ROCK FIREBALL COLUMN by NANATETSU Vol.96


2010年度春の衣替え記念(?!)
ファンをビックラギョーテン!させた、ビッグロッカーたちの大胆不敵(?)なサウンド・チェンジ物語
 
 いきなりオバマ大統領のお写真登場で驚いたことじゃろうが、今回はオバマ大統領のキャッチフレーズではないが、「衣替え」の季節に合わせて、ロック史に残る「チェンジ!」をお届けしてみよう! まあその前に、本格的な衣替えの時期の、THE-KINGの新作はチェックはしっかりしたかいのお〜。 花見酒ばっかり飲んで浮かれておらんと(それはわしか!)、ロッカーとしてチェックすべき事をチェックして、ゲットするべきブツをゲットして春をエンジョイせよ!
 さて諸君の「ロッカーとしての衣替え」の気分をサポートするっつうか、あおる!ゴキゲンなネタはないものかと思案しとったが、たまたまBGMにしておった「エルヴィス・アルティメット・ゴスペル」のお陰で閃いたぞ! それが「ファンをギョーテンさせた、サウンド・チェンジ!」ってテーマじゃ。 エルヴィスをロッカーとしか見ていなかったファンも、このアルバム聞いた時は驚いたじゃろうなあ〜。 そんなパターンをロック史の中からすくいあげてみるぞ!
 オバマ大統領は「我々はチェンジ出来る!」と演説をかましてアメリカ国民のハートをつかんだが、ロック界においては「サウンドのチェンジ、衣替え」ってのは、下手すりゃ命取りじゃ。 それまで支援してくれたファンを失うことにもなる危険極まりないアクションじゃ。 もちろんレコード会社だって簡単にはOKを出さんので、50余年のロック史の中でもそんなに例はないから、思い出すのにチト苦労したわい。 だから少しは心して読んでくれるとわしも有難い! 



■サージェント・ペパー・シンドローム型チェンジ■ 
 “1枚のアルバムがロック史の流れを変えた! 
   ロッカーの誰もが足元を見失いかけた、1967年のビートルズ・マジック!

 

 まず「サウンド・チェンジ」がロック・シーン全体のブームになったことがロック史上、たった1回だけあることはご存知かいの。 それは1967年、ビートルズがトータル・コンセプト・アルバム「サージェント・ペパー・ロンリ―・ハーツ・クラブ・バンド」を発表した時じゃ。 ロック・シーン全体が「なんじゃあーこりゃあああ!」と大騒ぎになってしもうて、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、キンクス、ビーチ・ボーイズ、ドアーズなどなど、どいつもこいつも、自分たちのそれまでの地位を築き上げてきたサウンドを捨てて、一斉にコンセプト・アルバム製作に突っ走ってしもうた。
 まあロック・マニアの中には「コンセプト・アルバムはサージェント・ペパーが最初じゃないぜ、七鉄さんよ」と言われる方もいらっしゃるじゃろう。 知っとるわな、それぐらい! 「フラ・・・」の「フリ・・・」じゃろう? でも大ブームを巻き起こしたのは「サージェント・ペパー」じゃよ。
 どっちが一番先か?ってことより、要は「サウンド・チェンジ(コンセプト・アルバム化)」は成功したのか?ってことの方が重要じゃが、わしが思うにアルバムとしての成功例はザ・フーの「トミー」だけじゃな、なんつうと それぞれのバンドのマニアックなファンの方々からお叱りを受けそうなんで、「それぞれのバンドの歴史の重要な転換期をもたらした作品になった」ってことでお許し願いたい!



■リーダー交代型チェンジ〜ディープ・パープル
 ロック史上最大の方向転換! 彼らの正体は一体何者だったのか?

 
 バンドのサウンドが、突然180度正反対にチェンジした例も恐らくこの1回だけじゃろうな。 それは以前のこのコーナー「ロック史の政権交代」でも書かせてもらったが、ハードロックの雄ディープ・パープルじゃ。 デビューからのトレード・サウンドじゃった、オルガンを主体とした重厚なプログレ的サウンドを捨てて、1970年発表の「インロック」から徹底したハードロックへ路線変更つうか大変身してしもうた!
 リーダーがオルガ二ストのジョン・ロードから、ギタリストのリッチー・ブラックモアに交代したことで起こった突然変異じゃった。 この「サウンド・チェンジ」は大成功となり、以後バンドは栄光の歴史を突っ走ることになるのじゃ。
 ディープ・パープルは1977年に一度解散したが、その時わしは思ったものじゃ。 あのままプログレ風バンドでいってもそれなりの功名は果たしたはずだし、彼らは一体何者だったのだろうと。 ブルースやロックン・ロールをやらせても上手かったし・・・。 そんな疑問すら消えかかっていた1983年、彼らは突然再結成しおった。 アマノジャクのわしは、最初のサウンドスタイルで復活したらオモシロイ!って期待していたが、やっぱり栄光の歴史を刻んだハードロック・スタイルで復活劇を成功させよった。 彼らに対するわしの疑問は永遠なり、じゃ。


■残留組奮闘型チェンジ〜ジェネシス
 リーダー2人が脱退してもへっちゃら! 最大の危機が最高の機会に転じた稀有なパターン


 60年代末期にデビューしたジェネシスは、プログレ・サウンドとポップ・サウンドとの間を実に上手く遊泳する賢いプログレ・バンドであり、演劇性の強いライブ・パフォーマンスも、目と耳の肥えたロックファンを納得させるユニークなクオリティを誇っておった。
 ところが、ピーター・ゲイブリエル(Vo)、スティーブ・ハケット(G)の二人のリーダーが相次いで脱退してしまい、70年代中期には存続が危ぶまれたが、残された3人ががっちりと結束! 
 「そして3人が残った」っつうバンドの状況をそのままタイトルにしたアルバムでは、元々の持ち味のひとつであったポップ路線の方を強調。 やがてアルバム発表毎にプログレ・サウンドを徐々に削除していって、結果として全米大ヒットを飛ばせるポップ・バンドへと時間をかけて変身してみせたのじゃ! ディープ・パープルのような劇的な衣替えではないが、ロック史上に残るクレバーなサウンド・チェンジじゃな。 80年代以降にジェネシスのファンになった方が、70年代前半の作品を聞いたら、(これもまた)ビックラギョーテンじゃ。



■開き直り“過ぎ”型チェンジ〜エマーソン・レイク・アンド・パーマー
 “プログレ職人、甘く晴れやかに愛を歌う”は、やっぱりダメだった・・・


 サウンド・チェンジの大失敗例をひとつご紹介しておこう。 ジェネシスとほぼ同時期に活躍した、同じプログレ・バンドのEL&P。 全盛期の人気は遥かにEL&Pの方があったものの、彼らにはサウンド・チェンジの方法論が無かったようじゃ。 プログレ・ブームも下火になった70年代後半、彼らが選んだ道(っつうか苦肉の策?)は極端なポップ化! それまで、「ロックとクラシックとの融合」をモチーフに、髪の毛振り乱してインテリジェンスとテクニックを駆使して奮闘していたバンドが、突然ハワイアン・バンドみたいなジャケットの中でにっこり笑ってご登場! 作品のタイトルは「ラブ・ビーチ」! 愛の浜辺ときたもんじゃ!!
 いやあ〜、こいつら音楽の勉強し過ぎてドタマがイカレタか?と思ったぞ、わしは。 物悲しさまで漂う、開き直り過ぎじゃよ、これは。 ファンには完全にそっぽを向かれてしまい、業界内でも物笑いになっていたらしいぞ。 以後、この路線を踏襲することはなく、EL&Pは自然消滅してしもうた。 パンクとディスコの大ブームの中で、完全に行き場を失ったバンドの悲哀じゃよ。


■信念求道型チェンジ〜ジェフ・ベック
 やかましーぞ、テメーラ! オレにギターを弾かせろ!


 
若き日のジェフ・ベックのスタイルは、レッド・ツェッペリンの向こうを張る「ハード&へヴィ・ロック」。 王者ツェッペリンを打ち負かすべく常に強力な新人発掘に心血を注いでおった。 後に脚光を浴びことになるロッド・スチュワート、ロン・ウッド、コージー・パウエル、アインズレー・ダンバーらはジェフ・ベックが探してきたのじゃ。 しかし常に「ヴォーカルとかサウンド・スタイルとかに俺のギターが制限されるのはガマンならん!」って発言も随分と目立っておった。 わしも「もっと自由奔放にやりゃあいいのにのお〜」ってのが本音じゃったな。
 そしてジェフ・ベックがたどり着いた結論が「ギター・インストゥルメンツ」。 もうヴォーカルやロックというスタイルに固執することなく、ロックでもジャズでもフュージョンでも何でも、自分が弾きたいギター・スタイルだけを追求するという潔い方法論! これがズバリ!大成功じゃった。 「言葉を持ったギター」と評されていたジェフだけに、ヴォーカル無しでも問題なし! プロデューサーには、ビートルズを育て上げた音楽博士ジョージ・マーチンを起用したサウンド・チェンジ第一作「ブロウ・バイ・ブロウ」は大ヒット。 ここからジェフ・ベックの本当の全盛時代が始まったといっていいじゃろう。


 ロック史上に残る5大「サウンド・チェンジ」。 「サージェント・シンドローム型」以外は、全部70年代じゃな。 80年代以降になると強烈なのが思い当たらんのじゃよ。 唯一、ガンズ・アンド・ローゼスのセカンド・アルバム「ガンズン・ライズ」かいのお。 デビュー作のハードロック路線から一転して、アルバム半分を「完全アコースティック」にしたことじゃな。 MTV時代を意識しての策略だったんじゃろうが、セカンドアルバムで早々とバンドの違った側面を堂々と見せつけるとは「大したもんじゃ」と思った記憶がある。 ロック史上最速のサウンド・チェンジかもしれんな!
 どうじゃ、「衣替え」といえども、ただ季節に合わせてどーのこーのという以上に、目的と勇気をもって行うとスバラシ〜結果が訪れる気になったじゃろう! あとは自信をもって、ロッカーらしい衣替えを速やかに行うように。 迷うことは無い! もう一度THE-KINGの新作ナッソー、イタリアン・シャツ、フラップ・シューズをチェックして新しき装いをキメてしまうことじゃあ〜。 We can believe in CHANGE !



七鉄の酔眼雑記
 

 新入社員らしき初々しい社会人を見かける季節になったのお。 しかし現代は大変な就職難の時代らしく、わしの知人にもとても気の毒な若者がおる。 本人の話によれば、それなりの大きさの組織をもった会社とか店舗の求人に応募すると、判で押したような結果が待っておるのだそうじゃ。 「能力的には採用したいのだが・・・」という前置きの後に、必ず不採用になるそうで、その理由が「保証人がいない」ことなのだそうじゃ。
 彼は不幸なことに親兄弟がなく、仕方なく親類縁者に「保証人」を依頼しても誰も引き受けてくれんのだそうじゃ。 それで困り果ててわしのところに来た訳じゃが、わしは保証人の署名をする「契約書」ってのを見せられて唖然!としてしもうた。
 何から何まで会社側の言いなりというか、「何とかが無くなったら、何とかが壊れたら、何とかっつう問題がおきたら、それはぜ〜んぶアンタの責任ですからね!」「我々はアンタなんかハナから信用してませんよーだ!」ってな内容じゃ。 「契約書」というよりも、あれは「一部脅迫状」じゃよ。 こんなんじゃ、わしだって保証人になれんわ!
  「おいおい、最近の若者ってそんなに悪い奴ばっかりなんか?」と思ってしまったが、そんなことはあるはずもない。 見せられた契約書は読み方によっては「我々には人材管理能力はまったくありません」「他責経営こそ我が社のポリシー」ってことじゃよ。 こんな契約書、作っていて恥ずかしくならんのじゃろうか?
 どんな種類のお店でも、チェーン店展開しとるお店に入ると、最近すごく感じるところがある。 大きな組織に守られながら働いておるんだから、若い従業員がもっと活き活きしていてもよいのに、何だか「丁稚奉公」みたいな感じでおそるおそる働いておるんじゃ。 要するにこーいうことだったんじゃな。 まだ起きてもいない問題の責任を背負わされながら、極端にマニュアル化された業務をこなしとるから、あんな顔になってしまうんじゃ。 あれじゃあ「接客サービス」にならんから本末転倒じゃよ。 「チェーン店」の“チェーン”(鎖)ってのは、「がんじがらめに縛りあげる」ってことなのかいのお・・・。 いやあ〜最近の若者はかわいそうじゃのお〜と、普段は若者に手厳しい(?)わしも彼らに同情してしもうたよ。
 
 

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