NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.190

ゲエ・・・。 既にご覧になられたのであろう、The-Kingの新作エドワード・ジャケットの7連発を。 まさに、愛の戦士レインボーマン、七つの化身!(意味分からんか?)じゃなくてえ~、あ~衝撃でアタマがショートしておる!(元からか?) ぜ~んぶゲットとして世界の7つの海に漕ぎだしたい衝動にかられるな!
 「う~ん」×7。 ここは「エドワード・ジャケット・ヒストリー」でも一気に書き上げたいところじゃが、今しばらくクール・ダウンの時が必要なようじゃ。 まずは3回連続で云十年前の「ロック回想録」をやって落ち着きを取り戻そう。 

 今回は30年前、1984年に発表されたロック・アルバムじゃ。 この年、日本では年がら年中、どこへ行っても「ジャンプ/ヴァン・ヘイレン」「ボーン・イン・ザ・USA/ブルース・スプリングスティーン」「パープル・レイン/プリンス」、そして「ライク・ア・ヴァージン/マドンナ」が流されていたような強烈な思い出があるな。 洋楽、ロックという音楽が日本で完全にメジャーな存在になったのは1984年からだったかな?と錯覚してしまうような年じゃ。
 正直なところ、ロックのメインストリームがわしの嗜好とはどんどんかけ離れた次元に向かっておることを感じた事も否定でけんな。 一部の目つきの悪いが感性のスルドイ少年/青年が治療法的にやる音楽がロック、ってな時代が完全に終わり、お洒落で笑顔がステキで歌や楽器が上手な好青年たちが周囲を幸せにする音楽がロック、って時代になったのじゃ。

 そんな時代に「コレは名盤だ!」ってわしが思ったアルバムが果たしてあったのかどうか。 1984年のロック・アルバム発売リストを再チェックしてみたが、やはりあんまりなかったな。 それにわしは、昔のロック・ナンバーやアルバムを、単なるその時の思い出と重ね合わせて価値付けするのは好きじゃない。 歌謡曲、ポップスじゃないんだから! なんて決めつけると益々ピックアップが難しくなる。 ってことで困り果てたものの、「ロックの“正しい歴史”を継承していくためには、コイツは意義のあるアルバムだったな」というヤツを、世間的評価は無視して独断で10枚を選ばせて頂くことにした。 どうかご容赦のほどを。 激しい反論、鋭いご指摘は覚悟の上じゃい!
2014年ロック回想録③
30
年前/1984年のロック
ロックとポップスとの垣根が無くなった「ロックMTV時代」の最盛期

不良少年の必需品ではなく、庶民の娯楽品へ

 
DJだったか、音楽評論家だったか忘れたが、確か1984年にこんな言葉を聞いた。
「ついにロックが世界を征服したと言えるでしょう」
つまり、MTVの影響によってロックが一気にファッショナブルになり、庶民のお茶の間にしっかりと入り込んだ、ってことをその人は言いたかったんだと思う。 いやいや「ロックはもう不良少年たちのためだけのヤカマシー音楽ではない」って言いたかったのかもしれん。
 正確には1984年ではないのかもしれんが、わしのアタマん中では、1984年を境にして、ロックは不良少年の必需品から、庶民の娯楽品に成り代わったってイメージが非常に強いのじゃ


 確かに1984年当時のロックは「世界を征服した」のかもしれない。 「不良少年たちのためだけの音楽ではない」のかもしれない。 現実として、わしの周りでもロックの話をする野郎ども、お嬢さん方が随分と増えたもんじゃ。 肉体労働のバイトを終えてもなお、エネルギーを持て余す野郎どもと一緒に聞き、語り合うのが60年代、70年代のロックだったとすれば、1984年当時のロックは、学校のキャンパスや食堂で学友たちを交えて楽しむものになったって感じじゃ。 ロックは、もはや安酒とインスタントコーヒーよりも、サンドウイッチとお紅茶が似合う音楽になっちゃったのじゃ!

 
 往年のビッグ・ロッカーたちは完全に勢いを失っていたのも事実。 ザ・フーは解散。 ローリング・ストーンズやピンク・フロイドは休養してシーンを静観。 元レッド・ツェッペリンのメンバーはヒットチャートには蚊帳の外。 デヴィッド・ボウイに至っては、「レッツ・ダンス♪」とか言っちゃって、完全に時代に迎合・・・。 ほんの少し前まで話題を独占していた「パンク」「ニューウェイブ」だって、誰も話題にしなくなったのも、この頃じゃ。 
 そして「ロックが世界を征服するというのは、こういうことなのかバカヤロー」とは思わなかったが、「突然ロックはサイコーなんて騒ぎ始めたヤロウと一緒にするな!」ってわしが意固地になっていったのもこの頃じゃ(笑) 


“ROCK 1984”のシンボル 永遠の不良少年の素晴らしき引き際
 1984/ヴァン・ヘイレン  ■ フーズ・ラスト/ザ・フー ■
 良きに付け悪しきに付け、1984年のロックはコイツでスタートした。 それまでブリティッシュ・ハードロックのアメリカン・パロディとしか聞こえなかったヴァン・ヘイレンを、大いに見直す事になった1枚じゃった。
 カントリーもR&Bもオールディーズもぜ~んぶひっくるめてロックンロールにしちまえ!ってな彼らの偉大なる無邪気さが豪快に爆発した痛快爆笑ロックン・ロールじゃ。 
 色んなジャンルの音楽を吸収しながら変化、進化を続けてきたロックンロールの歴史を一旦チャラにしてしまうような強烈なエネルギー包まれており、「ロックンロールに理屈は無用だ!」と言い放つだけのことはあるな!とロック研究科家/評論家づらしておるヤツラも本作には兜を脱いだに違いないじゃろう!(それはわしか!)
 ロックの中にも様々なジャンルがあるが、キンクスのロック・クラシック「ユー・リアリー・ガット・ミー」のリメイクでデビューしてから7年目、少なくとも本作においては彼らは「ヴァン・ヘイレン・ロック」たるものを作り上げてしまった。 
 1982年の解散ツアーを収録したザ・フーのファイナル・アルバム。
 わしはコレ聞いて確信したもんじゃ。 「ザ・フーは絶対に解散しない!」 だってさ、どう聞いても現在進行形のバンドの音じゃったよ! 「収録曲のアレンジがスタジオ・ヴァージョンと大差ないから、解散なんじゃない?」「アレンジじぇねえよ。 プレイの“トーン”じゃ。 滅茶苦茶ノビシロあるじゃねえか!」っつって熱狂的ザ・フー・ファンの友人と論争になったな(笑)
 結局ザ・フーは解散表明を撤回しなかったのでわしの期待は外れたが、彼らは引き際に拘っていたってことか。 だから「解散コンサート」としてじゃなくて、「絶好調ライブ」として聞いて頂きたい。
 既にこの世にいなかった故キース・ムーンの野山を駆け巡る様な怒涛のドラミングは聞けないが、元フェイセスのケニー・ジョーンズのゴキゲンなリズムに乗った流麗、壮麗なロックンロール・ショーが堪能できるぞ。 ミック・ジャガーは娘を連れてこのラストツアーを観にいったそうじゃが、「これで解散するって、おいおい、カッコ付け過ぎだよ」って唸ったらしい!
成長期の色気 ブッ飛びました、久しぶりに!
 アンフォーゲッタブル・ファイヤー(焔)/U2 ■  テキサス・ハリケーン/スティーブ・レイヴォーン  
  苔むした古城のモノクロ写真をダークレッドの地に貼り付け、金色でThe Unforgettable Fire(忘れ難き焔)と銘打ったジャケが秀逸じゃ! MTVの映像攻撃により、わし独自の“ロック勘”が鈍っていた当時、久しぶりにジャケ買いで当った1枚でもある。
 U2が世界的バンドへと進化する直前の作品であり、誰も名盤扱いせんがわしにとってはU2のベスト作。 ブライアン・イーノっつう奇才プロデューサーの浪漫なるマスタリングによって、世界情勢へのテーゼと純朴な情緒とを織り交ぜたU2の世界観が、蜃気楼のように特殊な際立ちをしておる。 レコードに針を落とす(懐かしい表現!)度に、氷の中に閉じ込められた純度100%の空気が解き放たれるような爽快な高揚感に包まれる。 後にも先にも、U2サウンドが神聖に聞こえてくるのは本作のみ、じゃ!
  80~90年代サイッコーの白人ブルース・ギタリストのセカンド。
 わしは本作でレイヴォーンに出会ったが、ギター・サウンドが生きておる、歌っておる、踊っておる! その瑞々しい躍動感は、もう記憶にないほど久しぶりにギタープレイ自体に衝撃を受けたもんじゃ。 埃の被ったブルースのスコアの数々が、レイヴォーンの手によって拭い清められ、永遠の音楽のアイコンとして豪快に屹立しておるのじゃよ!
 当時はブルースをモダンにアレンジして商品にしようとするチャチな動きもあったが、そんなもんを一瞬にして吹っ飛ばしてしまうだけの圧倒的な存在感のあるブルース・ギターアクションに、ただただひれ伏したもんじゃ。 何がヴァン・ヘイレンだ。 何がプリンスだ。 何がマドンナだ!? テメエら、首を洗って待っていろ!ってシャウトしたくなるような、まったく新しくて懐かしいブルース・ギターに、わしは強姦された!
静かなる“オレ流” さらば、ホテル・カリフォル二ア!
 ヴァロッテ/ジュリアン・レノン ■  ビルディング・ザ・パーフェクト・ビースト
              /ドン・ヘンリー
 
ご存知ジョン・レノンのご子息のデビュー・アルバム。
 父親譲りの強烈なロックンロールを大いに期待したもんじゃったが、「俺さ、オヤジのせいで騒がれるのに疲れちゃったよ」みたいな視点から繰り出す老獪(?)なサウンドが、却って衝撃じゃったな。 21歳(当時)の若者の作品とは信じ難い、気の毒なまでに溌剌さのないスロー・ロック・アルバムじゃ。
 ただし、泣きも呻きも、ため息もない。 運命的なプレッシャーを背負いながらも、常に形而上的な別次元を見つめ続けることのできる天使や妖精のような人間が奏でる静謐なメロディやフレーズがあるんじゃな。 クラシック音楽に精通したフィル・ラモーンのプロデュースによって、そのジュリアンの個性が交響曲のように徐々に、壮大に花開いていく展開は聞き応え十分じゃ。 
 何だか、ジョン・レノンがやり残した事を、忘れ形見のジュリアンが引き継いで完成させた、と言ったら、ジュリアンに怒られるじゃろうか!?
 イーグルスの名シンガーのセカンド・ソロ。モダンなダンサンブル要素を大幅に導入しており、「かなり無理してんな」って印象が強かったな。 それはイーグルス解散を嘆く“お芝居”をしてみせたファースト・ソロのイメージと決別するためじゃろう。 もしくは、自分にまとわりついた「70年代臭」を消し去り、煌びやかな80年代を生きるための“やぐら太鼓”だったのか!?
 いずれにせよ、リズムが強調された甘美なヒット曲「ボーイズ・オブ・サマー」によって、ドン・ヘンリーの目論見、シーン凱旋報告は見事にキマッタ!
 実は本作、ドン・ヘンリーのソロの中でわしがもっとも興味のない作品なんじゃ。 しかし改めて聞いてみると、ビデオクリップとダンサンブルでシュガーコーティングなアレンジ、つまりハッタリ優先じゃった当時のシーンの中で、ドン・ヘンリーは歌唱力を主体として最前線で勝負しようとしておるのが分かる。 もうグレンやティモシー(イーグルス時代の同僚シンガー)はおらん。 自分の喉ひとつで生きていかんと!って真に覚醒したような新しい気合が確かに漲っておる。

戻ってこなかった鋼鉄の才児たち 史上稀なブラック・“ロック”!
■ オーシャン・レイン/エコー&ザ・バニーメン   パープル・レイン/プリンス 
 当時「イギリス若手バンド御三家」って言われて、U2とビッグ・カントリーと彼らが大いに注目されており、わしはこのエコバニにもっとも期待しておったんじゃがな~(後に消えてもうた)
 既にデビュー数年が経過しておったが、パンクにもニューウェイブにも飲み込まれず、独自のニヒリズムと耽美主義を貫いてきた強者たちであり、室内楽団を参加させた本作によってそのこだわりが頂点に達したと感じ入った傑作じゃ。 1984年のもっとも美しくて強いブリティッシュ・ロック・アルバムじゃよ。
 ただし、悪い予感が的中した。 幻想的なライティングに彩られた鍾乳洞に浮かぶ小舟に乗る彼らをあしらったジャケットは、美し過ぎてまるでお伽噺の世界。 行きつく所まで行ってしまった証拠写真みたいじゃな。 以後彼らは急激に失速してしまう・・・。
 マドンナの次はプリンスかいな。 次はキングとか名乗るヤツが出て来たらしょーちしねーぞ!」ってムカツイタけど(笑)、本作は問答無用の名作じゃろう。 
 ジミ・ヘンドリックス以来、久しぶりに黒人のロックを聞いたが、わしはすぐにエルヴィスを連想した。 エルヴィスが未曾有の歌唱力でほどよく消臭していた黒人特有のハード・サウンド・フィーリングが初めて剥き出しにされた様に聞こえたのじゃ。
 ロックは白人の専売特許、という風潮に対してプリンスは挑戦状を叩きつけてきたに違いない。 ブルースやファンクの黄金律を白人にパクられまくっている黒人ミュージシャンの逆襲の様に聞こえて空恐ろしかったもんじゃ。 かつてジミ・ヘンドリックスがシーンにばら撒いたブラック・ロックンロールの優れた種子を拾い集めて、ポップなロックとして見事に開花させたのが本作じゃ。
9 名人、達人たちの基礎練習!? 10 “ゴッドファーザー”のラスト・アルバム
■ パーフェクト・ストレンジャース
/ディープ・パープル 
 L.A イズ・マイ・レディ/フランク・シナトラ 
「もう止めて!」
今でも耳に残る、当時のカノジョさんの悲鳴(笑) このディープ・パープル再結成第1弾アルバムは女性には不人気じゃったようで~。 今ならDVで訴えられていたかもしれん!?
 今でも世界中に狂信的なファンが大勢おるディープ・パープルじゃが、わしはダメなクチ。 唯一の例外がコレじゃな。 
 メシの食い方から風呂の入り方までハードロック(!?)な連中が、中年になって何をやるんだろう?って純粋な疑問から買ってしまったが、なかなかどうして、達人、名人たちの基礎ハードロック講座を聞かされておるようでオモシロカッタ! シャウトも無し、早弾きも無しで、自らのテクニックを黙々と確認するトレーニングを積んでおるようで、各メンバーの真の力量を見極めさせて頂いた様なアルバムじゃ。
 発表当時、リーダーのリッチー・ブラックモアは「久々の再会で、お互いの才能を確かめ合ったようなもんだ」「○○だけは努力不足だ。 プレイに冴えが無い」と語っておった。 その通り!
 ロックとは言い難いが、洋楽界のゴッドファーザー最後のソロ・アルバムなんで取り上げておきたい。
 タイトル・ソングのビデオクリップには、いきなりヴァン・ヘイレンのデイヴ&エディが登場してきて、中間部にはドナ・サマーも出てくる! L.A.(ロスアンジェルス)で何が起きておるかを見せながら、シナトラはL.A.への思慕の念を情感豊かに歌い上げていく。 まるで歌い納めのように・・・。
 長年住んだ都市を愛しい女性に例えて歌うパターンはロック界でも少なくはない。 自分の全てを知っているから、欲しいものをいつでも与えてくれる。 しかし時には残酷なまでに裏切られる事もある。 それでも離れることが決して出来ない。 まさに大都市は魔性の女そのものじゃなってわしはよお分からんけど(笑)、シナトラに歌われるとさすがに心に染みわたる。 本当はロスアンジェルではなく、アメリカって歌いたかったのではないだろうか。   


 「Aのヤツ、ロック聴いているらしいぜ」
「B子ちゃん、ロックのLP持ってたぞ」
こんな噂が立つと、AやB子を見る周囲の目が途端に変わったもんじゃ。 大勢の良い子君、良い子ちゃんたちは、AやB子をまるで危険思想の持ち主の様に思い込んだもんじゃし、ましてやバンドやってるヤツなんか、暴走族と同類みたいにされておったよ。 一方わしはAやB子を「ほほぉ~デキるのお。 一回お話してみるか」となる(笑) まあそんな時代が1984年前後を境として終わってしまったと思ってくれ~。 
 そう言えば、そろそろアナログLPからCD時代に変わる時でもあったな~。 初めて買ったCDは、どういうわけかジャズのCD(キース・ジャレット)じゃったけど、プレーヤーで再生が終わった後に盤面をひっくり返して音が出ねーぞーって修理屋呼んだ、ワケネーダロウ! MTVの普及といい、CDの登場といい、ロックを取り巻く環境そのものが大きく変革された時代だったんじゃよ。 

 実はわし、この1984年に大手洋楽雑誌の編集部員の募集に応募したんじゃ。 んで、説明会で「編集方針」みたいなのを聞かされてガックリして、正式応募には至らず、全然違う職種に就いたもんじゃ。
 一方、The-Kingのボスは高校生かな? 既にリーゼントだったかどうかは知らんけど(笑)、既に熱き50sスピリットは燃え上がっておったに違いない。 わし以上に、急速にポップ化、大衆路線化するロックの現状に違和感を覚えて、「俺はやりたい事をやってやる!」って意気込んでおったことは想像に難くない。 翌1985年には、有楽町の読売ホールで開催されたELVIS PRESLEY生誕50周年祭の会場にてグッズの売り子としてアルバイト参加したらしいからな! 現状がどうであれ、己の美学を貫こうとする者におのずと道は開けるもんじゃ! 説明会だけでバイバイしちゃったわしとはダンチじゃのお~(笑) この当時からThe-Kingスピリットが実を結ぶ道程がスタートしていたことを、皆様どうぞお忘れなく!



七鉄の酔眼雑記  ~“名実ともに”頑固七鉄へ!?
 
 毎度私事で恐縮じゃが、「1984年とロック」つうと忘れられない私的なアクションがあった。 それは日本国内で発売される全ての「洋楽雑記」の定期購読をこの年の途中で止めてしまい、贔屓じゃった2誌だけ買うことにしたんじゃよ。 本編の最後でチラリと書いたが、大手洋楽雑誌の編集員募集に応募しかけたものの、期待はずれの編集方針にガックリして応募を断念した事もあるけど、ロックの名で括られる音楽(情報)が増え過ぎてしまい、掲載情報量と本当にわしが読みたい記事量が反比例してきたからじゃ。 「洋楽雑誌制覇、読破」を止めれば、「ロックシーンの現状全般」への興味が薄れていく事は分かっておったが、「それでもよし!」と決意したんじゃな。
 最新情報の収集量が減ってくれば、嗜好のベクトルは俄然、旧譜と歴史の再チェック、見直しに向かうわな。 だからわしのロックへの頑固ぶりに拍車がかかったのが1984年と言えるかもしれんな。 頑固七鉄の誕生じゃあ~♪

 さあて、そうなると新譜を買う枚数はかなり減ってくる。 ロックに投入する資金がかなり浮いたはずなんじゃが、それを何に使ったかは覚えておらん。 今の様に、ヴィンテージ・ロッカーの未発表曲、未発表ライブが続々と発売される時代でもないし、映像作品の数もぜ~んぜん少なかったしな。 「浮いた分は貯金をしよう」なんて真面目に考えたはずもない。 恐らくは、飲んでしもうたに違いない!(笑)

 あっ、思い出した!あの当時、日本では妙にバーボン・ブームだったんで、バーボンってヤツを制覇してやるぞ!とかやっておったわな。 わしらしいというか、馬鹿かっつうの!(苦笑)でもそのアクションのお陰で“幻のバーボン”と言われた「レベル・イエール」にも出会えたし、ロッカーのステイタスの様な存在じゃった「ジャック・ダニエルズ」よりも、実は「ワイルドターキー」の方が美味いとか、いやもう止そう。 キリがないんでお酒のオハナシは!

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