8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.276

頑固8鉄のOSHIGOTO短編小説 その3

てえへんだーっ



島末千之助氏は、まあ、ありきたりではあるけれど、
「しません」と呼ばれていた。

どんな組織にも、憎まれ役というのはつきものだ。
もっと、以前、小学校、いや、幼稚園時代に遡ってみたところで、
それは変わらない気がする。

クラス、学年にはひとりくらい、スケープゴートにさせるやつがいる。
人間社会の宿命なのだろうか。
人望があるというのが、子供心にもわかり、みなから慕われて、
自然とリーダーになるタイプ、おとなしくて、勉強ができるので、
そつなくこなすだろうと、学級委員にされてしまうやつ、
声がでかいだけなのに、みなをまとめられそう
だと先生が推すやつ、さまざまだ。

しかし、俺が俺が、とすぐに主張を始めるタイプは、
勝手にリーダーを気取るだけで、みなから疎まれる。

欧米社会ならどうかわからないが、かつての日本ではそうだった。
自己中ですべりまくるのが多いのだ。
シマセンがそうだ、というわけではないが、持ち前の明るさが逆効果になって、
ミスがあれば、面白い顔をして、「もうしません。」と言う、
そんな場面が似合うタイプに見えてしまう。名前との相乗効果だろうか。
なんで、親は千之助なんて名付けたのだろう。

根が明るそうなシマセンは、有明の現場で、最高位のフロアマスターだった。
大量募集で集まる大規模委託現場では、
所詮、複数の派遣会社のうち、1社のまとめ役に過ぎないが、
それでも、配下には、数百人のオペさんと、数十人のSVがいるのだから、
注目の的、そして、頼れるボスでなくてはならない。

本当のところ、それが理想ではあるけれど、普通の会社組織と違って、
しょせん寄せ集めの流れ者集団みたいなものだ。
シマセンは、はじめて研修の総括として壇上に上がったときから、個性豊かだった。
「僕はね、いい?うん、そうだな、これからみなさんと一緒に頑張っていくので、
なんでもわたしに相談してください。

うん。でね、まず、最初に気を付けていただきたいのは、
ロッカーのカギなんです。うん。」
うん、とうなずくのは、SVでもオペさんでもない。本人だ。

「いい、みんな。これだけは守って。廊下は走らない。うん。
転んでけがすると、大変なことになります。前にね、あったんだよ、うん。
で、僕が、責任をとらされたんだから。それはいいけど、みんなけがしたくないでしょ。うん。
だから気を付けてね。うん。」

子供会の先生ではない。彼は職場のリーダーのはずなのだが、
彼は、自分で自分に返事をしながら、さらに続ける。
「うん、そうだ。まず、朝はあいさつをしよう、そうだ、うん。そういうことが大切なんだよね、うん。」
子供会はますますエスカレートしていく。
「こんなにたくさんの人がいるとさ、まとめあげるのって、すっごく大変なんだから。
上のロッカーの人が扉を開けたままにして、その下のロッカーの人が立とうとしたのね。
上の開けた扉のアタマ、ガーン!もう、血まみれ。血まみれだよ、血まみれ。
うん。だから、そんなことがないように、ちゃんと扉は閉めなきゃダメ。わかった?うん。」

大変だった話も、次々に続く。
「個人情報が洩れると大変なんだよ。一番多いのが、封筒と書類を入れ間違えて送っちゃうやつ。
うん。そんなことがないように、マニュアルを作って、その通りにしてもらうの。
でないと、大変なことになっちゃうの。大変。うん。わかる?うん。」

自分で自分に頷く奇妙な癖もますます歯止めがかからない。
「カードキー。みんな、首から下げなきゃダメだよ。
ポケットにしまったりしたら反則だからね。うん。
これって、すごく弱くて、すぐ折れちゃったりするのね。
そうなったら、自分で弁償するんだよ。一枚5000円もするのね、
わかるよね、うん。そうだ。うん。」

シマセンは、一日中、こんなことを数百のオペさんに言い続けていたが、
ちゃんと聴いていた人は何人いたのだろう。
シマセンは、自分がしていることをどう思っていたのだろう。
仕事、といえば、それまでだ。好きでこんな話をしているわけではないだろう。
たぶん、「上のほう」から、これこれを周知しろ、と命が下っているはずである。

シマセンの言説がおかしいわけでも、悪いわけでもない。
仕事のやり方を自分で工夫する裁量権もないのかもしれなかった。
「上のほう」は、委託元、さらに、その上にある、「本当の委託元」であって、
だれがシナリオを書いているのかは、判りようがなかった。

みな、シマセンのいうとおりにするだけである。
それが、こういう軍隊式職場のしきたり、文化なのだ。

これまで、多くの体験をしてきたベテランマネージャーとして、
おそらく、シマセンの中には、数々の実例が刻み込まれている。
その中には、情報漏洩事故のような深刻なものから、
ノルマ未達成のプレッシャー、さらには、ロッカーの扉に頭をぶつけた事故、
カードキーの故障まで、すべて「実際にあったこと」なのだろう。

であれば、子供会の開催もやむを得ない。
大多数の働き手にとっては、意味のない周知でも、 1000人にひとり、
該当者がいえば、それは、周知せざるを得ないというわけだ。

逆に、大多数の人は、「あんな無駄なミーティングをし
て時間がもったいない」「毎日、くだらない指導ばかりでうんざり」
ということになるのだが。
言葉を駆使して、そのあたりのバランスをとるのが、腕の見せ所かもしれない。
しかし、シマセンにその腕前があるようには見えなかった。

島末千之助氏は、51歳、長崎県の出身であった。
父は、公務員、兄は地元に漁港に勤める事務員、弟は地銀の行員と
いう家庭であったらしい。
高校を出てすぐに、大手銀行に就職が決まり、
大阪支店を皮切りに、各地を転々としている。

バブル当時まで勢いのあった銀行は、その後、軒並み統廃合が相次いだ。
気が付くと、40代に入ったあたりで、自己都合退社し、

その後は、マネージメント能力を買われて、
派遣会社の無期契約社員となったという。
民間会社は、景気という名の気流にのった飛行機である。
乱気流に巻き込まれれば激しく乱高下する。墜落することは
めったにないが、それでも乗員は気が気でないだろう。

島末氏も、そうした乗組員の一人だったというわけだ。
大手銀行というジャンボジェットから小型の派遣会社に乗り換えた彼は、
その後、安定して低空飛行を続け、年俸制で雇われる、管理職の傭兵になった。
無期雇用のマネージャー職である。

最初に配属になったのが、有明の大規模事務センターであった。
今から8年前のことだ。
事務センターのオープニングであらゆることが起きることを知った彼は、
最初から詰め腹を切らされた。マスコミ沙汰になる情報漏洩が起きたらしい。

「50万通の紙の書類を事務処理することになった。
そのうち、ただの1通でもなくなったら、それは大事だ。
それが2通、行方不明になったんだよね。どこにいったか、探すのに、
1週間寝ずに頑張ったけれど、発見できなかった。

あらゆる場合を想定したけれど、結局、未解 決のまま。どう考えても、
悪意ある人物が持ち去ったとしか思えないんだ。」
司法が介入することもない。
ただ、マスコミに取り上げらたら、会社の評判が地に落ちる。
そもそもの委託元は、評判が地獄の底に落ちた後で、
その後処理のための事務センターだったわけだが、
委託先であった派遣会社はとうぜん、会社ごと首を切られた。
大口の仕事を丸ごと失った会社は、現場の責任者だった島末氏を首にした。

「デキン(出禁)になったの。それで、他の仕事に変わらざるを得なかった。」
その後に島末氏は、期間限定の派遣仕事やアルバイトを転々としたらしい。
そして、やっと、再びかつての派遣会社に復帰した。
細かな日々の努力が実ったということかもしれない。
それにしても、会社というのは、よくわからない。
経営陣も人事も、内部に入ってみるまでわからない。
島末氏がなぜ復帰できたのかもわからないが、とにかく、舞い戻ったマネージャー職を
うまくこなした後、かつて、彼を出禁にした因縁の案件の委託元が
発注する委託業務を任されることになったのだった。

そうならば、どうしたって、失敗は出来ない。敗者復活戦なのだ。今度負ければ後がない。
さすがに、明るい島末氏でも、ミスがないことを重視せざるを得ず、
いきおい、「これは危ない、あれはダメ、もしも、
なにかあったら大変なことになる。」と考えてしまう。

そして、いつもの朝礼が始まるのだ。
「いい、みんな、特にSVのみなさんには、注目してほしいことがあります。うん。」
うん、とうなずくことで、ひとつひとつ確かめながら、進む。自分で自分に念を押していく。
「こんなことがありました。込み合ったエスカレーターの中で、
押し合っていたら、ポケットにいれたキーカードが折れちゃったんだよ。
前にも言ったように、ほんとに、ほんとに、あとで大変なんだよ。うん、すごく、大変。」

記憶をたどっていくと、ひとつひとつの小さなトラブルが積み重なって、
責任者だった自分自身の仕事が加速度的に増えていき、
処理能力を超えて、彼自身をむしばんでいく、苦い思いにつながっていった
。まずは、小さなトラブルから起こらないように、十分に注意喚起しなくてはならない。
何度も何度も、水が土にたっぷりしみ込んで、根にまんべんなく届くように。

「ほんとに、大変だったんだから。あのとき、オペレーターのみなさんが、
十分に注意を怠らなかったら、そんなトラブルはなかったんだよ。いい、みんな。
特に、それを指導するのは、ここにいるSVのみんなだって、ちゃんと、いつも、
しっかり、意識していなくちゃダメなんだよ、うん。でないと、本当に大変。うん。」

雇われSVは、自給1700円そこそこで、オペレーターより100円高いだけだ。
それで、ここまで、毎日、ねちねちと同じことを言われ続けなくてはならないのか。
SV連中の不満は、それこそ、加速度的に増えていった。
「これは、みんなにも改めて知ってほしいの、うん。
以前、電話するときに、少し笑い声が聞こえたってクレームになって、
後処理が本当に大変だったんだよ。うん。」
「電話に出そびれて、なんで出ないんだって、クレームが来て、大変だったんだ、うん。」
大変だった事件話も加速度的に増えていった。

まるで、古い昭和の時代劇番組に出てくる、「いつも、てえへんだーっ」と
叫んでいる火消のようだ。そのドラマの火消は
ていへんなことを処理するのが仕事なのに、ただ走り回っては、
てえへんだーっと叫ぶだけの間抜けな役柄だったと思う。

島末氏は、それそのものに見えるようになった。
もう、しませんと揶揄された子供時代から今の今まで、
彼は、運命づけられたかのように、不遇な時期を繰り返した。
今は、ていへんだーっと叫んでいる場合ではないのだ。
いくら注意喚起したところで、起こるものは起こる。
それを起こさないためには、そういう、仕掛け、システムが必要なのだが、
彼はそれを作る立場にない。その中途半端な立場こそが、
シマセンの悲劇だ、と気づく人は少なくないだろう。

そうして、いつの間にか、島末氏は、再び、シマセンになった。
短く刈り込んだ髪は、かなり白くなり、もともとピッチが高い声質も、
朝礼周知で声を張り上げるたびに、より甲高くなっていく。

そして、不思議なことに、トラブルが起きそうになるたび、
彼の顔色は明るく輝いていくのだ。不遇なときこそ、持ち前の明るさを発揮して、
乗り切ってきた、その苦労は彼の顔からは読み取れない。皆の目に見えるのは、
なぜか、活き活きと「てえへんだーっ」と叫ぶ、ネアカの間抜けな、シマセン。

彼が、もう、しません、ではなくて、申しません、と言う日は来るのだろうか。
なにも申し上げることがない、平穏な日々が来たとき、
彼の顔は今のように明るく輝いているのだろうか
。それは、シマセン本人にも、わからないに違いない。

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