馴染みのバーにふらりと立ち寄った時のこと。マスターもお客もおらず、年の頃30代半ばぐらいの見知らぬ女性がカウンターの中にちょこんと座っておった。マスターは所用で不在であり、マスターの知り合いの彼女が2時間ほど店番をしておるとか。1～2杯飲みながら彼女に話し相手になって頂くことになった。聞けば、彼女は元々某北ヨーロッパ国在住者であり、休暇でタイに滞在中とのこと。その某国の音楽や文学が好きなわしは「こりゃ話が合う！」と一旦は喜んだものの、世の中ってもんはそうは問屋は降ろさない（苦笑）悲しいかな、彼女は在住者でありながらもその某国否定者じゃった。

「住宅事情が酷くて冷蔵庫の中で生活しているような毎日」
「何を食べても塩辛いだけで美味しくない。マックやKFCまで塩辛くて、たまの外食も楽しくない」
「現地駐在者の旦那は何でも平気で食べられるので、私の苦しみを理解してもらえない」
「英語は通じるが、現地人訛りが激しくて周囲とコミュニケーションがとりづらい」
「(彼女が住んでいる地域に)在住している日本人は、旦那と自分の2人だけで寂しくて仕方がない」

　日本ではマイナーな某国について多少知識のある日本人が現れたからであろう。彼女は立て板に水のごとく、わしに毎日の苦悩を訴え始めたので驚いた！某国の国民的ロックミュージシャンや歴史的な文学者の名前すら彼女は知らなかったが、生活自体が苦悩の連続ならば、その国の文化などに興味をもてるはずもない。わしにとって救いだったのは、彼女が輝くようなステキな笑顔を振りまきながら苦悩を語ることの出来る不思議なキャラだったことじゃ。

　彼女のリアルな生活実話を聞いているうちに、某国に対する薄っぺらい知識を引っ張り出すことが憚られてきた。現地の実生活を知らない者が、現地の音楽や文学を語る資格なんかないと悟ったんじゃよ。
「あと一週間ほどで某国に戻らなければならない。このままずっとタイにいたい」と言った時だけ、彼女の表情が曇った。
「う～ん、なにか気の利いた土産話になるような話は出来ないものか」と思案した挙句に妙案が閃いた。彼女の住んでおる某国某地域に古くから伝わる民謡で、某国のロッカーたちが海外ライブをやる際にロック調にアレンジして披露する美しい曲がある。その曲は、自分たちの国への忠誠と誇りの啓示として演奏されるのじゃ。スマホを使ってyou tubeでその曲を聞かせてみたら、彼女の輝くような笑顔がより一層輝いた！
「え～この曲知ってます！コレ、私の住んでる所で生まれた曲だったんですね！！」

ヒートテックを重ね着して、さらにダウンジャケットを着ても寒いという某国某地域に、彼女はまだ2年は住まなければならないという。ご紹介した民謡が彼女にとって小さな暖炉になることを！