8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.332

食の思い出 第10回
「銀座 芭爾札克(バルザック)のステーキランチ」



動物好きで、常になにかペットを飼っている。
そのくせ、肉を食べるのが大好きだ。

多くの人が抱える矛盾をどう解決するのだろうか。
それは別の話、と片付けるのだろうか。
かく言うわたしも答えを知らない。

猫はネズミを襲って食うが、猫とネズミは、
共に育つと仲良く暮らすこともできる。
そのあたりに答えがありそうな気はする。

さて、人間らしく、雑食なわたしは、野菜もコメも魚も肉も好きだ。
食いしん坊、と言われればそれまでだが、大食漢ではない。
今でも、それしか食べないのかとよく言われるので、
かなり少食なのだろう。
もともと、未熟児で生まれ、保育器で育ち、子供のころは、
背の低いやせっぽちで、小学校で整列すれば、
いつも一番前か2番目くらいであったわたしはあまり食べなかった。

あまりに食べないので、子供のころは、
拒食症の疑いで病院通いをしたこともあるらしい。
もともと未熟児、虚弱体質なうえに食が細いので、母が、とても心配し、
「もっと食べなさい、残さないで」を口癖にしていたら、
何も食べなくなってしまった。

だから、決して、食べろ、と言わないように、と母が医師から助言を受け、
わたしに何も言わなくなってから、
わたしはふつうに食べるようになったそうである。

野球好きで、運動が大好きになったこともあってか、
徐々に食べるようになり、人並に食べるようになったのは、
おそらく中学の途中くらいからだろう。

子供のころ、たまに、近所のラーメン屋だの丸屋のたぬきそばだのを食べ、
母が作る煮魚やイモの煮っころがしで育ったわたしは、
あまり肉料理を食べた記憶がない。
そんなわたしは、亀や小鳥をいつも飼っていた。
アパート暮らしだったからである。

そして、とにかく、彼らが好きで、人間の友達より、
格が上、と思っていたのは間違いない。
一人っ子であるわたしにとっては、本当に可愛い家族、兄弟みたいなものだ。

その点、食が細く、ほとんど肉を食べなかったわたしは、
あまり矛盾がなかったともいえる。

さて、中学、高校で、ハンバーガーやハンバーグステーキを
食べるようになって以来、肉料理が好きになった。

しかし、本格的なステーキは高額なことが多いので、
あまり頻繁に食べるものでもない。
高額なものといえば、ウナギのほうがよく食べたはずである。
よく思い返してみると、ステーキを最初にいつ食べたのか記憶にないが、
ステーキが食べたいなんてことを思うようになったのは、
勤め人になってからのことではないか。
それまではほとんど食べたことがなかった。

職場の仲間と残業後に食べ歩いたなかに、飯田橋のステーキハウスがあった。
鉄板に載ったステーキにデミグラスソースがかかったもので、
当時の相場から見れば非常に安価で食べやすかった。
調べてみると、今日のお手軽なステーキの先駆は、大阪のフォルクスであるらしい。

大学生の初任給が2万くらいであった1970年代に数千円もしたビーフステーキを
格安の1000円以下で提供した。
当時は関西中心であったためか、わたしは一切記憶にない。

1980年代は、わたしはすでに勤め人であったが、フォルクスはまったく知らなかった。
飯田橋には、たくさんのステーキ店があるが、
わたしがちょくちょく出向いたステーキハウスはフォルクスではないし、
現在は存在しないため、幻の店となってしまっている。

そんな中、ステーキといってまず一番思い出す味は、
銀座博品館の中にあった、バルザックである。
バルザックは、比較的安価で、美味しいステーキが食べられると
評判を聞きつけた同僚に誘われて食べに行った。
夜のディナータイムも3500円からあり、鉄のオーブンでじっくり焼かれる分厚いステーキは、
信じられないくらい美味かった。
それもそのはずである。

バルザックは、現在も有名な、月島の超高級ステーキの老舗、
哥利歐(ごりお)の、いわば、ジェネリック、廉価版店だったからだ。
ステーキはふつうに数万円、というのを絵にかいたような哥利歐。
ランチですら、2万円というグレードの超高級店で、
わたしはいまだに行ったことがないし、たぶん、
これから宝くじでもあたらない限り行くことはない。

かつてのサラリーマン時代でも、せいぜい行けるのは、
バルザックくらいであっただろう。なにしろ、一桁以上違うのである。
3500円のディナーでも分相応ではないわたしが目を付けたのは、
廉価版バルザックのなかで 最も廉価なメニュー、ランチステーキである。
これは、ライス、スープ、サラダがついてジャスト1000円。
その肉は、ディナータイムとは打って変わって、ペナペナの薄いもので、
非常に質素だったが、わたしにとっては、驚くほど美味であった。

それまで、ステーキは、ステーキソースだの、ハンバーグにかけるような、
デミグラスだので食べるもの、と思っていたのだが、
バルザックはディナーだけでなく、ランチタイムもいっさいソースを使わずに、
びっくりするほど豊かな、美味いステーキを提供してくれたのである。
永田町から新橋近くの銀座まではずいぶんあるが、調査部が長く、
情報収集の外出が多かったわたしは、あれこれ言い訳をしては、
ランチタイムの博品館を訪れたものであった。
なにしろ、プロが料理するのを見るのが大好きなわたしは、
ひとりであるのをいいことに、常に厨房前のカウンターに陣取って、
ステーキを焼くさまを見つめていた。

ただ、普通のフライパンで、ざっと炒めるだけである。
塩コショウをあらかじめチャチャッとするだけ。
それこそが、一番美味い調理法なのだと知った。
もちろん、肉の質がいいのだろう。
一番時間がかかるのが、サラダであるのも意外だった。
あらかじめ、作ってあるレタス中心のサラダなのだが、塩、コショウを、
かなり上の位置から、じっくり時間をかけて振りかけるのだ。
その慎重さに比べると、肉を焼くのは、
本当に、ちょこっと焼きました程度に見えるのだ。

コーンスープは缶詰であったが、非常に美味。
一番美味いスープは、なにやら思わせぶりな自家製などではなく、
普通にスーパーでも売ってるノルの缶詰であることもここで知った。

そんなわけで、ここでなんとか経済的に折り合いがつくランチステーキを食べるのが、
たまに外出したときの楽しみであったのだが、いつのころか突然、店がなくなった。
いつなくなったのか、調べてみると、2001年閉業のようだ。
わたしが行っていたのは、90年代ということになるので、すでに25年以上前の話である。
現在、ステーキといえば、千葉でもよく見かけるいきなりステーキやフォルクスだが、
お手頃価格のステーキをどこで食べても、かつてのバルザックの、
あのそっけないランチステーキにはとても敵わない。まったく、全然敵わないのだ。

試しに、近所のスーパーで、かなりいい国産牛のステーキ肉を買って、
自宅で塩コショウのみでそっけなく焼いてみたところ、バルザックとはいかないが、
チェーンのステーキハウスよりずっと安上がりで美味いことを発見した。

肉料理は、素材さえよければ、シンプル・イズ・ベストである。
要するに、わたしは、ステーキを自分で焼く以外、食べなくなった。
そんな金があったら、ほかに使い道を考える。

なにしろ、猫6匹の餌代や病院代は馬鹿にならないのだ。
わたしは、貧乏育ちの貧乏人である。
それさえ、素直に認めてしまえば、何とかなる。

さて、今日はステーキが食いたいなあ、と思えば、
わたしは近くのスーパーに出向くのだ。

それもまた、バルザックが教えてくれたことである。

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