8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.32
                                                                                                                                         
「ひとつのカウボーイ・ハットから」

 冬になると、髪の毛フッサフサのヤングの方々より、寒さがぐっとアタマにしみる頑固8鉄です!
いや、真面目な話、昔は頭が禿げた紳士がかぶるために帽子があった、という説もあるのですけど、近年の日本では、精巧に出来たカツラもあり、帽子はマイナーな存在になってしまいました。しかし、ここは、クラシックなものが大好きなわたくしのメンツにかけても、カツラなどには頼らず、正々堂々と禿げて、正々堂々と帽子の人になろうと思っているわけであります。

 まあ、そんな、どうでもいい話はさておき、帽子、を被る方が、戦後の日本ではどんどん減ってしまいましたが、その原因はアメリカの真似をしたからだと言われているようです。
なんでか、というと、合理主義一辺倒のアメリカの人は、戦後、「自動車もあるし、家は冷暖房もあるし、帽子なんか邪魔だもんねー!」とばかりに、ヨーロッパの方々に比べて、帽子を被ることが少なくなり、それを大戦後占領下にあった日本人が真似したからだ、ということのようです。
しかし、アメリカ独特の帽子、といったら、カウボーイ・ハット!
スクリーンやモニターの中で、馬にまたがり、腰には6連発、カウボーイ・ハットを振り回し、「イーハァー!」と叫んでいた荒くれ男たちはどこへ行ってしまったのでしょう?
こんな立派な帽子文化がありながら、アメリカ人は、一体、どこに帽子を置き忘れてきたしまったのか、というのが今回のお話であります。

  さて、わたくしと同世代くらい(1950年代後半から1960年代前半生まれ)の中には、西部劇映画によく接したという方もたくさんいらっしゃると思います。


 アメリカ映画では、ちょうどこの時代が西部劇の全盛期で、ジョン・ウエイン主演のものなどたくさん作られましたが、テレビ番組の「ローハイド」をはじめ、「ボナンザ」、「ララミー牧場」などの影響で、西部劇は日本でもたいへんな人気でありました。
そういった、当時の西部劇のヒーローたちばかりでなく、カントリー&ウエスタンやブルーグラス音楽のミュージシャンたちも、みな、そろって、必ずと言っていいほど着用していたのが、カウボーイ・ハットとカウボーイ・ブーツ。
特に、人というのは、基本的にまず顔を見る、という習性がありますから、顔のすぐ上にある帽子、というのは、非常に目につくものなので、ブーツよりも、一目でわかる特徴的な、カウボーイ・ハットが、とても印象深く、当時は、まるでアメリカの象徴のように思えたものでした。



 正確に言うと、今日、アメリカ本国では、1800年代のアメリカ西部でごく一般的に愛用された帽子のスタイルを、「ウエスタン・ハット」と呼ぶのが一般的で、「カウボーイ・ハット」というのは、もう少し「狭義」の呼び名。
1800年代のアメリカ西部でも当然のように、カウボーイ以外にも様々な職業があったわけで、同じく、ウエスタン・ハットであっても、狭義のカウボーイ・ハット(キャトルマン、というデザイン)以外に、ギャンブラー・ハット、プリーチャー・ハットなど非常にたくさんの種類があるのです。
一説によると、アメリカのカウボーイ文化の基盤は、スペイン発メキシコ経由のヴァケイロ文化を真似るところから始まっており、帽子もデザイン史的には、メキシコのソンブレロの発展系であると言われているようです。 実際、代表的なアメリカ合衆国とメキシコの国境地帯である、テキサスのカウボーイ・ハットは、非常にメキシカン・ソンブレロに似たスタイルで、とりわけ広いブリムと、高いクラウンを持っています。



 また、今日のホンモノのカウボーイたちは、単に「ハット」、もしくは、「ジョン・B」(ステットソン社創業者の名前)と呼ぶのだそうですが、19世紀のジョン・B・ステットソンの発明、だという説があるからで、 こちらがもうひとつの起源というわけです。
それに関連して、日本でも非常にポピュラーな呼称に「テンギャロン・ハット」というのがありますが、これは、最古参のウエスタン・ハット・メーカーであるステットソン社の、特定のモデルを指す言葉です。このモデルは、実際に1800年代のホンモノのカウボーイが使用したタイプのものではなくて、西部劇映画の小道具用にわざわざデザインされたものだと言われていますが、ステットソンのもともとの発明品も、これに似ていたと言われているようです。これは、大変に帽子の高さがあるモデルであることから、10ガロンの水が入る、という誇張表現で「テンギャロン」と呼ばれるようになったという説もあるのですが、この帽子に本当に10ガロンの水が入るわけではありません。しかし、ステットソンの発明品は、当初から「水を持ち運べるくらいの、防水性と大きなクラウン」が最大の売りであったので、アメリカでもテンギャロン・ハットという呼び名はポピュラーなものになったということのようです。



 カウボーイ・ハットの実用性へのこだわり、というのは、長い歴史があります。風の強い地域、砂塵の多い地域、寒暖差の激しい地域、といったように、各地域ごとの気候、自然条件ごとにデザインが少しづつ異なっているのです。
しかし、その発想は、馬に乗って疾走しても頭に張り付いてくる空気力学であり、カウボーイのための乗馬用帽子であるというのが基本です。さらに、雨風や砂塵、日差しを避けるための傘の役割を果たすということ点も重要です。

 さて、今日でも、カウボーイ・ハットは、多くのアメリカ人に愛用されており、実際の第一次産業労働用であれ、ロデオ競技用であれ、格好だけのファッションアイテムであれ、ステットソン、レジストル、ベイリー、セラテリといった老舗有名メイカーにより、たくさんのモデルが作られています。
しかし、その肝心の実用性そのものは、現在ではあまり意味がなくなってきていることも事実。 というのも、アメリカにおいて、20世紀後半には、かつてのランチ(牧場)の広さ(馬で何日も旅をしなくてはならないくらいの広さ)はもうすでになく、車で見回れば十分(それでも丸1日はかかるらしい)くらいの広さになってしまっており、現在、実際のカウボーイが馬に乗って日々を送るということ自体があまりなくなっているからです。 かつては、クルマに乗るのに、カウボーイ・ハットはかえって邪魔であるとすら言われていたのです。



 現在のように、カウボーイ・ハットが、実用性を離れても、多くの人に愛されるようになったきっかけは、主に映画の影響でした。
1940年代に、最初の西部劇映画スターといわれる、トム・ミックスが、アリゾナの片田舎で、自動車事故で亡くなっていますが、事故の跡地に残された石碑には、「古き良き西部の思い出に」といったセリフが刻まれているのだそうです。
トム・ミックスが、監督、演出、主演すべてをこなし活躍した無声映画は、1920年代はじめころのもので、彼はその中で、カウボーイ・ハットの原型といっていい、メキシカン・ソンブレロに最も近いカウボーイ・ハットのスタイルであるテキサス・スタイルの帽子をかぶっていて、これは今日では、「トム・ミックス・スタイル」として有名になっていますが、実は、西部劇映画が作られだした1920年代当時には、すでに、ホンモノの西部開拓時代は終わってしまっており、映画は「時代劇」として作られていたことがわかります。
西部開拓時代というのは、実際には20世紀初頭には終わりを告げていて、それはモータリゼイションの発達によるものだ、というのが通常言われていることだからです。
だから、実際に、1800年代にカウボーイをしていた経験もある、ホンモノの西部人だったトム・ミックスが自動車事故で亡くなったというのも、ある意味、歴史の皮肉かもしれません。
馬のない馬車、すなわち、自動車の発達とそれに伴う、舗装された道路に代表される社会基盤の整備は、馬の時代を一気に終わらせる力を持ったのですが、20世紀初頭をとっくに過ぎてから、西部開拓の終点であるカリフォルニアのハリウッドで作られた映画である西部劇は、すでに時代劇であり、すでになくなってしまった過去の時代を懐かしむものであったのです。



  しかし、その西部劇ですら、21世紀の今日は、「すでに絶滅したジャンル」であり、希にテレビドラマになったりはするものの、メジャーな映画としては、ほとんど作られなくなりました。カントリー&ウエスタンやブルーグラス音楽のファッションも、かつてのように、必ずカウボーイ・ハットを被っていたという時代ではなくなってしまったように思います。
また、カウボーイ・ハットを作る主な原料のひとつ、ビーバーやうさぎの毛皮が大変貴重で高値になり、なかなか思うように作れない時代にもなってきている。それにもかかわらず、今日でもちゃんと作られ、需要もある、というのは、カウボーイ・ハットが、「世界に誇るアメリカの伝統文化」になっているからではないかと思います。

 カウボーイ・ハットは、20世紀初頭からすでに、実用品というより、アメリカ人が誇りに思っている伝統文化のひとつとして、「古きよき西部」をしのぶ物として、また、古い西部を懐古的、感傷的な「作り事」にしていった幻想の道具として、その役割がシフトしてきました。
 しかし、だからこそ、いつまでもすたれない、アメリカの郷愁そのものとなっている、ということもできるのではないでしょうか。
西部開拓時代の作業用、カウボーイたちの欠かせない道具として大活躍したり、映画、音楽といった、アメリカの幻想の象徴であったりした、カウボーイ・ハットは、21世紀の現在も、需要量は減り、役割も変わってきていても、連綿と生き続けているのです。

GO TO HOME