ROCK FIREBALL COLUM by NANATETSU Vol.120


ブルース/ロック界の大御所!
 マディ・ウォータースを知らずしてロックを語るなかれ!!


 エルヴィス、マイケルと並ぶ、アメリカ音楽界「3大キング」であるロバート・ジョンソンの特集は、前回をもってとりあえず終了させていただいた。 実はな、自分で終わらせておきながら、なんだか名残惜しい〜! もっともっと語り続けたいところなんじゃが、何事にもその時々の節度ってもんがあるからのお。 しばらくはロバートは我慢してだな、別の切り口でもって「ブルース」ってもんを、諸君に分かりやすくご紹介していくことにするぞ。 今回は、ロックファンの中ではロバートよりも有名かもしれない!?マディ・ウォータースじゃ。
 とにかくブルースに関連する文献ってのは、なんだかロックファンをノッケから捻じ伏せにかかる様な威圧的論調、切り口が多いんで、知りたいところにたどり着くまでに相当の時間がかかってしまうんじゃな。 わしなんか、大概は飲みながら読んどるんで、入手動機を満足させられる前にいつも酔っ払ってまうわな!
 なんで、マディ・ウォータースの名前しか知らないロックファンに興味をもっていただくためにも、とにかく分かりやすく、そしてあくまでもロックサイドの視点から紹介してみたい。
 しかしまあ、左の写真、貫録抜群じゃのお〜。 今やお年を召したロッカーたちを見ることのできる時代になったが、ここまでのフンイキを醸し出せるモンはおらんじゃろうな。 トップハットにスリーピースをキメて、コートをサラリと羽織っておるが、この正装にしてラフな装いもまたグレイト! まさにアナタはエライ!って感じじゃ。 もしマディ様が現在でもご健在ならば、The-Kingの新作「ラフ・ナッソー・ジャケット」のシブイ着こなし方を指南して頂きたいところじゃ。 「ナナテツッ! マズ サケヲ ヒカエタマエ」「イエッサー、ミスター・マディー!」って直立不動になってしまうじゃろうな〜♪ ではいくぞ、「アイム・ローリング・ストーン!」のマディー・ウォータース様じゃ。


シカゴ・ブルースの父!?

 ロバート・ジョンソンより4歳年下(1915年生まれ)のマディ・ウォータースは、ブルースファンの中では「シカゴ・ブルースの父」と称されておる。 あのなあ〜、“お父さん”って呼べるのは“カールのお父さん”だけじゃい!ではなくてだな、わしはそういう呼び方が好かんのじゃ! バッハやベートーベンの様なガッコの教科書に登場するような大昔のお人じゃあるまいし。 「じゃあ母は誰じゃ!」とかイチャモンもつけたくなるな。 第一「父」なんて呼んでしまうから、ミュージシャンとしてのクールさも何も伝わってこないではないか。
 それにだな、1983年4月に逝去する直前まで現役を張っておったマディを「ブルース伝説の中で生きていたんだ」なんてしたり顔でブリやがるファンもおる。 そうやってやたらと神秘のベールに包みこんで神格化しようとするのもブルースマニアの特徴じゃ。 わしはそういう風潮にも反対じゃ! マディ・ウォータースとは、スマートにシンプルに「キング・オブ・シカゴブルース」でええんじゃ!
 まあブルースマンってのはずうずうしいヤツが多くて、自らキングと名乗っておるもんが3人もおる。 B.B.キング、フレディ・キング、アルバート・キング。 この3人よりもマディは年上なので「父」になったんじゃろうか?ってもうどうでもええな、こんなハナシ!



カゴ・ブルースとは一体何ぞや?

 まあこの際、父でも母でもキングでも何でもええが、とにもかくにも「シカゴ・ブルース」ってのを簡単にご説明しておこう。 1930年代から、ロバート・ジョンソン、ロバートの師と言われるサン・ハウスやチャーリー・パットンらが完成させたミシシッピ・デルタ・ブルースっつう「ブルースの原型」が、1950年代にシカゴという大都市で一気に垢ぬけしたスタイルに昇華したのがシカゴ・ブルースじゃ。 1940年代中期の第二次世界大戦頃から、ミシシッピに住んでおる黒人たちの大移動があり、当時のブルースマンのほとんどがシカゴに新天地を求めたのじゃ。
 んで、ミシシッピ・デルタ・ブルースがどのように垢ぬけしたかっていうと、生ギターの弾き語りのスタイルに、開発されて間もないエレクトリック・ギターが導入され、ギター演奏がヴォーカルと同等に重要なスタイルになったんじゃ。 更に必要になるのは、ベースやドラムといった伴奏陣であり、ブルースはバンドによって演奏されることへと大きく変化したのじゃ。 エレクトリック・バンドという演奏形体を作り上げたのもシカゴブルースなのじゃ。 ビートルズ世代の白人ロッカーたちが憧れたブルースとは、このエレキバンド・スタイルの「シカゴブルース」であり、その第一人者がマディー・ウォータースってワケじゃ!
 映画「クロスロード」の中で、黒人の老ブルースマンが白人のギター少年に「エレキといったらマディ・ウォータースじゃぞ」と教えるシーンがあるが、エレクトリック・ブルースといえば、マディ・ウォータースなのじゃ!
 

白人たちをギョーテンさせた、必殺のキーワードの数々

 「エレキ・バンド・スタイル」は当然ロック・バンド・スタイルの基礎になったんじゃが、もうひとつマディがロックに与えた決定的な影響がある。 それは“どストレート”な歌詞じゃ!
 エルヴィスがサンレコードで「That's Allright Mama」や「Blue Moon of Kentucky」をレコーディングしておる時期と前後して、マディは歴史的な名曲をシカゴの伝説的ブルース・レーベル「チェス・レコード」で吹き込んでおる。 それは
Rolling Stone
「I Can't Be Satisfied
I'm Your Hoochie Coochie Man
I Just Want To Make Love To You
 なんかじゃ。
Rolling Stone”とは、ブルースマンの放浪人生のシンボル・ワードであり、後にローリング・ストーンズのバンド名にもなるフレーズじゃ。 
I Can't Be Satisfied”とは、「女をイカせられねえぜ!」ってこと! “ Hoochie Coochie Man”とは、女をヒーヒー言わせる精力絶倫男のこと!! “I Just Want To Make Love To You”とは、要するに“オマエとヤリたい!”ってこと!!! 金品をちらつかせながらヘラヘラベタベタと女性に言い寄る歌しか聞いたことのない白人たちは、そりゃ〜ブッタマゲタ! 初めてエロ本を見た少年のようなトンデモナイカルチャー・ショックを受けたに違いない。
 これらのナンバーは後のロッカーたちの表現衝動の絶対的な基本になったのじゃ! ブルースがロックの親玉と言われる所以は、まさにここにあるのじゃ! エルヴィスのロックはメジャーデビュー当時「悪魔の音楽」と批難されたが、良識ある大人にとっての本当の悪魔はこっちじゃよ、こっち!

 

数少ないブルース富裕者!


 マディを初めとするシカゴブルースを“ドキドキしながら”聞いて育ったビートルズ世代の白人は、エルヴィスの後を受けて白人ロックバンドを作ってロックに市民権を与える大活躍をすることになるのじゃが、肝心の黒人ブルースマンの方は相も変わらずその日暮らし、旅芸人暮らしを余儀なくされておった。
 ビートルズが初めてアメリカ上陸を果たした1963年、ポール・マッカートニーが「マディに会いたい!」と言うと、集まったマスコミ連中は「誰でっか、それ?」だったらしい。 ローリング・ストーンズが1965年に憧れのチェス・レコードでレコーディングした際、マディはスタジオのペンキ塗りをやらされていて、キース・リチャーズが唖然!としたというエピソードもある。 本家本元の悪魔の音楽にとって、商業的な成功はまだまだ遠い道のりだったのじゃ。 典型的な「先駆者の悲劇」じゃな。
 しかし優秀なロッカーたちが事あるごとにシカゴブルースマンたちを称賛し続けていたことにより、マディを含む一部のブルースマンの稼ぎは時代とともに徐々に良くなっていったそうな。 特にマディは頻繁にロック畑のビッグ・フェスに特別招待されており、1970年代には「シカゴブルースの父」の称号に相応しいギャラを受け取っていたという説もある。



  マディにとってロッカーは、かわいいかわいい教え子たち!

 マディへの称賛をあからさまに表現したロックはいくつかある。 わしが最初にそれを聞いたのは、ジミー・ペイジがヤードバーズ末期に残した「ドリンキング・マディ・ウォーター」というブルースギター・ナンバー。 マディのようには弾けないけど、酔っぱらったら(ドリンキング)こんな感じかな〜?って誤魔化しておる?が、まあジョークもOKなのがブルースじゃ! ジミー・ペイジは以前にはソロシングルでマディのコピーとも言える「I'm Just Satisfied」をやってウケなかったんで、ちょっと自嘲気味だったのかもしれんな。
 ポール・ロジャースはブライアン・セッツァー、ジェフ・ベック、スラッシュら豪華ゲストを呼び寄せてマディのカヴァーアルバム「マディー・ウォータース・ブルース」を発表しておる。 これはブルース系のアルバムでは異例のヒット作品となったもんじゃ。
 ローリング・ストーンズはシカゴ・ブルースのコピーバンドのままデビューしたから、マディへの称賛ナンバーはいくつもある。 「サティスファクション」がマディの代表曲の焼き直しであることは周知の事実じゃ。 参考までにおもしろいブツを紹介しておくと、ストーンズの歴史ビデオ「25×5」(1991年発表)の中で、1982年にシカゴのクラブにおいて、ミック、キース、ロニーの3人がマディと共演したシーンがある。 3人とも子供のようにはしゃぎ、楽しみながら演奏しており、偉大なるロッカーがただのブルース大好き少年に戻ったシーンが微笑ましい。
 ザ・バンドの解散コンサート「ラストワルツ」にも特別出演のマディが拝める。 こちらは、マディと共演しとる白人ロッカーが結構緊張しまくっており、「センセーを怒らせてはいかん!」って生真面目になっとる! マディは余裕シャクシャクで、貫録の違いを見せつけておるぞ! 

 ロック的視点でもって取り急ぎご紹介してきたマディー・ウォータース。 ロバート・ジョンソンとともに、マディのブルースというものがロックの根幹を成していることだけでもご理解いただければ、わしの今回の目的は達成じゃ。
 最後に付け加えておきたいことは、マディ・ウォータースはブルースマンの中では有名な「人格者」だったことじゃ。 ブルースマンってのは得てして後輩の白人ロッカーを認めたがらないもので、白人バンドにゲスト出演してもエラソーな態度で先輩風を吹かしまくることも珍しくない。 その最たる例はチャック・○リーかのお〜。 リトル・リチャードもデカイ態度をとる! いやいや彼の場合はデカイのは顔か!? アイク・ターナーなんぞは、キング・エルヴィスまでガキ扱いした発言をしておるガンコ・ジジイじゃった。
 しかしマディはいつも笑みをたたえて、でしゃばることなく白人の演奏を盛り立てようとするのじゃ。 こんなお人柄がまた「シカゴ・ブルースの父」と呼ばれる所以なのかもしれん。 「父」とは偉人、発案者ってこと以上に、すべての後輩を包み込んでくれる「ビッグ・パパ」っていう風に解釈しよう!
 どんなビッグなキャリアや名声があっても、やっぱり最後はその人の「品性」や「人格」がモノを言うようじゃ。 わしもあんまりエラソーに語ったりシャウトしたりしてThe-Kingや諸君に迷惑をかけんようにせんとな! でも新作「ラフ・ナッソー」に関してはシャウトをかましたい!グレイトじゃ!!    



七鉄の酔眼雑記 〜お水2本の罪悪感

 非常食買占め騒動がひと段落したと思ったら、今度はミネラル・ウォーターがまったく買えなくなってしもうた、わしの居住地域じゃ。 無理もない。 電車で3駅ほど先の場所にある浄水場で放射能検出報道があったからじゃ。 大人は飲んでも大丈夫と報道されとるのに、どうやら大人連中が自分のための飲み水として買い占めておるような感じじゃな。
 先日都内の中心地まで出かける用事があったが、立ち寄ったコンビニで運よくミネラルウォーターを発見。 「お一人様何本まで〜」という但し書きが無かったので、恐る恐る店員に聞いてみると「お客様の良識にお任せします」という返事がきたから参ったな。 ユーヤ御大のように事あるごとに“ロック”にひっかけて「69本くれっ!」なんて言ったら警察に通報されるんじゃないか?とかくだらないことまで考えてしもうたが、結局2リットルボトルを2本だけ購入。
 それにしてもお金を払う時に申し訳ない気持ちになったのは生まれて初めてじゃった。 帰りの電車の中でも、「ちょっと見てよあのオヤジ。 水持ってるわよ。 赤ちゃんがいるようには見えないわよね〜。 不謹慎だわっ!」とか、同乗者に陰口を叩かれている気分じゃった。 乗車時間の約20分があの時ほどなが〜く感じたことは無かった・・・。 買えないとなったら俄然欲しくなるのは人間の常じゃが、やっぱり贅沢はほどほどにせんと、わしの様にミョーに人目を気にするタイプは震災に遭わずとも、その間接被害によって生きた心地がせんようになってしまうのお。
 ミネラル・ウォーターが欲しかったのは、毎朝のスペシャル・ブレンド珈琲と、毎晩のウィスキーのための氷とチェーサーに使用しとるからなんじゃが、今後は水道水に切り替えることにした。 珈琲やウイスキーの旨さを引き立てる別の方法を考えなきゃいかんな。

 わしもそろそろ“老”と呼ばれても仕方ない年齢になってしもうた。 概して老人ってのは、思い残す事を少なくしてあの世にいくために我がままになるか、次世代に静かにバトンを渡すがごとく静謐に余生を送るか、のどちらかだと言う。 わしはユーヤ御大のようにいつまでも「ロックン・ロール!」でいきたいし、そのためにもわしなりのわがままを押し通したいのはヤマヤマじゃが、やっぱり困った人たちに迷惑をかける老人にはなりとうないな。 珈琲とウイスキーのためのミネラルウォーターはわしのささやかな贅沢じゃったが、それを止めるのも震災の被害を直接受けてしまった方々のためじゃ。 う〜ん、東日本大地震の被害には人間として考えさせられることが多いのお。  
 


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