NANATETSU ROCK FIREBALL COLUM Vol.296



七鉄の映像コレクション便り(2018年度版)~Volume 4

  うむ、日本列島がド猛暑に覆われている2018年の夏、諸君はヘタることなく頑張っておるか! まあそんな大変な気候の中で「頑張れ」も失礼なもんじゃが、オフの時間はどうか自室の中でゆ~くりと難しいことを考えずにのんびりと過ごして頂きたい。
 今回のこのコーナーは、4回連続で「七鉄の映像コレクション便り」をやらせてもろうが、刺激の少ない、ごろ~んと横になって流し見出来る作品を4つ(プラス1)をお届けすることにしよう。 どれもこれも、なんとな~くロックンロールな映画じゃ。

 4作品とも一度観たら忘れてくれても構わんけど、多分結果として忘れられなくなると思う(笑) 最初は「なんだよ、これ~」って歯牙にもかけられんじゃろう。 でもいつかそのうちに「もう1回見てみっかな」ってなってくれればわしとしては嬉しいわい。 くれぐれも肩の力をぬいて、寝酒タイムにでもどうぞ!
 毎回毎回センセーショナルに拘るのはThe-Kingの新作にお任せするとしてだな(笑)、わしとしてはこういうリラックス・ムービー、箸休め的作品を紹介するのも重要な任務と心得ておるんで、まあ騙されたと思って視神経が元気な夜にでも観て頂きたい!


七鉄の映像コレクション便り(2018年度版)~Volume 4
今宵はオフビート・ムービーで!
もう一度観たいようで、そうでもないような、
なんとな~くロックンロールな映画


ブルー・ムーン・イン・メンフィス

■ ミステリー・トレイン ■

【公開】1989年アメリカ
【概要】メンフィスの裏通りにある(?)安ホテルに泊まることになった3組の登場人物たちそれぞれの出来事を3編に分けたオムニバス映画。
 第1編は、永瀬正敏と工藤夕貴が登場。 タイプの異なる天然ぶりたっぷりの日本人カップルがメンフィス観光にやって来たオハナシ。 第2編は、帰国するフライトがとれず、やむなくメンフィスに泊まったイタリア人女性が遭遇するアクシデントの数々。 第3編は、地元の若者3人(男優の1人はクラッシュのジョー・ストラマー!)が繰り広げる、酔っぱらいと酒屋強盗と逃走のドタバタ劇。 各編のストーリーは同時刻帯に進行しており、 3組それぞれの行動が微妙に交錯、影響し合っている。

【解説】
 エルヴィス・ヴァージョンの「ミステリー・トレイン」で始り、ジュニア・パーカー・ヴァージョンの同曲で終了するこの映画、劇中では更にエルヴィスの「ブルー・ムーン」を3編で反復させて時間の同期をセットするなど、メンフィスとエルヴィスをそこはかとなく小道具に使っておるのが実にオツじゃ!
 しかし3編はいずれも他愛もないようなストーリーであり、メンフィスの街の魅力やエルヴィスの影響力を伝えるものではない。 「エルヴィスが」という前置きが無ければ別段どうってことのない街並みとストリート、ありふれたレストランやバー、うらぶれた安ホテル、ロケ地はアメリカの田舎街ではどこにでもありそうな場所ばかりじゃが、それでいて映像そのものに心惹かれてしまう!
 メンフィスの描写においては、この地に埋没してしまう者のどうにもならない悲哀と、ここから飛び出していこうとする者の鬱屈したエネルギーとを静かに交錯させることで、現在のメンフィスにはロックンロールよりもブルースが相応しいフィーリングを創出させておる。 また自分の意志だけでは行動を起こせないまどろっこしい性格である登場人物たちには、メンフィスの街同様に異分子(他者)と関わることで小さな化学反応を起こす顛末が用意されておる。

 諸君も大好きであり、The-Kingのボスのテーマソングでもある楽曲「ミステリー・トレイン」の根幹的なニュアンスとは、「人生は行き先の見えない神秘的(魅力的)な旅」ってことじゃろうが、人生において一体何が神秘的で魅力的なんじゃろうか。 それは目新しく刺激的な文化やその体現者と巡り合うこと以上に、知らぬ者同士がお互いに気が付かない内に出会い、時間と場所を共有しながら密やかに影響を受け合っておるってことなのかもしれんな。
 「ミステリー・トレイン」には、同じ目的をもった者たちだけが乗って来るのではなく、自分には一生カンケーネー!はずの人間まで乗って来るんじゃな。 トレインの行く先々ではなくて、トレイン内の人間模様全体がミステリーなのじゃって講釈しとる作品じゃ。
 それにしても、3編の登場人物がそれぞれの部屋のラジオで聞いておるエルヴィスの「ブルームーン」はサイコー! DJ(声優はトム・ウェイツ!)の「メンフィスの夜はエルヴィスのブルー・ムーンでキマリ」ってベシャリもグッド!!
 ♪~ブルームーン~明るく輝き続けてくれ~今夜、愛しい人を連れ戻してくれ~ブルームーン~明るく輝き続けてくれ~ブルーな気分にさせた恋人の上に~♪
 事情は違えど、決して幸せではない3編の登場人物全員が、現実と幻想との狭間にいるようなエルヴィスの歌声に無意識の内に心を震わせておる。 第2編では、登場人物が「ブルームーン」の余波によってエルヴィスの幽霊を見るシーンもある。 もちろん、映画を観ている者も同じく「ブルームーン・マジック」にかかるじゃろう!



笑えた人は不幸にならない(はず!?)

■ コーヒー・アンド・シガレット ■

【公開】2003年アメリカ
【概要】登場人物がコーヒー(紅茶)を飲み、煙草を吸いながら、とりとめもない会話をしているだけの11シーンを集めた全編モノクロ映像のオムニバス映画。 監督は前出の「ミステリー・トレイン」を撮ったジム・ジャームッシュ。
 イギー・ポップ、 トム・ウェイツ、ホワイト・ストライプスのメグ&ジャック・ホワイトのロックン・ローラーたち、またスティーヴ・ブシェミやケイト・ブランシェットといった人気俳優たちが出演。 

【解説】
 まさにコーヒー&シガレット・タイム、もしくはウイスキー&シガレット・タイムに流し見するのにうってつけ(?)の映画。 11話全て、ホントーにどーでもいい会話ばっかりではあるが、あえてオモシロ鑑賞のポイントを挙げるとすれば、11話それぞれが決して和気あいあいな会話ではないところか! 人物設定も喫茶状況も全然異なるのに、何故か全話ハラハラさせられてしまう!
 相手を気遣い過ぎて却って気まずくなったり、意味もなく謝って相手を不愉快にさせたり、言いたいことをまわりくどく言ったり、会話そのものが噛み合っていなかったり、喫茶店のウエイターが店内の会話を盗み聞きして、非生産的な会話だけピックアップして脚本にしたようで妙にオモシロイ!
 また誰もコーヒーとタバコも美味しそうに味わっておらんし、会話の潤滑油というよりも“しら~”な雰囲気の穴埋めとしてやたらとガブガブ、プカプカじゃから、タイトルから「嗜好品バンザイ」な映画と勘違いせんようにな! 電車やバスから人様の家の中を見てしまうって、失礼ながら結構楽しいもんじゃろう? そんな人間誰しも持っておる覗き見趣味に殉じた映画かもしれんな!

 オススメ編は、まずイギー・ポップとトム・ウェイツ共演の「カリフォルニアのどこかで」。 禁煙したはずのイギーが、前に居た客が置き忘れたタバコに手が出るシーンで「俺、タバコ止めたら、コレは大っぴらにもらちゃっても許されるだろう」という屁理屈にもなってない言い訳がギャグなんだか何だか!? またイギーがトムに「キミのサウンドにいいドラマーが加わったら、もっと良くなるよ。 ドラマーを紹介しようか?」と親切心を見せると、トムは「じゃあ今のサウンドはダサイってことなのか」と立腹。 イギーが懸命に弁解するシーンもグッド。
 次に、ルネ・フレンチという神秘的な美女が登場する「ルネ」。 喫茶店で時間を潰すルネに一目ぼれしたウエイターが、頓珍漢なサービスを連発しながら何とかルネの気を惹こうとするシーンは、全11話中もっとも爆笑! ルネの美貌が男をアホ化させているのか、男が元々アホなだけなのか。 女に近づこうとする全ての男のアホさ加減炸裂じゃ!
 更に、今や大女優となったケイト・ブランシェットが一人二役を同時に演じる「いとこ同士」。 子供時代には仲の良かったいとこ同士が、お互いの出世具合の違いを気にしながらのギクシャクした会話は、よくよく聞いてみるとちょっと辛辣か。 大出世した方が懸命に試みる平身低頭ぶりが逆効果となり、うだつの上がらない方はどんどんエラソーに!
 まあ騙されたと思って観て頂きたい。 人生のおもしろさって、実は身近にゴロゴロしている事を教えてくれるかもしれんぞ!



“約束の地”の緩やかな衰退

■ チェルシー・ホテル ■


【公開】2002年アメリカ
【概要】チェルシーホテルはニューヨークのマンハッタンにあり、かつては著名なロックンローラー、音楽家、作家、画家たちが好んで滞在していたことで有名なホテル。 1980年代以降は無名の長期滞在者たちの根城と化し、本作は彼らの日常、人間模様を淡々と描写した作品。 
 数組のカップルや何人かの単身者の生活ぶりがアトランダムに編集されており、不健康な生活習慣から少なからず精神を病んでしまった宿泊者たちの哀れな讃美歌の様な映像集だ。 著名なアーティストたちがチェルシーホテルに残していった純粋なアート・スピリットの残滓の中で、彼らは迷い続け、そしてゆっくりと朽ち果てようとしている。 

【解説】
 住人たちの自堕落だが自由な生活ぶり、自己賛美が多いがイマジネーション豊かな会話力は、それだけでチェルシーホテルの魅力を伝えてくれることは間違いない。 一度はチェルシーホテルに泊まってみたかったわしだけに、観る毎に印象が変わる、ある意味で「何度観ても楽しい映画」じゃ。
 最新の鑑賞の感想を述べるとだな、チェルシーホテルから旅立って行った著名なアーティストたちが、もし売れることなくチェルシーホテルに引きこもり続けたらどうなるのか!? そんな視点が脚本に盛り込まれている様じゃ。 もし、ボブ・ディランが、イギー・ポップが、ジャニス・ジョプリンが、トム・ウェイツが、レナード・コーエンが、パティ・スミスが、ずっとチェルシー・ホテルに居続けたとしたら・・・。
 名も無き住人たちは、ひょっとしたら著名な先輩住人たちと同じレベルの才能があるのかもしれない!? 世の中に認められるか否かの境界線とは一体何処にあるのか? それは単なる運によるものなのか? 時にはかけがいのない愛をも捨て去る勇気が人生には必要なのか? いやあ~今回も悩ませてくれました、この映画!

 何よりも、ほぼ全編にわたって朗読される詩があまりにも美し過ぎる! フォーク・シンガーで出演者でもあるクリス・クリストファーソンか監督のイーサン・ホークか作者は正確には不明じゃが、絶望の暗闇に沈み込んでしまいそうな住人たちの魂を救済するハッピー・シュールレアリズムのフレーズが連射されており、どよ~んとしてピンとのずれた様なスクリーン・イメージと不思議とマッチしておる。 本来はアートの泉であるチェルシー・ホテルの描写にはこの上ない構成じゃ!
 チェルシーホテルは2012年に売却された後、館内の健全化が図られて現在では長期滞在者はお断りの模様。 この映画は、手の施しようのない状態まで廃れ切る前に、黄金時代の哀しい名残を記録するために作成されたのじゃろう。 まあ著名人たちが長期滞在していた頃も館内の様子は大して変わっていなかったと想像出来るが、創造意欲を駆り立てるミューズと廃人化を促すデーモンが同居していたチェルシー・ホテル、真のアーティストたちでもっとも賑わった1960~1970年代に長期滞在していたら、果たして自分はどちらに引き寄せられたであろうか? そんな思いを抱きながら観てみてほしい作品じゃ。



“ア―ティストの為のニューヨーク”誕生前夜

■ インサイド・ルーウィン・デイヴィス/名もなき男の歌 ■

【公開】2013年アメリカ
【概要】舞台は1961年ニューヨーク・グリニッジ・ビレッジ。 主人公のルーウィン・デイヴィスは、カフェで弾き語りをしている若きフォーク・シンガー。
 かつてのデュオの相方は自殺。 レコードはヒットしないが、売れ線も歌いたくない。 一夜だけ戯れた女性とは妊娠騒動。 まったく金が無いので友人宅を泊まり歩くカウチサーフィン生活。 ヒッチハイクでシカゴに辿り着き、クラブ出演の契約寸前で自ら拒否。 そしてニューヨークに戻って再び冴えない日々etc。 そんなルーウィンの一週間の生活が描写されている。
 ルーウィンに次々と降りかかる不運はコメディ・ドラマの様でもあり、単なる売れないシンガーの沈鬱なフェイク・ドラマの様でもあるが、ともすれば自暴自棄になりかかった時に登場してルーウィンを静かに覚醒させる猫の存在が作品に温かい色合いを添えている!

【解説】
 1961年と言えば、エルヴィスの兵役もあってアメリカン・ロックンロールはお休み期間だったが、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジでは若きシンガーソングライターたちによって小さなブームが芽生え始めておった。 その中には駆け出しのボブ・ディラン、ニール・ダイヤモンド、ジャニス・ジョプリンらもおった。 この辺の日本語資料が少ない事もあって、わしは何はともあれこの映画に食いついた。 期待に反して当時のグリニッジ・ビレッジの再現は少なかったが、新しい音楽、やりたい音楽を追求することが相当しんどいっつうことが伝わる結構おも~い映画じゃ。
 まあ信念を貫いて真っすぐに生きる若き表現者にとって世の中が厳しいのはいつの時代も常じゃけど、新しもの好きのニューヨーカーの為の小さなコーヒーハウス内ではシンガーは歓迎されているだけに、そこから一歩外に出るとシンガーに対する世間の風はことさら冷たい。 僅かな希望の灯火も、世間と闘う前に吹き消されてしまうのじゃ。
 ルーウィンを始めとするシンガーたちの歌は恐ろしく内省的であり、まるで自らの鎮魂歌の様に聞こえてしまう。 もしわしが新進のプロデューサーとして当時のグリニッジ・ビレッジを徘徊しておったら、契約したくなるシンガーがいたかどうか(笑)ってほど、心には突き刺さるが何度も聞きたいとは思えないような曲ばかり!? フォークソングっていうと、日本では安全、健康な歌ってイメージが強いものの、なかなかどうして当時のニューヨークものは若者には猛毒じゃよ!
 
 ルーウィンには乗り越えなければならない大きな壁が二つある。 ひとつは、かつての相方の自殺。 売れ線への路線変更は、売れないながらも支え合っていた相方への裏切りとなると信じているのじゃ。
 もうひとつは、自分を認めようとしない世間全体に対する静かなる反抗心。 酒やドラッグに走ることはなく(金が無いので買うことも出来ない!)、厳しい現実をまともに受け止めてしまうがゆえに発生する大きなストレス。 心身が弱った者には、神様は情け容赦なく不運、不条理の嵐を吹かせるだけに、なんだか救いようのない悲惨な展開の連続じゃ!
 陰々滅々なストーリーに僅かながらも光が差し込んでくるのは、ルーウィンがシカゴへの旅を終えてニューヨークに戻ってから。 些細な出来事から仲違いしていた希少な外界の理解者の歓迎、ルーウインの愚行を暴力によって戒める見知らぬ者、自分の不注意で行方不明になった猫との再会。 それはあらためてコーヒーハウスに出演するルーウィンの歌に新しい生命を宿すのじゃ。
 そして、ボブ・ディランに見立てた超個性派シンガーの登場。 グリニッジ・ビレッジに本当の革命の嵐が吹き始めたことを象徴するシーンじゃろう。 艱難辛苦のルーウィンの運命が好転する予感を匂わせて映画はジ・エンドじゃ!



【番外編】
女たちの早過ぎたロックンロール放浪記


■ 
ワイルド・パーティー ■

※「準成人映画」に指定されたエログロ作品だが、現在の基準からすればかわいいレベルのエログロであり、随所に60年代当時のロックシーンの実情が散りばめられているので、
番外編としてピックアップしておこう!

【公開】1970年アメリカ
【概要】1960年代後半では珍しい美貌の女性トリオのロック・バンド「キャリー・ネイションズ」とそのボーカリストのケリーが主人公。 男勝りの骨太なロック・ボーカルを聞かせるケリーの魅力により、バンドは徐々に注目を浴びるようになり、やがて大物プロモーターの目に留まってメジャー化を果たすことに。
 目もくらむような煌びやかな日々を送るバンドだが、古典的な女の性、家庭の諸事情、恋人との行き違い等、心底ロッカーに成り切ることのできない彼女たちの行く手には、ドラッグとセックスという業界オキマリの悪習も相まって暗い影が落ちていく。

【解説】
 惨殺、自殺、ドラッグパーティー、濡れ場、男と女の痴話喧嘩等、まあ一般的にはのんびりと流しながら観れる作品ではないが、ロックンロール映画を見慣れた方なら、よくあるロックバンドの栄光と破滅のオハナシなので、恐らくB級映画として気楽に接することが出来るじゃろう。
 DVDのパッケージはいかにも60年代後半のサイケデリックな雰囲気なので、ちょっとエッチなドラッグ映画か!と変な期待をする方もいるじゃろうが、そういうのは至ってサラリと流されておるんで予めご了承を(笑) それにしてもいろんなレビューを読むと、カルト映画ながらもやたらと評価が高くて驚いてしまったが、その理由はおそらく60年代後半のロックシーンを取り巻く状況、当時の女性ロッカーたちの先駆者としての苦労がきっちり描かれておるからじゃろう。

 ストーリーがありきたりで退屈であり、途中で鑑賞を止めてしまおうかと思ったもんじゃが、突然目が離せないシーンが登場するから止められない! まず女性ボーカルと楽曲が素晴らしい。 当時実在のスター・シンガーじゃったジェファーソン・エアプレインのグレース・スリックの上を行く正統的なパワーロック・ボーカルであり、10年遅く発表されたら大ヒット間違いなしのクオリティ!
 女性ロッカー3人の衣装は、当時の実在の女性ロッカーよりも遥かにセンスの良いセクシー・サイケデリック・ファッション! 黒人女性をドラマーとしてキャスティングさせた監督のセンスも先進的じゃ。
 キャリー・ネイションズをメジャーにした鬼才プロモーターの風貌、ファッション、観念先行型の人生観は、ローリング・ストーンズを世に送り出したアンドリュー・ルーグオールダムそのもの! 何故キャリー・ネイションズをひな型とした女性ロックバンドが実際に登場しなかったのか、これはわしにとってロック史の新しい謎になったほどじゃ!
 女性がロックをおおっぴらにやること自体が希少じゃった時代背景も考慮されており、前例なき者の悲劇へと転落するバンド・ストーリーはフェイクでありながらもリアルと言えるじゃろう。 結局彼女たちがロックではなく「愛」に生きる道を見出すラストシーンは充分に頷けたもんじゃ。 「ワイルド・パーティー」というタイトルは邦題に過ぎないが、女性バンドが「ワイルド・パーティー」を続けることはあまりにも時期尚早だったのじゃ。

 尚、ケリーのヴォーカルの吹き替え担当は、1972年にママ・ライオンなるバンドを率いてメジャー・デビューしたリン・ケアリー嬢(写真右)。 残念ながら早過ぎたデビューだったようであまり売れんかったけど、わしは大好きじゃった!
 また70年代にデビューした女性ロッカーたちにはこの映画のファンが多いそうじゃ。 架空バンドながらも、キャリー・ネイションズの物語はしっかりと後輩の教則本になっておるということを最後に付け加えておこう。



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