NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.346

原宿ロックンロールドリーム
       ~ロックアーティスト専門店激闘記
 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


第13回:ショップを空っぽにしたストーンズ&ポール来日。そしてJ社の暴走が始まった!?

 時代が1990年代に入ると、すぐにローリング・ストーンズとポール・マッカトニーが立て続けに初来日公演を行なったことで、日本はまるで文明開化を迎えたような大洋楽ブームを迎え、まさにロックンロールバブル状態となった!
 そして原宿ロックンロール・エンタープライズであるJ社の業績はまさに天井知らず!!J社の上層部連中は「我が世の春」を謳歌していたかもしれない。更に壮大な夢を語り合っていたかもしれない。J社の本社、および店舗は、俺が知っている限りもっとも光り輝く時期を迎えていた。

 会社が絶好調の時にやるべきことは何か?それは経営者によって様々な考え方があるが、J社が切った舵は、既存店の更なる強化よりも、日本の洋楽業界における物販というビジネスジャンルを全て牛耳ってしまおうという強気一点張りの方針だった。
 つまりエルヴィス、ビートルズ、ストーンズ、3大ギタリストに留まらず、数多い人気洋楽アーティストのキャラクターズグッズを全て取り扱うという「天下取り」に出たのである。 今回はロック・オークションKEIBUYの実態から離れて、当時の各店舗の異様な売り上げ状態と、J社がロックンロール・バブル時代に果敢に挑戦し始めた新しい専門ショップの数々をご紹介してみたい。

(※当ページで使用している写真は、必ずしも記述内容と一致するものではありません。あくまでもイメージです。)


■ストーンズ、ポールの来日公演当日は店内からっぽに!■

 「ラブミーテンダー」の正木店長をはじめ、当時のJ社のスタッフがロックンロールバブル時代の思い出を語り合う時に必ず話題にのぼる事件がふたつある。
 まずひとつは、ローリングストーンズ、ポール・マッカートニーのコンサート当日は「ギミーシェルター」「ゲットバック」の店内が空っぽになったこと!店内に陳列されていた大小様々なキャラクターズが全て売り切れる日が続いたのである。そして商品補充がまったく追いつかなくなっていたのである。
 各店の在庫がまとめて保管されていた倉庫が手狭になったので別のより広い倉庫が用意され、そこに大量の商品が運び込まれた時にはさすがに「過剰在庫」の様相を呈していたものだが、ストーンズ、ポール(ビートルズ)関連の商品はきれ~いに無くなってしまったそうである!
 日頃両店に頻繁に出入りしているレコードコレクターたちや常連さんたち(たむろ組?)は店内に入ることが出来ず、仕方なしにKEIBUYギャラリーに訪れては、人気接客員だったKさん相手に愚痴をこぼしていたそうだ(笑) 

 「ギミーシェルター」と「ゲットバック」が大盛況になった原因は、ストーンズとポールの初来日公演が全て東京ドームで行われたことも好条件となった。(ストーンズは10回、ポールは6回)地方からわざわざ上京してきた方も大変に多く、少なくともコンサートの当日は両店とも長蛇の列となり、閉店時間を待たずに店内は空っぽ!両店長は「もう何にもないの?何でもいいからストーンズ(ポール)のものを売ってくれよ!」なんてワケワカンナイお客ばっかりだ!」と苦笑していたものだ。展示用のサンプルまでものの見事に売れてしまっていたのである。
 ちなみにポールの東京公演は発表当時は7回だったが、後に6回に変更となり、J社のN社長は「1回減っただけで我が社は大損だ!ポールに損害賠償してやろうじゃないか!」などと冴えたジョークを飛ばしては社員たちの笑いを誘っていた。

 思えばこの時に、後に長く使われることになる「ギミーシェルター」の名キャッチコピーが生まれたはずだ。
「ストーンズ公演の前はギミーシェルターへ。それがストーンズファンってものだぜ!」

 ちなみにKEIBUY JAPANではチケットエージェントからストーンズのチケットを50枚ほど譲り受け、カタログ読者に抽選でプレゼントするという大サービスを行った。当然のごとく何千人という応募者が殺到したが、驚いたのは応募者たちが「応募条件」に熱心に応えてくれたことだ。
 それは応募はがきに「KEIBUYカタログへの感想(200字以内)」を記入してもらうことだったが、ほとんどの応募はがきには感想がびっしり書かれてあった。まあチケット欲しさに、自分の心象をよくするために「おべんちゃら」が書き並べてあるはがきもあったが、総じてKEIBUYカタログが実に“よく読まれている”ことが実感出来る丁寧な記述が極めて多かったことだ。上司のT部長は応募はがきの束を俺に見せながら、俺の毎月の激務をねぎらってくれた。
「中にはお世辞もあるけどさ、コレ読んでみろよ!もっともっと自分の仕事に自信を持つべきだよ!!」


■ 夜間金庫用現金収納バッグに売上金が入り切れない! ■

 「ギミーシェルター」「ゲットバック」の店内からっぽ事件とともにもうひとつの忘れられない話題とは、銀行の夜間金庫に現金を預ける際に使われる現金収納バッグに、一日の売上現金が入り切れない日が続いたことだ。
 「ゲットバック」「ラブミーテンダー」「ヤードバーズ」「ギミーシェルター」「KEIBUYギャラリー」の5店舗は、閉店後に日替わり担当者が各店舗の売上金を集めて専用バッグに収めて銀行の夜間金庫に預けていたが、土日ともなると各店にお客が殺到したので、従来の専用バッグが役に立たなくなったのである!「ゲットバック」や「ギミーシェルター」は毎日とんでもない売上を上げていたが、KEIBUYも含めた他の店舗もロックンロール・バブルの風に煽られて絶好調な日々が続いていたのである。

 各店舗のスタッフたちは、売上に対する「純利益」の額などまったく興味がなかったと思う。毎日毎日目の当たりにする現金のデカさに有頂天になり、経費がいくらかなどと細かいことを気にするはずがない(笑
 俺はKEIBUYでの業務において、既に何度も何百万円という現金の束を目にしていたので驚かなかったが、少なくとも各店舗の店長以外の若いスタッフは膨れ上がった夜間金庫用の現金収納バッグに、「俺ってスゲー会社にいるんだ!」と自信満々になって、誇らしげに帰路についていたことだろう!よくもまあ、バッグも持ってトンヅラするヤツが出てこなかったものだと思う(笑)

 俺自身もまた毎日集まる多額の現金を見ていると、「俺たちの給料は上がるのだろうか?」「この現金たちはどこに使われるのだろうか?」と期待と想像に胸が膨らんだ。残念ながら、社員たちの給料が大幅にアップすることはなかったはずだ。
 俺の給料は半年前同様に、再び2万5千円アップしたものの、それでも手取り20万円そこそこ。各店の店長さんたちも大して変わらない額だったと思う。2万5千円の足らずの給料アップで生活が豊かになるはずもない。アップした金額はそのまま正木店長と飲むビール代にきれいに消えていたはずだ!まあ俺たちは随分と安くこき使われていたのである(笑)

 その当時、確かプロ野球の西武の若き主砲だった清原選手がプロ入り後5年足らずで1億円プレーヤーになったことがスポーツ各紙を賑わしていたはずだ。「1億円」ではなく「¥100,000,000」という「0」がたくさん並べられた見出しが印象的だった。一瞬立ち眩みがした覚えがあるが、あれはKEIBUYで扱う金額よりもさらに「0」が多い巨額に対する驚きからだったのか。自分の報酬の少なさに対するショックからだったのか、それとも単なる毎日の激務による疲労からだったのか(笑)俺たちは、まさにロックンロールへの情熱だけで、損得抜きに仕事に励んでいたのである。


■ ロックアーティスト専門ショップ乱立計画!? ■

 
1989、1990、1991年当時、ロックンロールへの情熱とバブル景気によって俺たちが稼ぎ出していた巨額の現金、そのほとんどをJ社のN社長は新規事業に投資した(と思う)。突然会社の売り上げが跳ね上がったからといって、すぐさま社員全員に還元していたら会社はすぐに立ちいかなくなるものだ。しかし売上の激増を具体的に把握していた上層部の連中の一部からは、「どうして我々の給料が大幅に上がらないのだ」と不満が出ていたことは確かだ。扶養家族のある方の気持ちとしては当然だろう。
 しかしN社長は、バブル状態の利益を正しく投資することであらためてはじき出した利益こそ社員に還元するべきものだという経営理論を曲げることはなかった。

 もっとも俺たち“戦闘員”たちのほとんどは、ロックンロール・バブル状態に半ば浮かれていて、この異常な好景気状態がしばらく続くものだと思い込んでいたものだ。
 いや、そうじゃない。各店舗のあまりの好調ぶりに、
「ゲットバック」のスタッフなら「俺たちはアップルレコードの社員と同じだ!」、
「ギミーシェルター」のスタッフなら「俺たちはストーンズファミリーの一員だ」、
「ラブミーテンダー」のスタッフなら「俺たちはメンフィス・マフィアの正しき直系だ」、
誰もがそんな異様なテンションにあったのだ。
だからこそ、会社の新規事業に対して戦闘員たちからは文句は出なかった。その新規事業とは新しいロック専門店である。

 まずはバブル景気に湧く日本の円を目当てに洋楽アーティストがひっきりに無しに来日する事態を当て込んで、3大ギタリスト中心のブリティッシュロック専門店「ヤードバーズ」は来日するアーティストのツアーグッズ全般を扱う「ワールドツアー」(店名)に経営路線を変更。
 次に当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったアメリカン・ハードロックバンドのガンズン・ローゼズ専門店「ガンズ・ショップ」。
 心境著しい多数のインディーズ・レーベルのアーティストを扱う「レボルーション」。
 有名ロックアーティストのファッションをフォーカスしたファッションショップ「フェイマス・フェイス」。
 極めつけは、ロックアーティストを区別なしに何でもかんでも扱う「ロックンロール・パーク」!

 実際には開店まで至らずに計画倒れに終わった店舗では、KEIBUY事業から派生したノンジャンルの有名人の貴重品を扱う「ヒストリアン・ギャラリー」やレディーズロック専門店「レディ・マドンナ」なんてのもあった!
 毎月のように新しい店舗のプロジェクトが立ち上がったり、店舗がオープンしているようなイメージが強烈に残っている。傍から見ていても(?)、やりたい放題であることは明白だった。

■支離滅裂で、急ぎ過ぎた渋谷進出 ■

 N社長は既存店の集中している原宿の次に渋谷駅周辺地域への大々的な進出を目指していた。しかし早々新店舗用の良い物件が見つかるはずもなく、代わりに用意された物件は驚くことに「ガード下の一杯飲み屋」の様な猫の額ほどの小さなスペースや、蹴りを入れたらすぐに崩れ落ちそうなボロボロの木造家屋だった。この木造家屋は実際に「風が吹けば屋根が飛び、雨が降れば雨漏りがする」建物であり、俺たち原宿のロックアーティスト専門ショップの若き戦闘員たちが必死の思いで稼ぎ出した莫大な資金が、駅に近いという利点だけのろくでもない建物の敷礼金に使われたと思うと情けなくなったものだ。

「要は箱じゃないんだ。箱に入れる品物が良ければ売れるんだ!」

 N社長はそう言って、“猫の額店舗”や“掘っ立て小屋”の担当者たちを鼓舞していた。 ビジネス理論としては間違ってはいないのかもしれないが、俺たちのロックンロール・エンタープライズの本質とは明らかにかけ離れていると感じていた者は少なくなかった。しかしそんな俺たちの想いをスルーし、まるで何かに急き立てられるかのように、N社長は次々と新店舗をオープンさせようとしていた。
 その真意は定かではないが、恐らくほとんどの洋楽アーティストのアイテムをこの時期に半ば独占的に日本で取り扱う体制を一日も早く構築したがっていたようだ。

 KEIBUYが起爆剤となり、更にストーンズ&ポールの来日で爆発した利益に、もっとも有頂天になって我を忘れてしまったのは、俺たち若き戦闘員ではなくて、実はN社長だったのか。 ストーンズ&ポールの来日が日本のロックマーケットに暴風雨を巻き起こし、その暴風雨によってスピードこそ加速したものの本来の行路を見失い始めていた難破船がJ社だったのかもしれない。

 俺は一度だけN社長と、社長の腰ぎんちゃくみたいな上層部の一人の計画に激しく異を唱えたことがある。それは「ロックンロール・パーク内の階段付近をレッド・ツェッペリン専門店にせよ。入口の扉付近はドアーズ専門店にせよ」というあまりにもバカバカしい指令に対してだった。ツェッペリンには名曲「天国への階段」があるから、階段付近に。ドアーズは扉付近に、という幼稚なアイディアに呆れかえったからである。
 「そんなダジャレじみた店づくりをやっていると、ホンモノのロックファンや洋楽業界から激しくバカにされて、会社のネームバリューに傷を付けることになります」と声を張り上げた。当然会議の場は静まり返ったが、社長が珍しくソッコーで同意した。実は「ロックンロール・パーク」というショップ名の命名者が俺自身だったこともあってN社長は俺の意をくんでくれたのかもしれないが、階段ショップと扉ショップ計画はメデタク中止になった(笑)
 いかに世の中が洋楽バブル時代でN社はビジネスチャンスが溢れかえっていたとはいえ、俺たちにはロックンロール・アーティスト専門店のスタッフであるというプライドがあった。だからこそ「そんな事はビジネスに関係ない」とばかりに俺たちの意欲を萎えさせるような腰ぎんちゃく野郎のセンス・ゼロの命令が許せなかったのである。

 この腰ぎんちゃく野郎は、常日頃からKEIBUYとオレに否定的な態度を露骨にとる人物であり、俺はほとんど相手にしていなかったので大きなトラブルは起きなかった。しかしこの一件以来、ますます俺を目の敵にするようになり、俺の仕事に謂れのない難癖を付けては故意的に他の社員の目の前で俺を叱責するようになった。
 これは随分と後ほど気が付かされたのだが、腰ぎんちゃく野郎は俺の上司T部長を一方的にライバル視しており、俺を潰せばKEIBUYが潰れてT部長の出世の目を摘むことが出来るというさもしい“絵を描いて”いたらしい。ロックにはまったく興味のない人物だったので、ロックへの情熱だけを原動力として突っ走る社内の若いスタッフに対して恐れおののいていたに違ない。(つづく)


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