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| 8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.337 |
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楽器の思い出 第5回 「フラットトップ編 レオン・レッドボーンとパーラーギターの迷宮(後編)」 ヤイリの可愛らしいRAG-2はその後、従兄の息子が高校生になり、 ギターを弾いてみたいといいだしたとき、プレゼントした。 わたしがかつてそうやってもらったのと同じように、 今度はあげる側になった。月日が経つのは速いものである。 わたしが次に目を付けたのは、ギブソンであった。 1990年代初頭、ギブソンは20年代から30年代にリリースしていた フラットトップのL-1を限定100本で復刻した。わたしが入手したのは、出来立ての新品で、 しょぼい鳴り方だったけれど、限定なので、とりあえず、買った。 かなりの高額商品である。28万円ほどではなかったか。 それ以前に手に入れたビンテージのL-50が同じ価格だったので、 30年代当時、L-50と同価格だったL-1はそれくらいで適当かとも思えた。 これは、まさしく、迷宮にふさわしいギターで、限定といっておきながら、 その後、何度も復刻している。そして、中古市場で二束三文で売買されたかと思えば、 突然、高級ビンテージギター扱いになったり、なにがなんだかわからない状態で 怪しげな取引が繰り返されてきた。 当時のギブソンは商売がうまいんだか下手なんだか、わからない存在だった。 または、熱狂的ブルースファンが日本にはたくさん存在していて、 ロバート・ジョンソン信仰でもあるのだろうか。 「あのロバート・ジョンソンが弾いていた」「あのロバート・ジョンソンで 有名な」というフレーズをうたい文句に、どんどん値上がりするL-1をビンテージギター屋で見るたび、 訝しい思いを抱いたものだ。 そもそも、わたしは、戦前カントリーブルースそのものが それほど好きだったこともないのである。歴史の勉強みたいなものであった。 もとをたどれば、レオン・レッドボーン、レッドボーンがお手本にしたという ブラインド・ブレイクあたりだけにしておけばよかったのだが、 興味が拡散しやすいわたしは迷宮に入り込んでしまっていた。 結局、わたしは、あまり鳴らない復刻L-1を数年使って売却したが、 たいした値段では売れなかった。 そもそも、オリジナルのL-1は、フラットトップとアーチトップがあったし、 フラットトップも2種類の形が存在する。 なにしろ、この時代のギブソンはややこしいことこの上ない。 その後、2000年代に入って、ギブソンL-1フラットトップのオリジナル(1928年)を わたしは入手した。職場からの帰り道、乗り継ぎ駅の神保町にある リム・ショットというビンテージショップで、偶然発見し、22万円ほどで買った。 ![]() 実物を手に取ってみると、90年代の復刻版とは、全く違う代物であった。 姿かたちはそっくりだが、まるで別物である。 オリジナルのほうが、作りがライトリイ・コンストラクテッド、 軽い作りとでもいうのだろうか、50年代くらいまでのギブソンらしい、 ある意味、雑な作りなのだ。だからよく鳴るともいわれていたが、その通りだった。 オリジナルはガラーンとしたそっけない大きな音でよく鳴ったが、 復刻のほうは、はっきり「鳴らない」と言い切っていい代物であった。 弾けば弾くほど鳴るはずだったが、逆に鳴らなくなるのである。 売却するため訪れたギターショップで「これはハズレですね」と、 言われたときは、心底がっかりしたものだ。 わたしは、二度と「ギブソン本家の復刻」には、手を出すまいと誓った。 ところが、この復刻L-1は、現在、すでにビンテージ扱いとなって高額で取引されているらしい。 たった30年前なのだが。やはり時の経つのは速い。 オリジナルの28年版は、その後、トップ落ちが加速した。 なにしろ、当時で70年以上前のギターである。 それに当時のギブソン・フラットトップは、トップ・オブ・ザ・ラインのJ-200を除き、 ほとんどがスチューデントモデルであって、とりわけ小さいボディは 最も安価な廉価版ギターだったのだから、壊れないほうがおかしいのである。 実際使ってみて、非常にラフに作られたギターであることも確認済であった。 わたしは修復すれば修理代が買った値段より高いだろうとリム・ショットで売却した。 16万円で引き取ってもらえたので、10年使って7万円使用料を払ったようなものだ。 調べてみると、これが2025年現在は、なんと200万円である。 ロバート・ジョンソン信者は、わたしの想像をはるかに超える、 新興宗教の類に成長したのだろうか。 新車より高額な超古いギターは、恐ろしくてとても弾けないと思うのだが。 ちなみに、ロバート・ジョンソン本人が使用していたとされるL-1は オークションにかけられ、エリック・クラプトンが17億円で落札したそうである。 やはり、世界にはブルース教が存在するに違いないと思う。 さて、L-1騒動で迷宮を漂っていたわたしは、 次の関門、鬼門であるステラに接近した。 果たして、この極東の島国のどこにそんなものがあるというのだろうか。 おまけに、ステラは、本物に出会えたとしても、ずば抜けて安い、 「本物のチーピー」なのだ。いわば、日本でいえば、昭和の「少年マガジン」の裏表紙に出ていた 怪しげな通販グッズレベルの代物である。 そんなものが80年も経って、残っているのか、という問題もある。 世の中というのは、不思議なもので、あれこれアンテナを張って待ち構えていると、 案外出会ってしまうものである。 小川町のギターショップ巡りをする中、日本製の古いギター専門店ゆえに、 それまで一度も入ったことがない店をたまたま訪れたとき、 それは目の前にぶら下がっていたのである。 灯台下暗しである。いつも素通りしていただけだったのだ。 国産ではなく、れっきとしたアメリカ製のパーラー・ギター、 しかも、サウンドホールの中のラベルに、スーパートーン・ギターと書いてある。 これは、ハーモニー・ギターが30年代から作っていたブランドのひとつで、 ステラの親戚筋みたいなものだった。 価格も6万円ほどで、プレイヤビリティに問題はないし、 ガラーンとしたトーンでよく鳴る。しかし、よく見ると、ひどく薄っぺらい、 なにか不明な木材で出来ているし、ネックはリセットされ、トップはすっかり落ちて、 ネックとトップ板の隙間をバルサみたいな木片を挟んで埋めている。 あちこちガタガタになっているのを、丁寧に修復してあるのだ。 こんな安物ギターをこれほど丁寧に修復しながら使っていた人もいる。 のちに、ネットをあさっているときに、このモデルのイラストが掲載された 30年代のスーパートーンギターの広告を見つけた。 これは、当時、3ドルのギターであった。 素晴らしいフォーク歌手、ギタリストだったエリザベス・コットンが、 インタビューを受けて、「わたしが働いて貯めたお金で買った最初のギターは、 ハーモニーの3ドルの通販ギターだった」と言っているので、 もしかするとこれかもしれなかった。 さらに、不思議な出会いがあった。 ネットを丹念に探すと、日本国内にも、わたしと同じように、 ステラを追求しているようなもの好きがいることがわかった。 そして、なんとかブログを通じて彼と連絡をとり、 彼が所持するステラを拝見することにしたのである。 そのギターを手にしたわたしは、そこでとうとう、長年の答えのひとつを発見した。 迷宮の難関をひとつ抜けたのだ。 このギターはハーモニー・ステラではない。 オスカーシュミットのパーラーギターで、FHCMというモデルである。 もともとハワイアンセッティング(ラップアコースティック)の スパニッシュ(抱えて弾くスタイル)へのコンバートである。 ![]() ![]() わたしは、入手したわけではないけれど、 ついにブラインド・ブレイクのギターを手にしていた。 間違いなく、ブレイクの写真に写っているのは、これだと思う。 見ればわかる。そして、弾いてみて、わかった。 その倍音がない、不思議なトーンは、マーチンやギブソンでは決して出ない。 わたしのスーパートーンもいいが、このシュミットは抜群に素晴らしい 戦前ブルース、ラグタイムの音そのものであった。 最近見つけた下記のネットページには、サウンドサンプルもある。 次の関門は、いよいよ、レオン・レッドボーン、 しかも初期のレコーディングで使っていたモデルはなにかである。 その前に、付け加えると、レオン・レッドボーンは一度日本で公演をしている。 1970年代のことだ。彼を日本に招聘したのは、トムズキャビンの麻田浩氏で、 つい先ごろも彼のバンドと共演させていただいた。大先輩である。 わたしの年上の友人には、この公演を見たばかりか、レオンと飯を食ったとか、 飲みにいったとかいう人もいて、実はかなり仲間内では知られた人だったのだが、 ギターが何だったのか、だれも教えてくれないのだ。 答えをくれたのは、2005年にアメリカでスタートした、YOU TUBEである。 ずらりとアップロードされたレオン・レッドボーンのステージ動画の ほとんどで彼が弾いているのは、見たこともない変な代物だった。 ギブソンの珍品、CF100というモデルである。CF100Eというのもあって、 こちらは、ネック側近くにエレクトリックギター用のピックアップがくっついている、 ヘンテコなものだ。 CF100の実物は、当時見たこともないが、 ちょうど一般的なLG-2のカッタウエイ付きみたいなものらしいので、 わたしは、思い切ってビンテージのLG-2を購入した。 1954年モデルで、当時は24万円だった。 大変に軽い音がする、いかにも50年代のギブソンらしい、 軽い作りのフラットトップである。 ![]() また、小型のマーチンを弾いている動画もあった。 戦前のOM-18である。 これは、なかなか凄いプレミアギターで入手がほぼ不可能と思われたので、 マーチン社の現行商品から、価格は低めだが、 サイズが同じくらいのOOO-18を購入した。10万円ほどである。 (2025年現在、30年代のマーチンOM-18をネットで見つけたが、660万円であった。 なにかどうなったのかわからない。ほぼ天変地異である。) どちらも、レオン・レッドボーン風に演奏するには、ぴったりに思えた。 しかし、これらは、厳密にいえば、パーラーギターではない。 サイズ的にそれほど小さいわけでもないのである。 見立ては間違っていたのだろうか。 このギブソンLG-2とマーチンで、とりあえず、 パーラーギターの迷宮を抜けたかに思えたのだが、 最後の最後にさらに、一ひねりが待っていた。 2015年ごろに引退を表明し、表舞台からもレコーディングからも 姿を消した蓄音機声の怪人レオン・レッドボーンは、2019年、とうとう、 その生涯を閉じてしまった。 享年120歳であったという素晴らしいジョークとともに。(実際は69歳)。 そして、未亡人が、彼の遺品の数々をオークションにかけたのである。 写真もある。トレードマークのひとつ、杖やボーターハットとともに、ギターが数本。 ![]() おなじみのCF-100はなかったが、 マーチンの30年代OM-18、ギブソンの20年代L-3(アーチトップ版)、 ナショナルのレゾフォニック・ギターなどがある。YOU TUBE動画の どれかで弾いているものばかりだ。しかしひとつ、見慣れない、ビッグサイズのフラットトップもある。 調べてみたところ、レッドボーンと親しい方が、詳しく紹介していた これは、ハーモニーが60年代に作っていたハーモニー・ソブリン。 ドレッドノートよりさらに大きいジャンボサイズのフラットトップである。 そして、これこそが、レオン・レッドボーンがプロとして最初に使用したギターらしい。 https://thewalkingsticksociety.com/The%20Bratcher... ソブリンで録音された初期の曲は、いまではYOU TUBEでも全曲聴くことができる。 Leon Redbone- Marie (1972 Early Recording) ワーナーから出た最初のアルバム「オン・ザ・トラックス」や、 最初に聞いた「シャンペン・チャーリー」収録の「ビッグ・バッド・ビル」などが これで録音されたかどうかはわからない。ギブソンのCF100だったのかもしれない。 しかし、もし、ソブリンだとすれば、わたしの推理は、 半分だけ当たっていたことになる。 ガラーンとした鳴り方、分離がやけにはっきりしていて、 倍音を捨ててしまったような安っぽい感じは、やはりハーモニーギターだった。 しかし、小型のパーラーギターなどでは全然なかった。 むしろ、バカでかいジャンボギターだったのである。 わたしはパーラー・ギターの迷宮の思わぬ出口から脱出したが、 わたしの手元に最後に残されたのは、 いくつかの現代版小型アコースティックギターであった。 グレッチのジム・ダンディ、レコーディング・キング RPS7FE3などの安物である。 実際、これらは、今でもかなり安く、お手軽に入手できるが、 かつてのステラとほとんど変わらないトーンを持っていると思う。 所詮、チーピーはチーピー。ビンテージだろうが、 プレミア付きだろうが、関係ない。安く作れば安い音になり、 それが戦前ブルースのトーンなのだから仕方ない。 ロバート・ジョンソンの真似事をしたければ、17億円出さずに、 3万円ほどで、レコーディング・キング RPS7FE3を手に入れることをお勧めする。 そして、わたしは、その後、これらを含め、 フラットトップギターを根こそぎ全部売り払い、 その資金で高額な本物のスーパー・ジャンボ、ギブソンSJ-200を手に入れた。 それは、今もわたしの手の中にあるが、これについては、やはり、大は小を兼ねる。 ![]() ギブソンのトップ・オブ・ザ・ラインは、素晴らしくバランスがとれており、 ブルーグラスであれ、カントリーであれ、 ブルース、ラグタイムであれ、万能選手なのだから。 そして、どんなギターであれ、素晴らしく響かせるために、 必要なのは、練習のみである。 こんな当たり前のことを知るための数十年にわたる迷宮巡りの旅で、 手に入れたパーラー系ギターは、今はひとつも手元にない。 しかし、旅の途中で知り合った、今でも親しく接してくれる面白い人たち、 素晴らしいミュージシャンたちがわたしの財産であるかもしれなかった。 エピローグ わたしは、あれやこれやと楽器を集めたり売ったりしているなかで、 アメリカから何本かパーラーギターを買っている。 どれも、オスカー・シュミット製ステラだが、ひとつもまともな状態のものがなかった。 それでも引き取ってくれる人がいるのである。 すべて、ビンテージギターショップに売却した。 ついで、といってはなんだが、スリンガーランドの戦前テナー・バンジョーを見つけて、 ローレンス・マレロ(ジョージ・ルイス・ラグタイム・バンドにいた伝説のジャズバンジョー奏者)になるべく、 ebayを通じて取り寄せたのである。いじっているうちに、飽きてしまい、 これも売ることにしたが、日本には奏者が皆無(青木研マエストロを除く)なので、 困ってしまった。 なにがきっかけか忘れたが、これを欲しいという人がいたのだ。 わたしの職場がある都道府県会館で待ち合わせて、手渡しで売った。 彼は話を聞くと、わたしと同じ、パーラーギター迷宮の旅人であるらしかった。 その後、彼は友達になり、今でも付き合いがある。 鎌倉のデザイナー、イラストレーターでミュージシャンの長嶋淳(じゅん)氏である。 そんな、変な友達と、「その他珍しい弦楽器」については、いずれ後日紹介したい。 |