NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.329

 昨年の「300回記念シリーズ」でわしの好きなミュージシャンを担当楽器別のランキングを作ってご紹介したもんじゃが、覚えていらっしゃいますかいのお?(笑) その時に気が付いた方がおったかもしれんが、「ギタリスト」のランキングだけは紹介しなかったのじゃ。 忘れていたわけではなくて、実は何度トライしても自分で納得のいくランキングが完成しなかったのじゃ。 好きなギタリストが多過ぎて、またランキング作りに精を出しておる期間、毎日の様に聞きたいギタリストが変わり続けてしまったんでどうにもならなかったんじゃ!

 単純に「好き」って基準でギタリストを括ると、100人はくだらない!いや、嫌いなギタリストが極めて少ないって言った方がいいかもしれん。 このギタリスト盲目嗜好は、わし自身が結局ギターをマスター出来なかったというコンプレックスの裏返しかもしれんし、フィフティーズからプログレ、フレンチポップまで節操なく手あたり次第聞きまくっていたからかもしれん!
 また70年代以降はギタリストってのはヴォーカリスト以上にロックミュージシャンの花形なんで、わしはギタリストに対して殊更憧憬と尊敬の念が強いんじゃろうなってことで、これからわしの好きなギタリストに関するコラムを書き続けてみたいので、あらためてお付き合いのほどをよろしゅーな。 
 なおわしはギターを弾きこなすことが出来なかったので、専門的な技術に関する記述は出来ないのでご了承あれ。あくまでもサウンドの個人的な印象、ベーシックな音楽的背景を中心として書き散らかしていくので、まあ安心して読んでみてくれたまえ。


憧れのロックギタリストたちに捧ぐ~Volume1
実体、実力を覆う“時代の霧”が益々深まる、60年代初頭の二大ギタリスト~ジョージ・ハリスン&ブライアン・ジョーンズ


 「はあ? なんでいきなりジョージとブライアンなんだよ!」って言われそうじゃけど、意外なトコから始めてみるのもよろしかろう!

 50年代に活躍したギタリストたちは、時代がロックンロールの黎明期ってこともあって敬意を表されながら紹介される機会は結構お見受けする。 また60年代後半からは優れたギタリストたちが爆発的な勢いで登場し続けたので、彼らは「ロック維新時代」のヒーローとして今でも特別視されておる。
 その反面、両方の時代の中間に当たる60年代前半にバンドブームによって世に出て来たギタリストたちは、ギタリストとして再考されたり再評価されたりする機会は、在籍したバンドに比べれば遥かに少ないもんじゃ。 ってことで、ジョージ・ハリスンとブライアン・ジョーンズにまずは光を当ててみることにする!


■ジョージ・ハリスン
 ~突然キレタリ、儚い耽美性を発揮するスタイル不明のギタリスト■
 
 ビートルズが世界遺産的存在となった21世紀では信じられないハナシじゃけど、リードギタリストの存在がロックシーンの中で大全盛時代を迎えた1970年代、ジョージ・ハリスンは下手くそギタリストの最右翼として口煩いロックファンに罵倒されておった。
 わしの周りにもいっぱいおったよ、ジョージをこき下ろす連中が。 「あんなギター、現代では通用しないぜ」とか「自分で書いた曲のリードすらまともに弾けないダサイ奴」とか「ビートルズって、ジョージが下手過ぎるからライブ止めたんじゃねーのか」とか、まあ言われ放題じゃったよ。

 当時は(特に日本では)テクニック偏重時代であり、超絶的な早弾き、必殺のハンドビブラート、エフェクターやディストーションを駆使した美音と濁音との連続技、ブルースもしくはクラシックからの正統的な影響なんかが評価の対象じゃっただけに、いまにして思うとジョージの当時の低評価ってのは、どの評価基準にも引っかからないギタースタイルが招いた悲劇だったと思う。

 しかしジョージのギタースタイルって何なのかっちゅーとわしもよおわからん(笑) チェット・アトキンス風(右下写真)とかビル・ジャスティス風とか、少々マニアックなオールドロックンロールギターがジョージのルーツと言われることが多いが、わしは何だか判然としない。

 じゃあ何でジョージ・ハリスンが好きかっちゅうとだな、上手い下手は別として(どーせ専門的なことは分かんねーし!)、ジョージは突如トンデモナイテンションのリードギターをかますからなのじゃ。 代表例が「レットイットビー」のLPバージョン、ジョン・レノンの「真実が欲しい」、「アート・オブ・ダイイング」、この3曲における喚き散らす様なリードギター! いずれも1分程度のプレイじゃが、このテンションだけはジミ・ヘンドリックスも適わない凄まじさじゃ。
 ジョージに対する精一杯の好意的な評価で「スライドギターの名手」ってのがあるが、わしは別に名手とは思わない。あえて名手と呼ばせて頂けるのであれば、「突然変異の超絶テンションギターの名手」じゃな!

 その一方で、聞いていてとろけてしまうような儚く美しいアコギを、これまた突然にやってみせたりする。 代表曲は「ヒア・カムス・ザ・サン」「ソーサッド」「ギブ・ミー・ラブ」あたり。
 要するにジョージはポール・マッカートニーの様に長期間継続で、またアルバム1枚フルでオリジナリティを発揮することは出来ないが、ある時突然に天の啓示を受けたかようなプレイをするのじゃ。 それが楽しみでジョージのソロアルバムを買い続けていたようなものじゃ。

 さて、これはジョージの応援になるかどうか分らんけど、ちょっと逆説的な論法でジョージのギタースタイルを改めて讃えてみたい。
 先述したギタリスト・ジョージにとって逆風時代の70年代、悪意をはらんだかの様なジョージ評が世に出回っておった。

「ビートルズの良さがやっと分かってきたよ。でも今でもリードギターだけはイライラするね」(by ジェフ・ベック)
「ジョージって冗談でギターを弾いているのかと思っていたよ」(by ジミー・ペイジ)

 わしはジェフもジミーも大好きじゃけど、もしこのコメントが本当であるならば許せんかったなあ~。
 「ジェフよ、テメーが弾いちゃったらビートルズ・サウンドになんねーだろうがアホンダラ!」
 「おいジミー、テメーのリードギターテクだって褒められたもんじゃねーだろうが。 それにテメーもはまったインド音楽嗜好の先鞭をつけたのはジョージじゃねえかバカモノ!」
年甲斐もなく(いや、当時はわしも若かったな!)天下のジェフ、ジミーに喧嘩を売りたくなったもんじゃ。

 上手いのかそうじゃないのか、スタイルの基本は何処にあるのか、何故唐突にスゴイテンションを発揮するのか、何故最愛のパティをクラプトンに譲ったのか(笑)。 今も昔もジョージ・ハリスンって実体がさっぱり分からないギタリストじゃ。 でもそんなヤツって、ミステリアスで聞き続けたくなるものなのじゃ!


■ブライアン・ジョーンズ
   ~スターダムとマルチな才能に溺れ、ブルースを追求しなかったブルース・ピュアリスト■


 ローリング・ストーンズの創設者、命名者、初代リーダーであるブライアン・ジョーンズじゃが、ストーンズの歴史が長く続けば続くほど彼の存在意義が希薄になっていっとる気がしてならない。 それには様々な原因が考えられるけど、要はブライアンのストーンズならびに当時のロックシーンへのギタリストとしての貢献度が明確になっておらんからじゃ。
 実際初期のストーンズのアルバムにおいて、ブライアンとキース・リチャーズとの役割分担(どちらがどのギターフレーズを弾いているのか)は分からないし、正確なクレジットもない。 一聴して分かる個性的なギタートーンを出せるギタリストでもなかったし、ホントわしの様なシロウトリスナーには困ったお人なのじゃ。
(その点、ビートルズの場合はほとんどのリードはジョージ、リズムはジョンという明確なスタイルがあったから分かりやすかった)

 わしは長らく「サティスファクション」のファズギターや「ラストタイム」の印象的な音色のリードはブライアンだとばかり思っておったが、後年公開されたライブ映像ではキースが担当しておったんでビックリしたわい。
「俺とブライアン、どっちが何を弾いていたかって?それ以前にヤツはバンドが人気が出てからはまともにレコーディングに来やしなかったぜ! お陰でオレはずっと大忙しだったよ」(byキース・リチャーズ)
とまあそんなワケらしいんで(笑)、ブライアンのギタープレイが聞けるアルバムってのは、大ヒット曲「サティスファクション」が発表される以前、初期の2枚(『ザ・ローリング・ストーンズ』『No.2』」)くらいか!

 ブライアンのギタープレイのクオリティを知るためのマニアックな発言がある。 ストーンズのドラッグ・ディーラーじゃったトニー・サンチェスが、著書「悪魔を憐れむ歌」の中で「周囲の空気を一変させて聞く者の心身に絡みつくようなリズムギター」とブライアンのプレイを表記しておる。
 わしはこのコメントを読んだ時、ストーンズの初期のアルバムにおける“単なるリズム&ブルースのコピー”で終わらない、若きストーンズ・サウンドに漂うホワイトブルース・フィーリングの正体が分った気がしたもんじゃ。 ブライアンがコピープレイの根幹で白人離れしたブルースフィーリングをかましておるからこそ、ストーンズ風リズム&ブルースが成立しておるんじゃと!
(右写真は、64年のTV出演の際に、ハウリン・ウルフをゲストに招いたシーン。ウルフの右下がブライアン)
 まあ白人がリズム&ブルースとがっぷりよつに組むことなんてアリエナイ時代じゃったが、それを可能にしたのがブライアンだけが持っていたブルース・フィーリングだったというわけじゃ。
 ただブライアンにやりたいようにやらせていたら、アルバムは商品にならんかったじゃろうから、名プロデューサーのアンドリュー・ルーグオールダムによってミック&キーズの無邪気感がブチ込まれたんじゃろうな。

 ブライアン擁護論の中でもっとも有名なのが、彼が優れたマルチプレイヤーじゃったという説。 ハーモニカは一級品じゃし、ダルシマー、シタール、ピアノ、フルート、マリンバ、サックス等などまさに楽器はなんでもござれ! しかしこの多芸ぶりがギタリストとしての進化の妨げになったという説も一方で存在する。 ミック・ジャガーも同様の発言をしておるしな。 何でも出来てしまうから、ギター1本で斬新なサウンドを追求するといった意欲も起きなかったんじゃろう。

 だからブライアンのギターを判断するポイントは、やはりブルースギタリストとしてのセンスじゃろう。 そう決めてからあらためて先述したストーンズ最初期の2枚のアルバムを大音量で聞くと、「コピーだコピーだ俺たちにも出来る!」とはしゃいでいる感いっぱいの他のメンバーの中で、ブライアンのリズムギターだけは本格的じゃ。 ブライアン一人だけが、憧れのブルースマンがレコーディングしたスタジオで録音していたかのような違和感が堪らない。
 やはりブライアン・ジョーンズはブルース・ピュアリストであり、様々な不協和音を前進するエネルギーに変換してしまうモンスター、ストーンズの最初のシンボルなのじゃ。



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