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| 8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.342 |
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食の思い出 第13回 「麹町~神保町 天ぷら譚」 私は天ぷらが大好きだ。前回に引き続き、天ぷら話をお送りする次第である。 最初に食べた天ぷらは、自家製で、母が揚げては、みそ汁とごはんのおかずに食べていた。 スタンダードなもので、エビ、かぼちゃ、ニンジンだったと思う。 わたしはそうした家庭料理の天ぷらが当たり前だと思って育った世代である。 家庭でうまく揚げるのは、なかなか難しく、 我が家の天ぷらがそれほどおいしいものではないと知ったのは、 家族でたまの外食で食べた専門店の天ぷらで感激したときからだ。 子供のころ、たまの贅沢といったときによく利用したのが、 麹町秋本のうなぎと、麹町天重(てんしげ。以下、天重(料理のてんじゅう)と 紛らわしいので、麹町天重と記す)の天重であった。 うなぎを家庭で料理することはできない(聞いたことがない)が、天ぷらは家庭料理である。 しかし、専門の職人が揚げてくれるアツアツの天ぷらはとてつもなく美味かった。 麹町、番町地区の老舗天ぷら屋、麹町店重は、当時、麹町4丁目の新宿通り1本裏手にあった。 のちに開通した、有楽町線麹町駅を出てすぐのところだ。 とても小さな店で、間口が極端に狭く、カウンターに数人、 奥の座敷に数人、座れる程度の広さしかなかった。 それが、いかにも美味そうな秘訣のひとつである。 ![]() なにしろ、注文すれば、目の前で、料理人が材料をさばき、 下ごしらえし、カラカラと素晴らしい音色をさせながら 油で揚げる様を見守りながら待つのである。 現在であれば、そんな店はとてつもなく高額である。 高級店の証みたいなものである。 そもそも、天ぷらを家庭で作ってみればわかることだが、 下ごしらえにたいへんに手間暇がかかる。 しかし、麹町店重は、それほど高額な店ではなかった。 当時のごく普通の天ぷら屋だったと思う。 そんな美味い麹町天重で食べてしまったら、贅沢な味が身についてしまう。 わたしは、母が作る天ぷらを、いまいち食べる気になれなくなってしまった。 残念なことである。 それは今になれば、よくよくわかることなのだが、 当時は、そんなことは思いつかない。 麹町天重で食べる機会が急激に減ったのは、千葉に引っ越してからだ。 麹町には通い続けたが、仕事のランチタイムで使うことはなくなった。 たしか、記憶では、当時、夜からしか営業していなかったのではないか。 しかしながらその後、、麹町天重は、麹町2丁目に移転、 さらに一番町に支店をオープンし、ますますの活躍をしているらしい。 天重は、2200円となったが、天丼は1000円で、 現在の外食価格としてはかなり安価だ。 ![]() 麹町天重へ行くことがなくなったわたしが、再び天ぷらにありつくことができたのは、 神保町の有名ないもやである。 いもやも目の前で揚げた天ぷらを食べることができる人気店で、 常に並んで待たなければならない。 しかも、神保町は電車で行かなければならない。 それでも、お昼の1時間で食べて帰ることが可能だった。 当時、学生街らしく破格の600円の天ぷら定食が食べられて、 非常に美味なので、いもやの天ぷら定食は、ほとんど伝説のレベルだった。 早稲田の同じような学生街天ぷらの店がはやくに消滅しはじめたのに比べ、 神保町のいもやは非常に長く続いた。 ![]() しかし、それほどの人気を誇り、60年続いたいもやも、2018年に閉業となった。 ちょうど私が退職し、東京を離れた年である。 神保町で最も有名な店、とすら言われたいもやの閉店は、 衝撃的なニュースだったと言っていい。 理由はさまざまな憶測記事があるが、いくら募集しても後継者が育たなかった、 とんかついもやで使用していたパン粉の製造業者が 倒産したなど、複雑な理由がありそうだ。 その後、のれん分けのいもやは、神保町の天丼いもや店で復活し、 現在は、1000円になったが、再び天ぷら定食が食べられるようだ。 いずれ行ってみたい。 ![]() さて、夜の神保町に同僚と飲みにいくことが多かった私たちが、 しばしば利用した美味い天ぷらの店がすずらん通りにあった。 こちらも、安価だが、いもやのように、学生やサラリーマンが 殺到するという感じでもなく落ち着いた佇まいの「はちまき」である。 この店、創業は神田で昭和6年(1931年)。 神保町に移ったのが昭和20年(1945年)という最古参の老舗だ。 ![]() 知る人ぞ知る名店なのだと思う。 昭和のひところは、江戸川乱歩が通った店として有名だったらしい。 ここの素晴らしい天ぷらも2025年健在。 ![]() ![]() さて、わたしが住む佐倉市には、美味い天ぷら屋というのが見当たらない。 蕎麦屋系ばかりで、いもやや麹町天重のような天ぷら専門店というのがないのである。 すでに現役を引退したわたしのような年寄りにとって、外食は負担が大きい。 たとえ、安価な部類の天ぷら専門店があったとしても、 そうそう通えるものではない。 むしろ、そんな店がなくてよかったのかもしれない。 麹町天重が、父が現役時代「たまの贅沢」と 言っていたのと同じ立場に、私自身がなっている。 なんとも残念なのだが、かといって、自分でてんぷらを揚げてみても、あまり美味くはない。 かみさんが揚げても似たようなものである。 専門店どころか、あまりおいしくないと思っていた、 かつて母が揚げていた天ぷらの足元にも及ばないのである。 ![]() 近くにうまい天ぷら屋もないし、ちょっと、おふくろ、揚げてくれない、 と声をかけたくなるが、その母は、仏壇の中で微笑むだけであった。 |