NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.352

原宿ロックンロールドリーム
       ~ロックアーティスト専門店激闘記
 

時代が狂っていたのか、俺たちが狂っていたのか!?
バブル狂騒時代に原宿に咲き乱れたロック・アーティスト専門ショップたち!
「Love Me Tender」「Get Back」「Gimmie Shelter」「Yardbirds/World Tour」
「Gun's Shop」「Keibuy Gallery」etc

遅刻したって残業すりゃ文句ねえだろう!
血を吐くまで酒飲んだこともないヤツなんて信用できるか!
バックルームで居眠りしてようが、酒飲もうが、売上げ良けりゃ問題ねえ!
俺たちはメンフィス・マフィア直系だ、アップルレコードの社員だ、ストーンズファミリーだ!俺たちの情熱こそが会社の理念だ!!

青春の残り火を激しく燃やし尽くした、愛すべきスタッフたちのあの異常な熱量は何だったのか。


第17回:自らの不遜とバブル経済の罠が招いたロックンロールドリームの崩壊

急ぎ過ぎた夢の実現

 1980年代の末期から破竹の勢いで売り上げを伸ばしてきた原宿ロックンロールエンタープライズのJ社と俺の所属部署KEIBUY JAPAN。その勢いに陰りが見え始めたのは1991年の夏頃からだろうか。ローリングストーンズ、ポール・マッカートニーの初来日公演から1年が過ぎたあたりだ。
 バブル経済の崩壊、更なる円高傾向等、外的要因はいくらでも探すことは出来る。しかし社内で原因を探れば、それは完全なる“間違った投資”だった。もっと端的に言えば、ロックアーティスト専門ショップの乱発と、それに伴う過剰仕入れだ。

 当時の社内は、エルヴィス、ビートルズ、ローリングストーンズといった会社の屋台骨を支えるべきアーティストではなく、流行りの若手ロックミュージシャンのグッズで溢れかえっていた。それだけに留まらず、ニューキッズ・オン・ザ・ブロック、ネルソンといった洋楽アイドルまで取り扱うようになっていたのだ。それは売れれば何でもいい!といった節操の無さ過ぎる仕入れであり、ロックンロールエンタープライズとしての体をなさなくなっていた。

 日本の洋楽ビジネスを独占しようとするJ社N社長の意気込みは理解できるが、J社の歴史を作って来たエルヴィス、ビートルズ、ローリングストーンズをないがしろにし過ぎた結果だったかもしれない。「ラブミーテンダー」「ゲットバック」「ギミーシェルター」よりも、新店舗の設立と商品の仕入れに投資し過ぎたのだ。今だから言えるが、原宿竹下通りに現れては消える流行りの日本人タレントのキャラクターズショップ経営と変らない売り逃げビジネスをやる会社に成り下がってしまったのである。

 この事態について、J社のN社長の心境やいかに?俺はある日休日出勤の為に事務所を訪れた時、N社長と二人だけで話す機会があった。その時のN社長の言葉が、当時の会社の方向性そのものだったと今でも思っている。
 N社長はあるベンチャー企業(ロック関連とは無関係)の成功例を引き合いに出し、その会社は設立から3年で自社ビルを建ててしまうほどの大成功を収めたという。しかし我々J社は、設立はもっと前であるのに未だ自社ビルを建てることが出来ない、それが悔しいという。心底悔しそうにN社長は俺に語った。

 難しいものである。N社長の悔しさは経営者として視点から滲み出た悔しさである。でもロックンロールエンタープライズの社員たちは、自社ビルなんて「あればいい」程度にしか思っていないのだ。自分が感激したエルヴィス、ビートルズ、ローリングストーンズ、その真髄(と思える魅力)をファンに伝えていくことが自分たちの使命と信じていた。それは誰に教えてもらったわけでもなく、ロック好きが高じて自然と身に付いた真理であり、使命感だった。社員たちの使命感と社長の本音とは、天と地ほどの隔たりがあったのである。

 組織や会社にはいくつかの成長段階があり、会社がひとつステップを上がろうとする時には必ず旧態然とした派閥や思想が支障になってくる。しかしJ社は、ステップをひとつひとつ登っていくのではなくて、一気に天辺までジャンプしようしたのだ。その過剰な上昇志向がN社長と社員との隔たりを広げてしまったともいえるかもしれない。


委託出品殺到は危険信号

 当時のKEIBUY JAPANにはオークション委託出品依頼が殺到していた。かなり貴重なアイテムでも申し込みからマンスリーオークションの出品まで3~4ケ月を要することがザラだった。
この現象の原因は2つ。
「KEIBUYに出品すれば、俺のコレクションが高く売れる」とい真偽が分かりづらい評判と、「時代性に浮かれて高い物を入手し過ぎてしまったから出費額を少しでも回収したい」という者が多かったことだ。

 前者であれば別段問題はないのだが、実は後者が原因だったのだ。日本の洋楽を取り巻く状況は依然としてヒートアップしていたが、その実バブル経済自体は崩壊一歩手前だった。バブル経済によって収入が激増したことで高価なロックアイテムを入手出来た人が、バブルの崩壊現象によって懐が一気に寂しくなり、入手したアイテムを売り出しにかかったのである。
 KEIBUYオークションで落札回数も支払額も断トツでナンバーワンだったMという大手企業人の方は、自分が落札した品を逆に委託出品し始めていたほどだ。M氏の行動から俺は時代の流れを読むことが出来たはずなのだが、当時の俺はまったくもって鈍感だったのである(笑)


 委託出品依頼の殺到は一見マンスリーオークションの出品ラインナップを豪華にする。しかし、じわじわと高価なアイテムは入札数が減り始めていたのである。きちんと原因を追究すればよかったのだが、俺は高価なアイテムのカタログ上での扱い方が不十分である(写真の掲載の仕方、説明文の書き方)と判断して、ますますムキになってカタログ作りに没頭してしまった。一個人の浅はかな力業で時代の流れに対抗できるはずもないのに、愚かにも俺はそれをやってしまっていたのだ。結局俺自身もバブル経済の後押しで業績が良くなった状況に踊らされていたのである。


そして、KEIBUYも本道から外れ始めた

 ローリングストーンズとポール・マッカートニーの来日で洋楽そのものへの世間的な注目度が爆発してにわかファンが激増。洋楽アーティストの名前が入っていれば何でも売れるようになった状況、それに伴ってロックアーティスト専門店の品揃えが変わってしまい、それまで各店を支えてきた店長さんたちのテンションが著しく低下していったことは既に何度か記述した。俺が仕切っていたKEIBUY JAPANのオークション出品物も、本道から徐々に逸れてしまっていた。

 直筆サイン、ゴールドディスク、使用された楽器や衣装、超貴重なレコード類等が出品物の本道、王道なのだが、マンスリーオークションの回数を重ねていくうちに、ロックというよりも美術関連の出品物が多くなってきた。
 一例を挙げると、ロックと関わり合いの深いアンディー・ウォーホール、音楽よりも先に絵描きとしての才が頭角を現していたというジョン・レノン、ガンズン・ローゼスのアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョン』のアルバムカヴァーを手掛けたマイク・コスタビ、映画「オーティス・レディング&ジミ・ヘンドリックス・ライブ・アット・モンタレー」に登場するストリート・ペインター等、彼らのリトグラフ(版画)類の委託出品依頼がやたらと増えていった。
 ロックアーティストが描かれているならまだしも、彼らがロックとは関係のない題材を描いた作品まで出品するようになった。その理由は、最低落札希望金額が高いこと(運よく落札されれば多額の現金が入る)、作品のサイズが大きいのでギャラリーで展示映えがすること。更に美術関係のメディアにも注目されて、オークションに参加する人種を広げられる、と判断したからである。

 俺自身も、N社長と同様におかしなプライドがあったのかもしれない。俺たちは、ロックだけじゃない。絵画、版画といった美術関連品も取り扱っているのだ!という一般社会に対する見栄だったと思う。
 見栄を張りたがるほど、結構な給料をもらったり、女にモテたり、お偉い方から招待を受けていた訳でもないのに・・・。ほんの一時期とはいえ、マスコミ連中の方から一方的に取材を申し込まれたりしていたので、俺は「ひょっとして俺ってスゲーかも」と勘違いヤロウに成り下がっていたということだ。


増え続ける若手社員たちとの交流

 会社の取扱いアーティストに新進アーティストが増えれば、自然と入社希望者もバラエティに富み、年齢も若い者が多くなってくる。気が付いてみるとJ社の人員構成は、メタル兄ちゃんや姉ちゃん、パンク野郎やラッパー野郎、オタク君等など、こう言っては失礼だが、戦力になるのかならないのか判断に苦しむ若手社員たちの入れ替わり立ち替わり状態になっていった。まだ30歳手前で入社3年目程度の俺でさえベテランの部類になった。まあトップのN社長ですら40歳未満だったが。

 得体の知れない大勢の若手に対して、俺の直属の上司だったT部長が興味深い感想を述べてくれた。

「若い人が増えるのはいいことだよ。ロック関連の仕事をしていなきゃ毎日が楽しくない、やりたいことが見つからない、一般社会の中にいたら爆発させることの出来ないそんな若い情熱がJ社には必要なんだよ」

 その通りだった。俺自身も同じようなセリフを吐いてT部長との面接試験を通過して採用になった身じゃないか!そう思うと、若手社員が可愛くて仕方が無くなってきた。出来るだけ彼らと話をする機会を作り、自分のロックへの情熱がまだ生きているのか、もう死んでいるのかを確認したりしていたものだ。交流と言えるほど彼らと親密になっていたとは思えないが、ひっちゃかめっちゃか状態の当時のJ社において、数少ない楽しい思い出にはなっている。

 そんな俺に対して、苦言を呈するというか、横槍を入れてくる者もいた。これまでの連載中に何度かご登場頂いている(笑)社長の腰ぎんちゃく野郎だ。
「オマエはなんで若手社員に優しいんだよ!オマエは彼らの兄貴じゃないんだぞ。上司なんだ!ここは会社なんだ。それを考えろ」
正論と言えば正論だが、それを故意的に若手女子社員の前で、まるで俺に恥をかかせるようにぶつけてくるのである。その口調は俺を指導するというよりも、社内における自分の権力、発言力を若手社員に誇示しているように聞こえたものだ。まあ俺は馬耳東風状態で聞き流していたが、そうした俺の態度もまた彼の神経を逆なでしていたのかもしれない。当時の若手社員との交流を思い出す時、口元に薄ら笑いを浮かべ、目は落ち着きなく若手社員を見まわしながら俺をののしる腰ぎんちゃく野郎のキモイ顔が必ずオーバーラップしてくる(笑)

 当時の俺が若手社員にとって有難い存在だったのかどうかは分からない。必ずしも好かれていたとも思わない。だが俺は既に心身が慢性的に疲労困憊状態だったので、自分を奮い立たせるためにも彼らの若いエネルギーに触れる機会が必要だったのだ。(つづく)


■原宿ロックンロールドリーム第16回
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