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| 8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.330 |
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食食の思い出 第9回 蕎麦屋をめぐる冒険~麹町丸屋から佐倉川瀬屋まで ![]() わたしは、食べログを読まない。 高評価であれ低評価であれ、味なんてものは好みの問題である。 悪口がどっさりある店でもわたしにとってはかけがえがない、 ということも多々あった。 それに、料理がうまくないわたしは、自作の料理に失望したこと数え切れずとも、 商いとして立派にやっておられる店に食べにいって 、本当に失望したことはほとんどないはずである。 そんな中で、わたしは蕎麦屋が好きだ。 蕎麦好きではない。蕎麦屋が好きなのだ。 蕎麦屋にはそばだけではなく、うどんもあれば、丼ものもある。 そして、どこの蕎麦屋で何を頼もうと、これは無理、というものがない。 日本各地にある蕎麦屋は、偉大な伝統があり、 現在もまったく廃れず、日本人の胃袋を満たしてきた。 わたしは、マックもケンチキも好きだが、蕎麦屋はチェーンでも フランチャイズでもなく、暖簾分けで歴史を紡いできた経緯がある。 だから、どこの蕎麦屋であれ、マックのように、どの店舗でなにを頼もうが同じ味ではない。 10店舗あれば、10通りの味がある。 しかし、「ここは不味い」ということがあまりない。 逆に、もう無理、という食環境の中、一杯のざるそばで生き返ったことすらある。 日本人でよかった、とこれほど思うこともないくらい、 わたしは蕎麦屋が好きなのだ。 わたしが、蕎麦屋のそばを初めて食べたのは、 麹町の丸屋である。これは間違いない。 子供時代の当時、蕎麦屋まで食べに行ったという記憶はあまりない。 出前である。どうしても、出前だと伸びてしまう。 それでも、丸屋の蕎麦は美味かった。 そんな下地がある中、勤め人になってからも、麹町近辺勤務だったわたしは、 しばしば丸屋へ食べに出向いたが、現在は残念ながら、跡形もなくなっている。 もうひとつ、わたしの職場、都道府県会館の地下にも、麹町から 暖簾分けした丸屋が入っていた。 丸屋らしい味で、わたしはこちらもよく通った。 しかし、ここの主人、凝り性の職人で、独自の蕎麦を追求すべく、 丸屋の屋号を捨てて、こいけという店になってから、味が変わった。 ぐっと上品になったというのだろうか、だしの風味を生かし切った 少し薄口のつゆが丸屋とは異なっていた。 高級感があり、美味いので、今でも人気店であるが、 子供のころから食べなれた、わかりやすい味の丸屋のほうが、 どちらかというと好みである。 こいけのご主人も女将さんも、若いころから親しかったので、 前のほうが好みだ、とは言えず、なんとなく、あまり通わなくなってしまった。 麹町付近では、老舗の暖簾があと2店、あった。 大正9年創業の根津松月庵の暖簾分け、麹町松月庵は職場近くだったこともあり、よく通った。 蕎麦よりうどんが絶品だったのだが、残念ながら今はない。 さらに古い明治30年、銀座7丁目発祥の長寿庵は、半蔵門店によく通った。 カレー南蛮そばが美味く、そればかり食べていた記憶がある。 こちらは、2026年現在も健在である。 ![]() 有楽町交通会館地下の満留賀にもよく行った。 ここは、衣付きで揚げてある餅入りのちからそばが美味かったが 、ここもコロナのころに閉店してしまった。 そして、退職して千葉の人になったわたしは、 東京の蕎麦屋とはほぼ縁がなくなった。 さて、わたしの娘は、わたしと違って、蕎麦が苦手だと言う。 その彼女がここは凄い、美味いと言う蕎麦屋が佐倉にある。 それが、新町にある川瀬屋だ。 川瀬屋は、長寿庵より古く、江戸時代から連綿と続く佐倉の由緒ある名店である。 その店構えも店内も、素晴らしい風雅あふれるもので、素晴らしいのだが、 価格がまったくの町蕎麦価格である。そして、町蕎麦をはるかに凌駕して美味い。 特に天ぷらは絶品である。 第一回でとりあげた、交通飯店は、イチローが通った店として有名になったのだが、 こちらの川瀬屋は、さらに古く、長嶋茂雄が高校時代に通っていた店としても有名だ。 ミスターといえば、わたしにとっては、ウルトラマンと並ぶ、子供時代の神である。 行ってみたら、神が通っていた店だった、というのも面白い。 さらに、その近くには、こちらも老舗の房州屋があり、こちらも美味い。 佐倉には、住んでいてよかったと思う。 ![]() さて、最後に、蕎麦に救われた話だ。 わたしは、1993年に、ハワイのマウイ島に1週間ほど滞在した。 周囲にはなにもなく、毎日毎回、ホテルのレストランで食べていた。 ここは、ワイキキと違い、バリバリのアメリカ料理かハワイ料理だけで、 滞在最終日にはさすがにもう無理、となっていた。 次に、オアフ島ワイキキに移り、ロイヤルハワイアンに泊まったが、 ここもアメリカ飯である。幸い、ワイキキには、日本人が経営し、 日本人料理人がいる和食レストランがいくつかあり、 わたしとかみさんは、命からがら、蕎麦屋を見つけて駆け込んだ。 そこで、食べた一杯のもりそばは、今でも忘れられない。 日本にいれば、どこの蕎麦屋でも食べられる何の変哲もない、 もりそばだったが、これほど美味いそばを食べたことはない。 繰り返すが、わたしは食べログなんて書いているやつは、 どうかしていると思っている。 食べ物の価値をなんだと思っているのか。 世界一美味いのは、飢えている時に食ったものだからである。 |