8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.56 |
懐かしの昭和9 口笛吹いて 「タカちゃん、歩いていこうか?」 僕は、道端に落ちている石ころを蹴っ飛ばしながら、言った。 もう、周囲はすっかり日が落ちて、もう、神田の英語教室の開始時刻に間に合いそうもない。 このバス路線は、3番町から九段を通って、小川町を抜けていく。 距離でいったら、4キロ程度なのだけど、ホント、ぜんぜん、時間がいい加減で、あてにならないんだ。 「そだな!歩いてっこぜ!」 ちょっとシャイなタカちゃんが、いつもの調子でニヤと笑った。 ふたりで石ころを蹴っ飛ばしながら、一番町から九段上に向かってどんどん歩いていく。 歩く、というより、ほとんど走っているのに近い。 バスの通る大通りはつまらないので、途中で、戦没者記念館のところを、桜がまい散る千鳥が淵のほうへ折れていく。 「今度の日曜日に、秋葉くんとボート乗りに来るんだ。タカちゃんも来なよ。」 「おう!」 「こないだなんかさ、秋葉くんとボートで競争してたら、アベックの人たちが迷惑そうにしてたぜ。」 「ははは。」 「そういえば、北の丸公園の入り口んとこに、ホットドッグの屋台があるんだけど、めちゃくちゃうまいぜ!」 「いいなあ、食いてえなあ!」 「おかあさんに言って、おこづかいちょっともらって、今度、ホットドッグ食べない?」 「おう!」 そういえば、そのうち、麹町にも地下鉄が来るらしいけど、まだまだ先だ。 僕らは、巨人の星だの、ひょっこりひょうたん島だのの唄を唄いながら、昨日見た巨人阪神戦の話をしながら、そして、クラスの可愛い女の子の話をしながら、どんどん走っていく。 楽しくて、全然、つかれない。汗だくなんだけど、気になんかしない。 「こちら科学特捜隊本部、ビーグル1号応答願います。」 「ブーン!!!こちらビーグル1号!浅間山でレッドキングを発見!」 僕らは、突然、ウルトラマンに出てくる飛行艇に乗っていることになった。 と思えば、もう次には、アメリカのドラマ、「コンバット」の主人公になったりする。 「ババババーン!!腕を撃たれた!軍曹殿、先に行ってください!」 「馬鹿なこというな!おまえを置いていけるか!」 そんな、「なんとかごっこ」をしながら、石ころだって、一番町からずっと同じのを蹴っ飛ばし続けてきてるし、まだ、ちゃんと足元にある。 その石ころが、なんだか、なにかをやり遂げている証みたいで、楽しくなった。 千鳥が淵をぐるりと廻って、靖国通りに出ると、あとは九段上から九段下に一気にくだり、あとは、神保町を抜けて、小川町までまっすぐだ。 「な、授業終わったら、書泉ブックマートで、天才バカボンの単行本、新しいの買わない?」 「僕は、今おこづかいないから。今度にする。」 「いいよね。バカボン!」 「うん。」 「これでいいのだ!ってのが、すげえ好き。」 「オレもオレも!」 「よし、じゃあ、俺が買って貸そうか?」 「おう!さんきゅ!今度、次のは僕が買ったら貸すよ。」 「そうしよう!それでいいのだ!」 楽しみが出来た。英語はちっとも面白く なんかないけど、神保町のたくさんの本屋に寄り道が 出来るのがうれしい。 一度なんか、全然通ったことない帰り道を通って、大冒険してるうち、すっかり遅くなって、おかあさんにしかられたりしたけど、楽しかった。 洋書専門の店なんかすごいんだ。映画の本とかすごいし、音楽の本も見たこともないカッコイイ楽器の写真とか、見てるだけで楽しい。 タカちゃんはそんなのには興味ないみたいだけど、漫画や野球やプラモの情報はいつも交換してるし。 今日も、行きはギリギリ間にあった。 いくら振り返ってみても、バスは僕らを通り過ぎなかった。 また、僕らの脚の勝ちだ! そんなわけで、当然、帰りは、バスなんか待たない。時間通りきたって、乗らないのさ。 すっかりあたりは、夜で、サラリーマンがたくさん行き来しているけど、僕らは、また石ころを蹴っ飛ばしながら、二番町まで歩いて帰る。 途中で、いろんな本屋をのぞいて、面白そうなものを物色したりもする。 そう、今日も、口笛吹いて。 明日も楽しいことがたっくさんあるんだ。 な!タカちゃん! 夜空に、2人の口笛が高らかに鳴り響いた。 そして、クールでシャイなタカちゃんが ニヤ! と笑った。 |
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