8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.73
                                                                                                                    
 
渡辺あつし楽器店

へいへいどうも。頑固8鉄でございます。

さて、渡辺あつしさん、つっても、「いやあああ、すっばらしーお宅ですねえええ。ワンちゃんもかわいいし!」・・とか大げさな顔して言う髭のおじさまじゃあねえんで。

同じ名前ですが、こっちは、おいらが昔なにかとお世話になった、小さな個人経営の楽器店の店主である渡辺あつしさんのお話でござんすよ。おつきあいのほどを。

その丸っこい、ずんぐりしたおとっつぁんはね、いっつも同じ曲の口笛を吹いているんすよねえ。

四谷市ヶ谷麹町ちょろちょろ流れるお茶の水、粋なねえちゃん立ちションベン!っつってね、いやいや違うな、ここはすぐお隣の水道橋だ、小さな雑居ビルん中にあるんですよ。店、ったって、ああた、雑居ビルの2階の鉄のドアん中だからね。場所がわかりにくいだけじゃなくて、たどり着いても何屋なんだかさっぱりわかんねえんだな、これじゃ。このドアをドンドン、ドンドンとノックをすってえと、たいてい、

「お?ちょおぅっとぉ、まっててねぇ〜」

ドアの奥から声はするが、待っていても、なかなか出てきやしないんだね、これが。夏の暑い日なんか、外階段の踊り場で立たされているのは結構酷だ。頭に生卵のっけたら待ってる間に目玉焼きが出来ちゃいそうでね。でも、ここのおとっつぁんは、そんな客の気持ちなんか全然気にしない。

やがて、待つこと5分、カップラーメンならとっくにできあがって、すらすら食べ終わっちゃうかもしんないくらいしてから、やっとこさ、丸顔が、ひょっこり顔を出すわけだ。

「あ、なーんだ、あんたか。はいはい。コロナの人ね。入りなよ。」

あ、ちなみに、コロナの人、ていうのは、ドイツ・ホーナー社のアコーディオンの機種に「コロナU」っていうのがあるんで。それを演奏する人、って意味なんだね。別においら、トヨタ自動車のセールスマンなわけじゃない。

この丸顔のおとっつぁん、渡辺あつしさんのところに、そうやって何度もお邪魔したのが、もう、かれこれ20年以上も前のことでございますよ。

我が家にはアコーディオンが4つもあるんすがね、そのうちドイツ・ホーナー社の作ってたやつは、すべてあつしさんが、ドイツから取り寄せてくれたもんでございます。

「へえー、あんたはさぁ、ホントに珍しいオヒトだねぇー。」 とあつしさん。

「そ、そんなに珍しいすかね?」

「そうね。コロナみたいなダイアトニック式の人、誰も知らないもんなあ。」

ダイアトニック式ってのはですね、アコーディオンにはフイゴみたいにブーカブーカ押し引きする蛇腹がついてるでござんしょ?あれを押したときと引いたときに違う音が出る、えらく大昔に流行ったアコーディオンのことでして。 全部ボタンで、ピアノみたいな鍵盤がないから、今はほとんどやる人がいないんですが、おいら、これしか出来ないっつう有様で。なんせ小さくて済むもんですからね、ピアノ式の馬鹿でかいアコーディオンは、まるで電柱にしがみついてる電気会社の工事の人みたいに思えるもんですから。

でもって、あつしさんが、自分でガラスケースに入れて、ところ狭しと並べてある、売り物のアコーディオンをずらっと目で追いかけましてね、

「ボタン式、つったら、あーた、クロマティックだからねぇ、ふつうはさ。」

とか言うわけだ。クロマティック式ってのは、ボタン式だけど、押し引きで同じ音がするように出来てるんで、でかいのなんのって。

「イヤー、すごいですなあ、これとか・・。」

「そうね、これはいいよ、エキセルシアーだね。ふんふん。」

「どんな音がするんだろうねえ・・。」

「弾いてみたい?」

「いえいえ、ぜんぜんできませんよ、そんな急に言われてもねえ。」

「弾いてみようか?」

「あ、お願いします。」

するってえと、あつしさんは、ガラスケースを開けて、中からタイプライターの大親分みたいなエクセルシャーのクロマティックボタンアコーディオンを出してきて、簡単にすいっと構えてみせるんですが、こいつが粋でね。もうね、構えただけで「あー、この人はプロだぜ−」ってんが一目でわかるね。あつしさんは、タッパがそんなにないお人なんですがね、意外なほどばっちり決まって見えるあたりがさすがだね。

それまで、すいすいと吹いていた口笛をやめて、何食わぬ顔で、ボタンをなでるように弾くだけで、色鮮やかな花がパァーッと開くみたいでね、あっという間にちっぽけな雑居ビルの一室が、おフランスあたりのカフェみたくなっちまう。そらあ、びっくりするくらいの腕前で、ビックラ仰天トコロテン、ってなもんで。

「どう?弾いてみる?」

「ええーっ?あの、いつか、いつかやってみます・・」

そう答えるのがやっとですわ。

「ところで、おいらのアコーディオンはどうなったんで?」

そうそう、こっちは、頼んどいたブツの受け渡しに来たってことを思い出したわけで。

「あ、そうかそうか」ってな具合で、あつしさんは、ドイツから届いた新しいコロナUを出してきてね、

「ダイアニックはさ、何人か、持ってる人は知ってるけど、ちゃんと弾けるのかどうかは知らないんだよね。あんたは、持ってるんだから、弾けるよね?」

「はい、一応。なんとか・・・」

「ちょっと弾いて見せてよー。」

このおとっつぁんに、ニコニコしながら気さくな調子で言われると、ついね・・。わが身を省みずに、言われたままにしちゃうんだよね、なぜだか。届いたばかりのアコーディオンをケースから出して、なぜか演奏してみせる羽目になっちまった。

「へえー、こら、おどろいた!こうやって弾くんだねえー。目の前で演奏見たの初めてだよ。なかなか器用なもんだねえ、あんたはさぁ。」

いつものニヤニヤ顔がどこへやら、真面目な顔でふむふむとうなずかれてしまったわけで。もともと、蛇腹楽器業界で有名なこのおとっつぁんにそんな風に言われたら、悪い気はしねえですよ。いや、おいらがね、アコーディオンを、やめてしまわずに、とりあえず、続けてきたのは、この人の当時の「口車」にノセられちゃったからじゃないか、とね。

そうこうしているうち、バンドで酷使したコロナがガタガタになっちまいまして。

とうとういくつか音がでなくなったり、皮で出来た蛇腹だのストッパだのがやぶれたりちぎれたりで、こいつは困ったな、と。なにせ、ドイツに持って行って直してくれ、なんていう金があったら、もう新調しちまったほうがいいからね。そうだ、やっぱり頼みの綱はあつしさんだよ、ってんで、行きましたな。するってえと、あつしさんは、口笛を吹きながら、

「ちょっと、こっち来てみてくれるうー?」

奥にあるドアを開けて、言うんだね。てっきりトイレかなんかだと思っていたらなんと中は修理工房になってて、古いのから新しいのまで、アコーディオンが山積みになってんだね。天井くらいまでケースがびっしりで、地震でもあったら、生き埋めになっちまいそうだったね、あれは。

「な、あんた、見て見て。これ全部僕が直さなきゃいけないんだよねー。」

後でギョーカイの方から聞いた話なんですがね、丸顔のおとっつぁん、じゃない、あつしさん、いや、あつし先生は、実は、昔から日本一のアコーディオン修理職人だそうで。

「ちょっと忙しいから、あなた自力で直してご覧。おせーてあげっからさ。」

やりましたな、いろいろと。自分で皮を買ってきて裁断し、ハト目を使ってストッパーを作ったりね、本体をバラバラにして、ならないリードを確かめて、詰まってるもんを取り除いたり、っつう、簡単な修理だけども、先生に教えてもらったね。

「お!あんたは手つきがいいね!器用だわ。そのまま僕のとこで職人なりなよ。」

相変わらず、人を持ち上げるのがうまいんだな、このおとっつあん、いや、センセイは。

「えっ?じゃあ、サラリーマンやめちゃおうかなあ。」

「んー、ま、だけど、実を言うとさ、そういってやってきて、ちゃんと続いた人、ひとりもいないんだな。なぜだかね・・。」

なぜかね、このときだけは口笛をやめてしまったんだね、あつし先生は。 なんかしんみりしちまった。

それから、しばらくたったころでさあ。店に電話しても繋がらない。変だな、なんかあったか。倒産しちまったとか、年寄りになってボケちまったか。でなきゃ、蛇腹になっちまったとか・・んなわけないやね。

お茶の水にある、アコーディオンの有名店、谷口楽器で聞いた話では、本店を経営していた、あつし先生の御兄さんが亡くなってしまったために、渡辺楽器店が閉店、姉妹店の渡辺あつし楽器店のほうも閉めてしまわれた。そして、お歳を考えて勇退されることになったんだとか。

とうとう、引退しちまったか、おとっつぁんは・・。

ところが、このせいで、日本全国津々浦々、困ったことになっちまったらしい。

海外製アコーディオンや中古・ビンテージもののアコーディオンの売買が全部止まってしまったんだと。モノがあっても売ることができねえ。なんでかっていうと、こうした楽器ってのは、調律したり修理出来る職人さんがいることが前提で売買されるのに、渡辺兄弟がいなくなったら、もうお手上げなんだそうで。

トンボ以外の、ドイツやイタリアの海外製アコーディオンや、古いクロマティック式のアコーディオン。あつし先生の工房に山積みになっていた、日本全国津々浦々から集まってきていた、こわれたり調律が必要なアコーディオン。 いったい、今はどうなってしまったんでしょうな。 ぜーんぶ、直してから引退されたのか。

そういやあ、いつも楽しげに吹いていたあの口笛の曲、たぶん、古いフランスの歌だと思うんだけど、なんていう歌なんだろう?

速いもので、あれからすでに10年以上が経ってしまったけれど、あつし先生は今でも口笛を吹いて、お元気なのだろうか?

なんてなことを、なんとなく、つらつらと思う歳に、おいらもなっちまった、ってことなんでしょうな。

え?おまえのアコーディオンはどうしたかって?

もちろん、今でも健在。おいらと同じで、古びてはきたが、ちゃんと弾いてますよ。昔、あつし先生に、「お!うまいね、あんたは!」なんて言われちまったもんだからねえ。

では、おあとがよろしいようで。





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