8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.275

頑固8鉄のクリスマス特別編 ドゥーワップ短編小説

恋のモールス信号




聴きながら、お読みください。

「ゼアズ・ア・ムーン・アウト・トゥナイト」 1960
ニック・サンタマリア&カプリース



「モールス・コード・オブ・ラブ」 1982
ニック・サンタマリア&カプリース



「ホント偶然なの。」

今日は、クリスマスイブだ。
アニーは、赤毛の太った女性で、39歳になる。

「ニック・モレリを覚えてる? 彼とつい昨日、ばったり会ったのよ。」

アニーは、シャワーを出ると、バスローブを羽織った。

「こまねずみのニック? まあ、懐かしいわね。」

キャサリンは、アニーとは高校の同級生であり、今でも近所同士の仲良しだ。

「そう。チビでやせっぽちのおかしな人。
全然変わってなかったよ。あたしたちとは大違い。」

アニーは、もともと大柄で太めだったのが、離婚以来、
ますますお肉がついて、小山のようになっていた。

「あら、随分じゃない。まあ、お互い随分丸くはなったけど。」

キャサリンもかなり丸くなり、お互いにダイエット仲間を自認している。
キャサリンの亭主と息子は、今日はキャンプに行っているので、
アニーのアパートで一緒に食事をしようということになっていたのだ。

「でも、懐かしかったな。あの顔。」

アニーが夢見るような様子で言った。

「あらやだ、あんた、まさかあのチビ男と付き合ってた?」

キャサリンが笑った。

「あんたも、シャワーでも浴びたら?」

アニーはダイエットコークを開けると、キャサリンと入れ違いに、ソファに腰を降ろした。
そして、ずっと秘密にしていた、ニックとのツーショットを机の引き出しから取り出した。

……

ニックと初めて会ったのは、17歳の夏で、
彼は隣地区の高校から転入してきたのだった。
すぐ近くのアパートに越してきたモレリ一家の長男がニックで、
まだ小さい妹がいたはずだ。
ニックは、なかなかのハンサムで愉快なやつだったけど
小柄で、やせっぽちで、あまり友達もいなかった。
アニーも、全校でも有数の大柄な女性で、たいていの男は相手にしようとしなかったので、
仲良しのキャサリンと近くの食堂で、特大のホットケーキを食べるのが楽しみという生活だった。

キャサリンは、当時なかなかのスタイルの持ち主で、
フットボールチームのメンバーと付き合っていたのだが、
それがニックとの共通の友人だったので、4人でよくボウリングにいったり、
レストランにいったりするうちに、仲良くなっていった。
ニックは、小さいのに、笑っちゃうくらい大食らいだったし。
だけど、「並ぶとまるで、象とねずみね。」とキャサリンに言われて以来、
ニックとそれ以上の関係になるなんて想像もしなかった。
そんなこんなのある日に、アニーは、突然、
ニックから付き合いたいと言われたのだった。
そして、ある7月の、満月の綺麗な夜に、
彼女は、ニックと、可笑しくて、楽しくて、素敵なデートをした。
特大のホットケーキを食べた後、公園のベンチに並んで
腰掛けたニックに言われたことは、きっと死ぬまで忘れないだろう。

「僕は、おっきい女の子が好みなんだ。
君はいままで会った中で最高のガールフレンドだよ。」

「そのまん丸な顔が素敵だ。今日の満月みたいに、
特大のホットケーキみたいに綺麗だ。」

そして、二人は大笑いしながら、抱き合ったのだった。
端から見たらさぞ滑稽だっただろう。
ニックは象につかまってじたばたしているネズミみたいだったから。
ふたりはそれから、深い仲になって、こっそり付き合っていたけど、
間もなく、別れの時が来てしまった。
ニックは、法律の勉強をするため、
ニュージャージーの大学に進学することになったのだ。
離ればなれになっても、連絡をとりあっていたものの、
いつしか記憶は薄れ、会うことも滅多になくなり、
やがて、潮がひくように、ふたりは別々の道を歩むことになった。
その後、ニックが再び登場したのは、アニーが、23歳のときで、
友達から紹介された大男と結婚しかかっていたときだった。
ある日、アニーの自宅に電報が届いたのだ。

今、帰ってきた。
今度はニューヨークで仕事する。
今でもひとりなら、僕と一緒に行かないかい?
素敵なお月様、僕のもとへ帰っておいで!
いつものダイナーで待ってるよ。

ニック

半信半疑のアニーはニックに会いにいかなかった。
そして、その彼氏と結婚して、大間違いをしたことに気づいたのだった。
そいつがでかいだけのでくの棒だと気づくのに半年もかからなかった。
結局、結婚生活は5年しか続かず、アニーは勉強しなおして、
デイケアセンターで福祉士になって生計を立てるようになってから、10年がたっていた。

……

「それで、彼、どうしてるって?」

シャワーから出たキャサリンが、体を拭きながら体重計にのり、ため息をついた。

「それがね、全然話しもなにも出来なかったの。彼、大急ぎで行かなきゃって。」

アニーはそそくさと写真を机にしまい込んだ。

「なにかあったのかしら?」

「妹さんがいたじゃない? 子供が産まれそうだから、って。」

「ああ、そうか。ニコルね。あの子は結婚して隣町だわ。おめでただったのね。」

キャサリンは、学校の教師をしているので、よく知ってるらしい。

「だから、話もなにも出来なかった。とにかく連絡先を教えろっていうから、メモを渡したわ。」

アニーは、ダイエットコークをもう一本開けながら言った。
「彼、まだ独身かな?」キャサリンは、体重計が気に入らないらしく、何度も計り直している。

でも、結果がかわらないことを確かめると、冷蔵庫からダイエットコークを出してきた。

「まさか。あたしたち、いくつよ? 彼は、きっとニューヨークで弁護士をしてるわ。
きゅっとお肉のしまった美人の奥さんと子供がたくさん。きっとそうに決まってる。」

その時、ドアフォンが鳴った。

「今頃誰よ。」アニーが出ると、電報だという。

「電報? なぜよ? なぜ電話じゃなくて電報?」

ふたり怪訝な様子で顔を見合わせた。

アニーが出ると、本当に電報の配達だった。
「まさかね……。」アニーは電文を目で追った。

メリー・クリスマス! 
やあ、綺麗なお月様!
もうひとまわりおっきくなって、ますます素敵だ!
まだひとりなら、僕のもとに帰っておいで!
明日、7時に待ってる。
いつものダイナーで特大のホットケーキを食べよう!

ニック

「やった!」
アニーが飛び上がって、床がどしんと地響きをたてた。

「ねえ、キャス。あたしみたいな象、いや、もうブロントザウルスね、
そんな中年女に、夢のような夜が、また巡ってくるなんて、そんな話ってあり得ると思う?」

アニーの丸い顔に満面の笑みが広がっている。

「なによ、あなた! どうしたの? 光り輝いちゃってるわよ!」

キャサリンが、あっけにとられている。

アニーは、手にしたダイエットコークを、
初めてみるおぞましい代物のような目で見ると、ドクドクとシンクに流した。

「サラダだけの晩御飯で、おなか減ったわ。キャス!
 今から特大のホットケーキ食べにいこ!」

窓の外は、特大の、綺麗な満月だった。


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