ROCK FIREBALL COLUM by NANATETSU Vol.86

ロック・バンドの「政権交代」!
   
〜リーダー交代の“危機”を乗り越えてスケールアップしたビッグ・バンド

 今年も残り二ヶ月を切ったな。 「プレミアム・フラップ・シューズ」なるフィフティーズ・シューズの“真打ち”が拝めた今、2009年という年も悪くはなかったよのお。 嬉しくないことがあったとしても、この一発!ですべて忘れることのできるグレイトなグレードじゃ! 
 さて何はともあれ「政権交代」が成された今年は、ニッポンの歴史的政治の転換期として末長く語り継がれるであろう・・・なんてエラソーに語るつもりなど毛頭ないが、ふと、この「政権交代」というフレーズについてヒラメイテしまった。 ひとつのロックバンドの歴史の中で「政権交代」があったことって、そんなにないんじゃないかと。
 かつてのロックバンドにおいて、政権交代、つまりリーダーの交代というのはバンド存続にとっては最大の危機であり、解散に直結することが多かったもんじゃ。 また最近のバンドは、ド根性が足りんのか、会社が作ったお人形ちゃんバンドが多いからなのか、すぐに解散するから政権交代なんぞあるはずもない。
 案の定、調べてみると「政権交代」があったビッグ・バンドはごく僅かであり、それも諸君なら絶対に知っておる偉大なるロック・バンドばかりじゃ。 彼らはリーダーの交代という解散の危機を乗り越え、音楽性を昇華させながら不動の地位を築いていったのじゃ。 そこんトコをかいつまんでご紹介しんぜよう。 ちなみに音楽的にはすべて「正解」の政権交代じゃ。 鳩山さんにも是非とも参考にしていただきたい!


その1〜ビートルズ  ジョン・レノン→ポール・マッカートニー 

 ビートルズのリーダーは、結成時からずっとジョン・レノンじゃった。 ポール・マッカートニーはこう語っておったな。 「ジョンはいつもボスで人気者だったよ。 ハイスクール時代も、友達同士でバスに乗ったりすると、みんなジョンの隣に座りたがったものさ」。 その兄貴分的な性格や早くから開花した音楽的才能で、ジョンはバンドの中でもっとも存在感があったもんじゃ。
 ジョン政権からポール政権へとビートルズの内情が変わり始めたのが、ライブを中止してスタジオ活動に専念し始めた1967年あたりから。 ポール主導による最初のアルバムが「サージェント・ペパー〜」じゃ。 発表後50年のポップミュージックの全ての可能性、方法論が凝縮された名盤であり、その指揮を見事にとっていたのが、音楽の申し子、ロック界のモーツァルトであるポールじゃ。
 その後ジョンはオノ・ヨーコと出会うことで心はどんどんビートルズから離れていき、70年のバンド解散までのリーダーはポールが務めたとされておる。 ジョン政権時代は社会現象としての巨大なバンド、ポール政権時代はロック界永遠のカリスマ・バンド。 ビートルズの歴史はこんな感じで色分けできるじゃろう。


その2〜ローリング・ストーンズ  ブライアン・ジョーンズ→ミック・ジャガー
 
ローリング・ストーンズってバンドは、元々黒人ブルースやR&Bのコピーバンドとしてスタートしたんじゃ。 日本ではいまだに全然売れんらしいが、最初の3枚のアルバムを聞けばそこんとこはよ〜く分かる。 そうしたバンドの音楽性、方向性を司っていたのは、ギタリストのブライアン・ジョーンズじゃった。 ブライアンはストーンズの創設者であり、今の言い方なら"ブルースおたく"だったんじゃ。
 しかし「いつまでもコピーばっかりじゃバンドは続かんぞ!」とマネージャーから日々ドヤサレテいたバンドは、やがて「サティスファクション」や「黒く塗れ」といったオリジナル曲をヒットさせるようになるのじゃが、リーダーは作詞作曲能力を持ち、シンガーとして見た目もフロントにあったミック・ジャガーへと自然と変わっていったんじゃ。
 作曲能力に乏しかったブライアンは次第にバンド内の権限を失っていき、シタール、ダルシマー等の多彩な楽器を弾きこなしながら必死に復権をアピールしていたが、69年に失意にくれてバンドを脱退。 その直後に死んでしもうた。 ドラッグに溺れた末路じゃった。 ストーンズ自体はブライアンの失墜をよそにますます巨大な人気バンドに成長していったが、人間関係の面では政権交代のもっとも悲惨なパターンじゃな。


その3〜ピンク・フロイド シド・バレット→ロジャー・ウォータース
 サイケデリック・ドリームの中で歪んだポップスを聞いているような・・・とでもいうべきか、60年代末期のブリティッシュ・ロック界では程良いぶっ飛びフィーリングに溢れたサウンドをかましていたピンク・フロイド。 そのサウンドはすべてリーダーだったシド・バレットの嗜好性によるもんじゃった。 
 じゃがこのシド・バレットという男、その人間性はサウンドよりもはるかにぶっ飛んでおり、本質がアーティスティック過ぎるゆえに、過酷なショービジネスの世界に馴染むことができず、やがて精神に異常をきたして満足に演奏も出来ない状態になってしもうた。
 そこで頭角を現してきたのがベーシストのロジャー・ウォータース。 後にフロイドの代名詞となる「長大で情緒的なプログレッシブ・サウンド」はロジャーの才能の賜物であり、こんなスゴイ才能の持ち主が最初はリーダーの影に隠れていたとは驚きじゃった。 シドが最後に参加したセカンド・アルバム「神秘」では、シドとロジャーという2人の天才の異なった音楽性が奇跡的に共存しておる。
 心身が衰弱していったシドはやがてバンドを離れてしまうが、残されたメンバーのシドへの敬意と感謝の念は消えることなく、シドに捧げた名曲「狂ったダイアモンド」を後に発表しておる。 だから政権交代は表向きは平和的でスムーズに行われた訳じゃが、後にロジャーが脱退した時も、今度はシドの後任ギタリストとして加入したデイブ・ギルモアが才能を発揮してバンドは引き続き継続。 二度の政権交代をもめごとなく遂行出来たロック史上希有なバンド、それがピンク・フロイドじゃ。 


その4〜ディープ・パープル  ジョン・ロード→リッチー・ブラックモア
 バンド内の政権権交代によってもっとも劇的に音楽性が変わったのがディープ・パープルじゃ。 デビューから3年あまりは、オルガ二ストのジョン・ロードがリーダーであり、クラシック音楽の影響の色濃い、プログレッシブ・ロック的サウンドがカラーじゃった。
 しかし人気も評価も「まあなんとか」ってレベルに業を煮やしたのか、バンドは突然ハードロックへと大へんし〜ん! アルバム「イン・ロック」という名盤をいきなり発表してみせたもんじゃった。 新メンバーのオーディションの時に、旧メンバーが驚いて演奏を止めてしまったと言われるほど衝撃的な登場をしたミスター・大シャウト男イアン・ギランの加入が大きかったが、何といってもギタリストのリッチーの才能が大爆発したのがバンドに決定的なブレイクをもたらしたのじゃ。
 それからディープ・パープルはリッチーのバンドとなるんじゃが、旧リーダーのジョンはリッチーと対立することはなく、新しいポジションの中で自分の役割を果たし続けたもんじゃった。すべて理想的な政権交代じゃ。


その5〜オールマン・ブラザース・バンド  デュアン・オールマン→ディッキー・ベッツ
 70年代のアメリカン・ロック界の国民的バンド、オールマン・ブラザーズの政権交代は、リーダー兼リード・ギタリストだったデュアン・オールマンが1971年に交通事故で亡くなった時じゃ。 バンドがブレイクした直後であり、デュアンのプレイがバンドの看板だっただけに、誰もがバンドの失速を覚悟したもんじゃった。
 しかしここで現れたのがそれまでセカンド・ギタリストだったディッキー・ベッツ。 デュアンの影に隠れていた二番手が突然しゃかりきになって頑張り始め、デュアンの指揮下で進められていたアルバム「イート・ア・ピーチ」を見事なクオリティで完成させて、アルバムは大ヒット! リーダーの死を、その損失度を補ってなお余りあるガンバリズムを発揮することで弔ってみせた。 神様ってのはこういう男を祝福するもんじゃな。 バンドはデュアンが存命していた時期からは想像も出来ないほどのスピードで国民的バンドの地位へとターボが入ったのじゃった。 アッパレ!


 こうして挙げてみると、ものの見事にビッグ・バンドばかりじゃな。 では後に正反対、つまり政権交代が行われた直後に解散した代表例もおひとつ。 それはセックス・ピストルズじゃ。 イギリスで人気が大爆発した時のリーダーはジョニー・ロットンじゃったが、初の全米ツアーが行われると、ファンやマスコミの目は俄然ベーシストのシド・ヴィシャスに集まるようになった。
 この状況を政権交代と言えるのかどうかは?じゃが、シド・イコール・ピストルズみたいな空気がバンドとその周囲を包みこむことになったのは確かじゃな。 
 すっかり不貞腐れてしもうたジョニーがバンド活動を放棄したことでピストルズはあっさり解散。  「あんなクソ野郎(シド)に夢中になるヤンキーども(アメリカ人)なんか相手にできるか、バ〜ロ〜!」と言ったかどうかは定かではないが。 シドの方も、もともとバンド活動、人気商売なんざにまったく興味がなく、日に日に騒ぎが大きくなる自分たちの状況を楽しんで、ドラッグとドンチャン騒ぎに明け暮れる超無頼派野郎。 挙句に恋人ナンシーを殺して自分もこの世にオサラバしてしもうた。

 このようにロック界の数少ない政権交代は、バンドの音楽性を昇華させて、ロックの歴史に輝かしい足跡の数々を残す結果となったわけじゃが、日本の政界の政権交代は輝かしい実績を残すことができるかどうか?なんてことまではわしゃ〜知らん! ただいま新作「プレミアム・フラップ・シューズ」の出来栄えにホレボレとしていて、こいつで足元を飾ってどこへ行こうか、どこへ旅をしようかと、そんなことで頭ん中がいっぱいじゃ! まあ駆け巡る願望を整理するためにだな、とりあえずはネオン街へ行くとしよう〜♪ 09年度ラストスパートをキメるブツは揃った! あとは諸君の熱きロックンロール・ハートによるアクション次第じゃ。 諸君にとって「プレミアム・フラップ・シューズ」が頼もしい存在になることを祈る! 





七鉄の酔眼雑記
 7〜8か、14〜15か?!

 i-podを買ったぞ!って話は何回か前に語ったが、先日ちょっとした訳あって知り合いになった若いお嬢さんとお互いのi-podを一時的に交換するっつう機会があった。 日本国内外を問わず、お嬢さんのi-podには、お気に入りである最近のロック、ポップスが200曲あまり収録されておるという。 年齢差実に云十歳の女性が自分の仕事への意欲を向上させたり、日々生きるパワーを充電したりする時間に聞いている音楽ってどんなもんなんじゃろう。 そんなことを垣間見れる機会なんぞこの先ないかもしれない! どうじゃ、うらやましい〜じゃろう!

 感想をズバリ言うとだな、「コッパズカシクなって冷や汗が出た」というか、「その場から逃げ出したくなった!」ってのが正確じゃろうか! あまりにも身近なテーマが、あまりにも分かり易い歌詞で歌われおるからじゃ。 なんつうかその、「そんなことまで歌詞にしとるんか!」「そんなことまでストレートに言ってしまうんか!」とびっくらこいてもうたな。 その傾向は男性アーティスト側により色濃く現れており、「おいおい、これってストーカーが書いた歌詞なんか?」なんて勘違いしそうなものもあった。 しかもこーいうのをうら若き乙女たちが聞いて胸ときめかしておるのか!と段々世の中ってもんが恐ろしくなってきたのじゃ。
 演奏の方も歌詞の内容を助長するようなアレンジの雨あられ!入るべきトコに入るべき音が抜け目なく入っており、意外性が存在しない計算され尽くした整然とした仕上げ方には恐れ入ったわい。 70年代後半じゃったが、アバというスゥエーデンのポップグループが、出す曲出す曲ことごとく大ヒットした時、「アバはコンピュータで解析したヒットデータをもとに作曲している」とまで言われておったが、現在のポップス界では、本当にそういうことが行われているんじゃないかと思われるほどじゃ。

 いやあ〜わしも年を取ったもんじゃ。 わしらの時代、ロックでもポップでも、優れた楽曲の基準のひとつに「感情の爆発!ではなくて爆発衝動で留めること」ってのが不文律じゃった。 要するに、言いたいことが10あったら、それをいかに7〜8で留めるか。そこがアーティストの腕の見せどころだったのじゃ。 んで、残りの2〜3は何なんだろう?ってファンが探し求めることで、やり手と受け手との魂の架け橋が生まれたもんじゃった。 ところが現在は、7〜8どころか、14か15ぐらいまではトコトンやらんとファンを納得させられない時代なんじゃろうか。 
 でもお湯の沸騰温度が100度以上には上がらんのと同じで、14〜15って、本来存在しないレベルではないんじゃないかのお? それでも作り出さなきゃならんから、様々な10レベルを合体させて架空の14〜15にまで仕立て上げておるんだろうか。 こりゃあ〜プロデューサーもミュージシャンも大変じゃわい! お疲れ様でございます。 




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