は、更に事務所内にKEIBYU事務局、貿易部、出版部、総務兼経理部の4つの事業部を擁し、更に大阪では「ゲットバック大阪店」も経営。店舗のアルバイトスタッフも含めて総勢約40人。最年長のN社長も当時30歳代後半の若さであり、時には店舗スタッフの中にティーンエージャーもいた。
 「原宿ロックンロールドリーム第7回」は、ロックロール・エンタープライズJ社を支える当時の若きスタッフたちのイケイケ状態の一端を物語るエピソードや、J社の最上層部であるN社長、T部長との思い出を綴ってみたい。また日本初の常設オークションギャラリーのオープンを間近に控えたKEIBUY JAPANの業務状況もご紹介する。
(※使用している写真は必ずしも当時の物ではありません。あくまでもイメージです)

■月一度の定例飲み会は、若手社員の栄養補給日!■

 俺が入社した当時のJ社では、毎月1回必ず社員慰労のための社内定例飲み会が原宿の大衆居酒屋で開かれていた。全経費は会社持ちなので、それはもう毎回大騒ぎ。忘年会ではバーボンウイスキーの消費スピードが恐ろしく早かったが、この毎月の飲み会では参加者たちがとにかく食べるに食べる!俺は既に20歳台後半だったが、社員の多くは年下の食べ盛り!?であり、普段はコンビニ弁当やスナック菓子でかわいく昼食を済ませている社員たちもこの飲み会では食欲を爆発させていた。

 宴会部長の様なノリで飲み会を盛り上げるヤードバーズのI店長、普段クールなギミーシェルターのM店長も、細身の身体に似合わずよく食べている。常に周囲への気遣いを忘れないI店長は、他店の若手スタッフにも料理を勧めているので感心する。
「遠慮しないで食べなよ!今日は会社の驕りだからさー!」

 スタッフの中には原宿の大衆焼肉屋の食べ放題Dayで尋常じゃない量の焼肉とご飯を平らげて出入り禁止を喰らった連中もいる。事務所の近くにある中華料理店で、“ヘルメット”または“バケツ”炒飯と呼ばれていた超大盛炒飯を「あんなもん、たいした量じゃないですよ」と豪語するヤツもいる。飲み会の大テーブル一杯に並んでいた大皿料理が無くなるのに、宴の開始から30分もかからない!
ナリはロックンローラーが多いが、食べっぷりは完全体育会系だから、お店の従業員たちも「コイツラ一体何の集団なんだ」と呆れている様子だ。少なくとももう1回は大テーブルがいっぱいになる量の料理が運ばれて来ていたから、庶民派居酒屋とはいえ、お勘定は一体いくらになっていたのだろうか!

 料理の消費がもっとも早くて大量だったのはゲットバックのK君。左手でビールグラスを持ちながら、右手の箸には常に料理が挟まれている感じ!たまに箸を置いたかと思いきや、今度はK君の右手はひたすら焼おにぎりを掴み続けるといった具合だ。食べ方は、料理を口で鷲掴みするようにかぶり付いてそのまま丸呑みだ!時折丸呑みの続け過ぎで激しくせき込み、胸をドンドンと手で叩いているが、すぐにまた料理へ挑みかかる!(笑)まるでこの定例飲み会で一ヶ月分の栄養補給をしているようだ。
 その様子があまりにも滑稽なので(笑)、K君の様子をずっと観察してみると、箸が止まっている時は何故だか料理ではなく周囲のメンバーたちをスルドイ目つきで見まわしている。それはあたかも他人が料理に箸を伸ばさないように威嚇しているようだった(爆)


■ 食べ放題飲み放題、そして言いたい放題(言われ放題) ■

 飲み会参加者たちの腹がある程度満たされると、今度は各人の思い思いの支離滅裂なロック談義や会社批評!??がスタートする。酒も入っているのでこれがまたオモシロかった!
「何でウチはエルヴィス、ビートルズ、ストーンズ、3大ギタリストだけなんだ!他にもスゲエロックアーティストいるじゃねーか!これって偏見だよ!!」
「この前ラブテンにいい女が来ていたよな。あれって、正木君(正木店長)の彼女?」
「なんで〇〇(不慮の事故死を遂げたロッカー)は死んじゃったの?誰か追悼文書いてよ!」

「〇〇さん(俺の事)ってさ、文章がいちいち理屈っぽ過ぎるんだよ。ホントにロック好きなのって思うぜ」

「もういい加減日本の法務省はストーンズに来日許可出せよ!」
「それを言うならポール(マッカートニー)にも出すべきでしょっ。ジョンはもう死んでいるんだし(日本に)来れないしさ」
「あいつ(某社員)、レコード盤の穴に〇ンポコ突っ込んで〇ナニーしてんじゃないの?そんなに小さかったりしてな!」
「ハリウッド(映画スター専門店)なんか、もういらねーよ。俺たち、ロック専門の会社じゃねーか。〇〇さん(俺の事)は、カタログばっかり作ってないでなんかやりゃあいいんだよ、派手にパーっとさ!」

「ジミー・ペイジってやっぱりギター下手だよな」
「ビートルズって演奏下手だったから、みっともなくてライブを止めたんじゃねーのか」
「社長はこの会社をどうしたいんだかワカンネーヨ。だから俺は俺のやりたいようにやるよ」

「〇〇(俺の事)ってドアーズが好きなんだって。知ってた?笑っちゃうよな、あれがロックかよ!

 いやはや何とも、仕事の話題とロックの話題がごっちゃ混ぜで、業務の参考になるような、ならないような!文章書きとして、頂けるフレーズがあるんだか、ないんだか!!そして既にお分かりの様に、俺に対する社員からの露骨な非難も結構聞こえた!(苦笑)もちろん面と向かって言われたのではなく、発言者は俺に聞こえないように身近な誰かに言っているのだ。酔った時の他人の悪口はこの上なく気持ちいいものであり、まだ新入りの域を出ていなかった俺は恰好のターゲットにされていたようだ。

 人間は自分への批判に対して地獄耳になる時があり、J社の飲み会での俺はまさしくそうだった。心無い言葉で非難されて怒りを感じないヤツなどいるはずもない。しかし俺は不思議と腹も立たなかったし、見返してやろうという反骨心もわかなかった。
 三流大学とはいえ大学卒業者として大企業勤務を経てからJ社に入社した俺は確かにJ社内では異例、異分子だったが、ロック好きで生意気な不良サラリーマンという評価を下されていた前職場でもまた異分子だったのだ。既に異分子扱いされた場合の自衛する方法や思考が身に付いていたのかもしれないし、自分の完全手作りのカタログが増えていくことで、仕事の充実感が月を追うごとに大きくなっていたから、非難する者に対しても「言いたいヤツには言わせておけ」と泰然と構えることが出来たに違ない。
 そして何よりもロックンロールという御旗の元に集まったJ社の社員たちを、俺は愛し始めていたのだろう。T部長に向かって「ファーストネームに“さん”付け」で呼ぶ店長さんもいたが、この一般企業では到底アリエナイ習慣ですら既に俺は気にならなくなっていた。この月一度の定例飲み会に参加することで、俺の中に残っていたサラリーマン気質が抜けて行く快感を覚えていたのだろう!


■ 多彩な手腕を発揮するN社長 ■


 ある飲み会の後、俺が忘れ物を取りに事務所に戻ると社長室でN社長が一人でPCモニターに向かっていた。俺の所属するKEIBUY事務局の部屋は社長室の隣だったので、N社長の気配はすぐに分かった。社員全員に食べ放題&飲み放題を楽しませている一方で、一人で夜遅くまで仕事をしているその姿に申し訳なさを感じた俺は、N社長に飲み会の御礼の気持ちを伝えた。その時のN社長の返答は今でも覚えている。

「君はよく仕事をするそうだね。T部長から聞いているよ。カタログも毎月毎月どんどん良くなっていっているし、業績も伸びているよ。これからも頼むな!」

時には月1回の飲み会の参加を躊躇するほどカタログ作りに追われ始めていた当時の俺にとっては、これ以上ない激励の言葉だった。

 N社長は大盤振る舞いをするだけでなく、さり気ない言葉や行動で社員全員に気配りが出来る人だった。クリスマス・イブには全員にクリスマスケーキを配り、自分が夜遅く帰宅する際に事務所内で残業している社員の為に夜食の宅配サービスを手配することも珍しくはなかった。もっともこの夜食サービスが目当てで、事務所で空残業をしている不届き者もいやがった(笑)

 また社内ネットのシステム(イントラネット)を、自らの作業で作り上げているのもN社長だった。竹下通り内の各店舗と事務所とは徒歩移動で約15分ほどだったが、店舗スタッフと事務所スタッフとのコミュニケーションを活性化させるために、N社長の構築した社内ネットは大いに役立っていたはずだ。
 当時、J社規模の会社で社内ネットを導入している会社は稀だったはずだ。俺の前職の大企業にもまだお目見えしていなかったほどだ。N社長はハチャメチャな社員たちを率いるロックンロール・エンタープライズの経営者としての特異な手腕と、ベンチャー企業の社長らしい最新のコミュニケーションツールを構築出来るシャープな頭脳を兼備していたのである。
 なおN社長のギターの腕前は社内ナンバーワンであり、プロ級!かなり多芸な方だ。ギターNo.2はT部長。N社長もT部長もスーツの着こなし上手のダンディである。

 入社当時はJ社と前職の大企業との社内事情のギャップに驚き、J社に対して「果たしてこれが会社なのか」と狼狽えていた世間知らずの俺も、N社長とT部長の仕事ぶりに触れることでJ社の中枢を理解出来るようになっていったものだ。


■ 社員に慕われ、怖がられたT部長 ■

 定例飲み会の日が、運悪く原稿締め切り前日に重なってしまったことがあった。当然飲み会参加を諦め、日が暮れてもひたすら鬼の形相でカタログのデータ作りの為にワープロに向かっていると、T部長から思わぬ“激言”を浴びせられたことがあった。

「そろそろ(飲み会に)行かないと、食べる物がなくなっちゃうよ(笑)もう行こうよ」
飲み会へ誘うT部長に向かって参加を遠慮する意志を伝えると、T部長が豹変した。
「何をバカな事を言ってんだよ!原稿なんて後で俺が書いてやるよ!」
「君はただ原稿を書く為だけにこの会社にいるのか?違うだろう!俺たちの部署は会社のこれからをしょって立つ部署で、マスコミにもどんどんアピールしていくって言っただろう。そんな部署の一員であることを、なんで自覚出来ないんだよ!作業ばっかりしてりゃいいってもんじゃない。自分や部署の存在を社員たちにアピールしなくてどうするんだ!飲み会にも積極的に参加して、もっと自分をアピールしろよ。いいから(飲み会に)来いよ!」

 分かるような、分らないようなT部長の理屈だった。〆切日間近だから飲み会に出ない事が、なんでここまで怒られるのか。しかし脳みそに響き渡るようなT部長独特の高音に腰が抜けそうになり、結局そのド迫力に圧倒されて渋々飲み会に参加したものだ。
 しかしどうやって翌日の締切をクリアしたのかは思い出せない。T部長が言葉通りに俺に代わって原稿を書いたはずもないし(笑)この時のT部長の怒りは、まだまだ社内で異分子扱いされていた俺を、少しでも社内に馴染ませようとする親心だったのかもしれない。

 ジョン・レノンとエリック・クラプトンをこよなく愛し、普段は極めて温厚であり、各店舗の企画を指導しながら店舗スタッフ全員のフォローを怠らなかったT部長。社内の人望も大変に厚かった半面、このように突然キレルことがあるので社員の中にはT部長の姿を見ただけで、また話しかけられただけで委縮してしまうスタッフも何人かいた。
 これは笑い話だが、後にJ社に試験的にタイムカードが導入された時のこと。店舗スタッフも出勤時に事務所でタイムカードを打刻することが義務付けられたが、ある時某社員が誤ってT部長のタイムカードに自分の出勤時間を打刻してしまった。彼はカードフォルダーを見て震え上がって手元が狂ったらしい。自分のカードの上にT部長のカードがセットされていたのだ(笑)後ほど真っ青になってブルブルと震えながらT部長に謝る某社員の姿に爆笑してしまったものだ。

■ 「ビートルズの絵」入荷 ■

 1989年7月度にKEIBUYカタログの一部カラー化と、常設オークション・ギャラリー開館が正式に決まった。事業部の大幅な拡大の起爆剤として、またギャラリー開館の目玉として特別のアイテムが用意されることになった。それは、1966年にビートルズが来日した際、ホテルに缶詰め状態の中で描いた「ビートルズの絵」だった。
 カンパスの中央にバスドラムの様な白い円形部分があり、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人がそれぞれ四辺の角から中央の円形に向けて思い思いのイメージに任せた抽象画(?)を描いているのだ。そして中央の円形の中には4人の直筆サインが描かれている。 タイトルは「Image of a Woman」。
 かなりの大型の絵画ではあるが、単純に絵画としてのレベルの高い作品かどうかは誰も分からない。しかし1960年代に世界を凌駕し、その後も絶大な人気を維持し続けるビートルズが、たった一度の日本公演の期間で描き残した、世界で一枚しか存在しないアイテムである。絵画全体の保存状態も良く、4人の直筆サインも大きくて筆跡も明確である。ロック・オークションの事業拡大記念品としては申し分のないアイテムである。

 元々このアイテムの所有者は、ビートルズ来日当時の日本ビートルズ・ファンクラブの会長だった下山氏であり、氏が亡くなられた後は奥様が大事に保管されていたのだそうだ。そして絵画の存在を察知したJ社のN社長が買い付けたらしい。絵画の存在とその保管場所を探り当て、買い付けを進言したのはT部長だったとも聞いた。

 一体いくらの値を付けてオークションにかけるのか?どうやって出品をより広くマスコミに向けてプロモートして、多くの入札者(落札希望者)を募っていくのか?この辺のアイディアと業務はT部長が一手に引き受けてくれたので、俺は一部カラー化してページ数も増えるカタログの掲載アイテム集めとカタログ製作に専念することが出来た。しかし「ビートルズの絵」そのもののプロモーションには関わっていないことが気がかりではあった。
 そこである日の会議で、「ビートルズの絵画」をギャラリーの目玉アイテムとして、ある一定期間は展示品のみとして(オークション・アイテムにはしない)入場者から拝観料を取るという方法を提案してみた。また有料のポスカード、ポスター、パンフレットの製作と販売も提案した。

 しかしこの俺の提案をN社長とT部長は笑いながら却下した(笑)当面の拝観料や二次アイテムの売上では、買い付け代金の早期償却が望めないということだ。また長期間にわたって超貴重な絵画をギャラリー内で保管するためには相当の額の保険をかけなければならないという。一刻も早くより高値で「ビートルズの絵」を売却して多額の現金を作ることが会社としては得策ということなのだ。N社長とT部長の却下も早ければ、俺の納得も早かった(笑)


■ 取り扱いアーティスト拡大企画 ■

 カタログ製作の実作業だけではなく、事業拡大に向けて何か自分の新しい提案を実現したい衝動を俺は抑えられなかった。ある時、毎月の定例飲み会で酔った勢いで若手社員たちがよく話していた話題がフィードバックしてきた。

「何でウチはエルヴィス、ビートルズ、ストーンズ、3大ギタリストだけなんだ!他にもスゲエロックアーティストいるじゃねーか!」

 エルヴィス、ビートルズ、ストーンズ、3大ギタリスト以外の大物アーティストのアイテムも積極的に取り扱うことを閃いたのだ!枠を広げればより広いロックファンに向けてアピール出来るし、カタログの掲載内容もよりバラエティに富んで見栄えもよくなり、製作作業自体も楽しくなる!このアイディアにはT部長は賛成してくれた。

「そんなこと、自分で出来る?」
「部長、俺に任せて下さい」
「分った。任せるよ!」

 議論なしで即決してくれたT部長は、さっそく貴重品を扱う海外の業者のアイテムリストをたくさん取り寄せてくれた。洋楽専門の洋雑誌の広告や貿易部の取引先リスト等から目星を付けていたようだ。「サザビーズ」「クリスティーズ」といったロック専用部門もある海外オークションのカタログも取り寄せてくれた。T部長は届いたリストやカタログに自分が目を通す前に、まず俺に渡してくれたものだ。

「売れそうなアイテムを、君のセンスと判断でいくらでもオーダーしたらいいよ」

額装作業やカタログ製作の実作業等、任せられると踏んだ業務に関しては一切合切を丸投げするのがT部長式部下育成法なのだ!

 当時はまだe-mailすらない時代だったので、T部長は該当業者に国際ファックスでリストを請求していた。リストも当然ファックスで届くから印字が読みづらい場合も多かったので、リストのチェックは入念さが求められた。
 記載アイテムのほとんどは直筆サイン入りのアルバムと写真、ゴールドディスク類であり、現役アーティストのアイテムは比較的値段が安価だ。それでもマイケル・ジャクソンやマドンナといった時のビッグアーティストは3倍以上の価格だったはずだ。もちろん、直筆サインが書かれたアイテムが楽器、マイク、ドラムスキンになると値段が跳ね上がる。ゴールドディスク類も贈呈者の知名度によって値段が激しく変わってくる。細心かつワクワクしてくるような仕事だ。

 仕入れ業者とはファックスでのやり取りだけなので、お互いに相手に対しての信用はない。業者が信用出来るか否かの俺の判断基準は、リストの内容やアイテムの値段以前に、リストの製作スタイルだった。文字だけのリストは後回にして、リストに写真がたくさん掲載されていたり、アイテムの説明文が多いリストを優先してチェックしたものだ。
 アイテムの価値が誇張されている場合もあるのかもしれないが、写真や説明文に熱意を込めてカタログ製作をしていた俺は、自分と同じ姿勢を仕入れ業者にも求めたのである。目を皿のようにてリストチェックを続ける俺に、T部長は適格なアドバイスを忘れてはいなかった。

「額装代なんかを上乗せした最低落札希望金額(入札スタート金額)をちゃんと念頭に入れて仕入れてくれよ」
「たくさん仕入れてもいいけど、毎月のカタログページ数と掲載可能数の兼ね合いも計算しておくように」
事がロックになるとすぐに熱中し過ぎてしまい、コストパフォーマンス計算が疎かになる当時の俺のクセを見抜いていたT部長であった。(つづく)

■原宿ロックンロールドリーム第6回
「日本初のマンスリー・ロックオークション「KEIBUY」と30年前のカタログ製作の実態」
■原宿ロックンロールドリーム第5回
 「店舗もカタログも店長の意向任せ!自由奔放さが愛された各専門店の横顔~ギミーシェルター&ヤードバーズ編」
■原宿ロックンロールドリーム第4回 
 「店舗もカタログも店長の意向任せ!自由奔放さが愛された各専門店の横顔~ゲットバック&ラブミーテンダー編」
■原宿ロックンロールドリーム第3回 
 「さらば企業戦士たちよ、そして、ウェルカム・トゥ!?ロックンロール・エンタープライズ」
■原宿ロックンロールドリーム第2回 
 「円高経済、接待天国、MTV、ジュリアナ東京とイケイケガールたちetcこれが昭和末期/バブル時代の実態だ!」
■原宿ロックンロールドリーム第1回 「序章」



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