8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.302

60年代のポップス・日本語カバー(女性歌手)

子供ぢゃないの、爺の頑固8鉄です。

60年代、わたくしが10歳以下だった子供時代ですが、
よくラジオから流れてきた流行歌に、日本語のポップスがありました。

そんななか、アメリカやヨーロッパのポップスを
日本語カバーしたものもかなりあった。

かたや、当時は本国でも、世界中の言語のバージョンを作るというのもあって、
特に、アメリカRCAは、そうした路線に力を入れてました。

ニール・セダカやコニー・フランシスなど、
同じ曲をたくさんの言語で吹き込んだりしています。

イギリスではペトゥラ・クラークもヨーロッパの
各国語で吹き込んでいた。

そういう意味では、言葉の壁を翻訳という形でアナログに取っ払う、
とてもインターナショナルな世界を実現していたのだと思います。

さて、今回は、日本の歌手、特に女性歌手に焦点を当てて、
欧米のヒットを日本語バージョンで吹き込んだ例をいくつかご紹介します。

1 トミー / 梅木マリ(松平マリ子)



トミーは、コニー・フランシスの持ち歌で、
1964年。梅木マリの日本語カバーも同年に出ました。

当時のよくある、ドゥーワップベースのティーンポップで、
オリジナル版はモロにコニー節でありますが、
この梅木版はオリジナルに引けを取らない大傑作。

すごい歌唱力ですが、当時、中学2年生だったらしい。
ちなみに、シングルのB面曲で、A面は、イギリスのミリー・スモールが
1963年に出して世界ヒットになった、ブリティッシュスカビートの古典、
「マイ・ボーイ・ロリポップ」です。こちらも伝説的傑作。


2 さらばジャマイカ (Jamaica Farewell) / 沢たまき グリーン・アイランド・オーケストラ



沢たまきといえば、昭和世代には懐かしい、
東京12チャンネルのお色気サスペンス「プレイガール」のおねいさま。

もともと歌手で、こんな粋なカバー版も。
ハリー・べラフォンテで有名な、ジャマイカソング「さらばジャマイカ」ですね。

その後、参議院議員となった人です。
昔の女性芸能人、参議院入りした人多し(山口淑子=李香蘭)など)。
現在も三原じゅん子がいますよね。


3 可愛いベイビー/中尾ミエ&ザ・ブルー・エンゼルス



欧米ポップのカバーで、すぐ思い浮かぶのが、中尾ミエ。
まだバリバリの現役ですし。

当時も子供心に記憶に残っているのは、この人と梓みちよです。
シングル盤も持っていました。

歌唱力は、なんといっても、抜群で、
歌手の中の歌手、歌い手の女王って感じ。

懐かしいだけでなく、いつまでも鑑賞に堪える
古典的傑作といっていいと思います。


4 恋と涙の17才/中尾ミエ&ザ・ブルー・エンゼルス



もうひとつ、中尾ミエを。
こちらは、レスリー・ゴアの持ち歌で、フェミニズム歌の元祖として、
物議をかもし、ヒットになった「ユー・ドント・オウン・ミー」がオリジナル。


5 夢みる想い (ノ・ノ・レタ)/梓みちよ



こちらは、64年のジリオラ・チンクエティ(イタリアの歌姫)のカヴァー。
梓みちよは、中尾ミエと並んで、和製ポップの女王。


6 ヴァケイション/弘田三枝子




弘田三枝子は、「子供ぢゃないの」(ヘレン・シャピロ)のカバーでデビュー。
和製ポップの元祖みたいな人ですね。

こちらは、コニー・フランシスのおなじみナンバー「ヴァケイション」。
コニー節をうまく真似てます。

バックのオーケストラも最高。オリジナルよりかっこいいです。


7 パイナップルプリンセス 田代みどり



こちらは、アネットの「パイナップル・プリンセス」(1960年)カヴァー。
歌ったのは、田代みどり。当時、なんと小学6年生。

「子供ぢゃないの」どころぢゃない、立派な子供です。

園まり、伊東ゆかりといった、女王クラスもいますが、今回はここまで!
では、また次回~

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