8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.272

頑固8鉄のOSHIGOTO 短編小説 その1

メルセデス・ベンツの夢



森谷さんは、大手のチカラ酒造に勤めていたそうだ。
チカラ酒造は、昭和の時代、その名のとおりスポーツマンを好んで採用することで
有名だったのだが、それは森谷さんの体躯を見ても納得できた。

学生時代はラグビー部で活躍し、その酒豪ぶりから酒造メーカーに入社したという、
分かり易い経歴の持ち主である。
63歳という年齢に似合わないがっしりと発達した肩、
下半身がヒョロヒョロに見えるほど分厚い胸板で、ふさふさの髪の毛も真っ黒だ。

こちらは、まあ、染めているのかもしれないが、鬘ではないだろう。
長年、友人たちが知らぬ間にカツラ化していくのに気づいてしまうと、
地毛であるかウイッグであるか、ヘアーピースであるか、見た感じで判るものだ。

天然パーマの髪の毛の下の顔はマスクでわからなかったが、
少し親しくなり、ランチを共にしてマスクを外した顔は、なかなかの二枚目であった。
いまならイケメンというのだろうか。

ハンサムという言葉もあまり聞かなくなったが、死語なのだろうか。
古い例えで昭和世代にしかわからないかもしれないが、
かつて渋さで売った俳優の天知茂に似ている。

ただ、目が鋭くない。眼光の鋭さ、狡猾さが全く感じられない。
ギョロリとした大きな目には、厳しさでも優しさでもない、
強い意志と天性の明るさのようなものが感じられた。
意志強さは少し度を超えていて、狂気っぽい感じもした。

顎が割れているというのもポイントで、見ようによっては、
有名タレントの某のようにコミカルにも、また、レスラー体型と相まって、
強面にも見える、特徴の際立った顔である。

生温い空気が有明ドックの海風に混じって漂いだした3月半ば
東京ビッグサイト近くのオフィスビル2階にある小ぢんまりした町中華で
五目焼きそばをかっこみながら、森谷さんは突飛とも言える身の上話を始めた。
その様子はほぼアッケラカンとしていて、ホラ話なんじゃないかと思えるほどであった。

「自分は、店やってたんですが、潰れちゃって。」

モグモグと焼きそばを喰みながら、事も無げに言う。
なんでも、都心のど真ん中にワインバーを持っていたらしい。
それも、千代田区、皇居が近いオフィス街、半蔵門だったらしく、
それだけで庶民離れ、浮世離れした話なのは間違いない。

「超一等地じゃないですか。それがどうして、また。」

ちょっと度肝を抜かれた私は、話を続けてもらうよう、興味深い様を示した。

「自分は、もともとチカラ酒造なんです。」

誰でも知っている有名企業である。
経験を活かして脱サラし、バーオーナーを目指したらしい。

「それが、コロナでダメになっちゃったんですね。もうー、どーしよーもないっすね。」

会社員時代に培った、飲食店人脈を活かして、間違いないと思われる立地を確保し、
隙のない資金計画を立て、30年努めた退職金と貯金を全て注ぎ込み、
銀行の融資も受けて、オープンした10坪ほどの小さなワインバーは好評で、
一気にリッチな上流階級に上れると多いに期待をしたそうである。

もともとの地主でもないと無理そうな一等地の店舗経営を軌道に載せたというのは、
凄い手腕である。そんな剛腕が派遣仕事をしているのには、
なにか深い事情があるはずだ。そうでないと説明がつかない。

さて、場所が場所柄だけに、客は大使館のお偉いさんを中心とした上流階級ばかり。
舌の肥えた上客相手に商売するにあたり、
会社員時代に趣味を兼ねて取ったソムリエ資格も活きた。もちろん、調理師免許も持っている。
そして、なによりも大切なのは、不動産屋との駆け引きらしい。

「家賃さえなければ、飲食店なんてなんとかなるけど、みんなが思っているほど儲からないっす。」

半蔵門あたりだと、いくら小さな店でも日本一地価が高い物件に近いのでないかと訊いてみると、
それはそうだが、古くからの知り合いの不動産屋が破格の格安物件を持ってきたことが、
バーオーナーを目指したキッカケだったそうである。

そういう店舗物件が見つかったら教えてくれと昔から言ってあったらしい。
そういう立地だと、まさにリッチ立地で、上品なお金持ちしかやってこない。
はっきり言わずとも、その手の客は、接待を中心に動くし、
体裁を保つためにも財布の紐がとんでもなく緩い。

で、実際に思惑通りになった。これはうまくいった、成功だ、と有頂天になった。
半蔵門隣の三番町に高級マンションを借りた。
そして、いつか乗ってやろうと思っていた、メルセデス・ベンツの最高級クラスにも乗れると夢を見た。
いや、夢がほぼ叶うところまでいったそうである。
焼きそば食い終わって烏龍茶を啜りながら、温和な森谷さんは突然目をひん剥いた。

「それがあのバカウイルス野郎がよおお」

すぐににこやかな顔に戻して、というわけなんです、と突然話しを終えた。

「もう少しでベンツだったんだ。」

ぼそっと言った時、大きな眼が下を俯いて白目勝ちになった。
少し不気味な哀愁が漂った。
その後、たびたびランチタイムに、森谷さんはこの中華屋でポツリポツリと続きを話してくれた。

すごく運のいいことに、閉店した店は大金持ちの経営者(麹町の地主だという)に買い取られた。
初期投資分はすべて失ったが負債はない、唯一負債として残ったのは、
高級ワインの在庫で、1本数十万円というビンテージワインもたくさんあったが、
業者に買い叩かれた。400万相当だったのが20万かそこらだったと言う。

「とにかく、思ったよりも多大な債務を抱えることなく終えられて運がよかったです。」

それは、よかった、では、借金を少しづつ返済しつつ、普通にフルタイム派遣仕事で、
なんとか生活していければいい。
あと一息で年金生活、それまでの辛抱ではないか。わたしと同じようなものだ。

「でもね、女房と別れちゃったんです。」

森谷さんは、麻婆豆腐をすいっと上手に掬ってたいして熱がりもせず、
淡々と口に運びながら大したことではないという風情で言った。
それはまた、どうしてか、私は尋ねた、というより、
尋ねて欲しくなければこんな話はしないだろう。

「わたしは、月々安定した収入を得られるサラリーマンと結婚したんであって、
退職金注ぎ込んで店始めるような人とは
暮らせないって言うんです。」

ということは、店が失敗する前に別れてしまったわけだ。

「そうですよ。だから、見返してやりたくて頑張ったんです。」

ところが、バカウイルス野郎が、である。
それは、不幸だ、でも養う家族がいなくて余裕が出来たという、
ポジティブな見方だって出来るかもしれない。

「住宅ローンがあるんです。」

こりゃまたどうしたことだ。それがあったか。

「自宅は別れた女房にあげたんですが、ローンが65まで残ってまして。」

森谷さんは、全部打ち明けてすっきりしたのか、初めからなんとも思ってないのか、
この話をあちこちでするのに慣れっこなのか、にこやかな笑顔のままよく通る声で続けた。

「ローンもあるし、生活費も渡してるから、もうほんとに、苦しくって。」

と言っても、苦しそうな表情が全く見えない。
もしかして、このオヤジはホラふきなんじゃないか。
それは大変ですね、としか返す言葉がなくなった。
しかし、そうすると、森谷さんはどこに住んでいるのだろうか。
三番町のマンションは賃貸料が高すぎて、派遣の給料で払えるはずがないし、
どこか知らないが自宅は奥さんと子供が住んでいる。

「わたし、今は、実家暮らしなんです。川崎なんですけどね。」

森谷さんは、あっという間に麻婆定食を平らげた。
なるほど、資産があったか。では、そのうち資産家ですね、と、
森谷さんの口に、掃除に吸い込まれるように食事がなくなっていくのを
私はぼーっと眺めながら、訊いた。

「いえいえ、妹と分けなくちゃならないですし、地上権なので、土地は持ってないんですよ。」

大変な境遇なんだな、でも、きっと、逃げ口があるはずだ
、と切り返す度に、それもダメあれもダメと切り返される。

「でも、あれこれつなぎ合わせるとなんとかなるんじゃないでしょうか。」

森谷さんの天性の明るさ、楽天家ぶりがそうさせるのかとも思ったが、
ほとんど知りもしない、初対面みたいなオヤジに包み隠さず話すのも、
考えてみたら不自然である。かといって、なにか嘘を言って得をするわけでもないし、大ぼら
吹きはなんとなくわかるものだが、そんな人にも見えないのだ。

たぶん、この人は「部分的なほら吹き」だろう。
あれこれ、事実を述べていても、述べていない部分に実は、
みたいな部分が隠されているのだ。
それを知るすべもなければ、知る必要もない。
なにしろ、わたしは、彼にとって、派遣で袖触れ合った仲間程度の存在
なのだから。

わたしは、思い切って、本当の話なんですか、嘘言ってません?と訊いてみた。

「全部、ホントです。」

その表情を見れば、きっと、たいていの人が信じるだろう。わたしも信じた。
そういう人生だってあるのだ。波乱万丈の人生。
むしろ、わたしの人生を振り返って、彼の人生と比べてみたら、
その平坦さに恥じ入る気分になるかもしれない。

冒険心がない、無難な人生。
徐々にダメになっていくじり貧という言葉が浮かんで、わたしは自分で自分が嫌になる。
苦いものが口の中に広がるようで、わたしは考えるのを止めた。

森谷さんとは、その後、有明の夜の街に繰り出して、飲みに行くようになった。
夜の江東区といっても、再開発された有明地区は、
古くからある東京下町とはまったく違う、昭和半ばころに手塚治虫
が描いた未来都市の中途半端版、みたいな場所である。
見渡しても、店、などというものは、ほとんど見当たらない。
どこもかしこも、バカでかいガラスの箱がならんでいるだけである。

そこで、力を発揮したのが、森谷さんのアルコールコネクションだ。
このあたり、昔、営業で回った飲食店があるはずだ、という。
オフィスビルの中に取り込まれて、どこにあるのかわからない。
携帯で検索するとすぐにヒットした。

「もうー、研修からしてバカ。」

森谷さんが、ジョッキを一気に3分の2飲み干して、
くあーっと満足の雄たけびのあとに、これから始まる愚痴大会の
口火を切った。
職場において、いの一番に「こんなところ、やってられっか。」と言い出したのが彼である。
ほかにもいるにはいたが、度を越したのか、本当に即解雇になってしまい、
大人な対応をするごく普通のメンツの中では、
彼がみんなの思いを代表するかのように言い出したのだ。
これには、様子をうかがっていた、他のなんにんかが追随した。

のちに、一気に半分以上のSVが抜ける口火を切ったのが、
ほかならぬ、森谷さんだということになる。
他のSVにも、上司にも、オペさん(オペレーター)たちにも、
好かれているし、どこかとぼけた情けない感じの立ち
振る舞いでなにを言っても憎めないキャラを演じていた。

「とにかく、仕切りがなってないっ。やり方がわからないんだな。
あれは。研修するやつをいちから研修するやつが必要なんだな。」

怒っている、というのではない。彼は多いに楽しんでいる風情であった。
愚痴を言うのは誰でも楽しいが、森谷さんの
場合は、さらに建設的な愚痴になっていく。

「まず、第一に、元請の構築屋が骨組みすらぐらぐらな構築状態で
大勢の労務者を雇い入れて工事を始めたら、どうなるか。
全体がすぐに倒れてしまいますよね。」

つまみのフライドポテトをバクバクと口に放り込みながら、話し出す。

「生おかわり!」

最初の一言でもうお代わりに突入するので、
少なくとも私以上の呑み助なのは間違いない。
彼のいうことは、特別なことでもなんでもなく、
長年社会人をやってきたわれわれ世代サラリーマンには、ある意味、
常識的な組織論なのであって、それすら出来ていない今回の現場にあきれているわけだ。

しかし、彼の歯切れのいい、かつての某有名アナウンサーに似た、
よくとおる声で話されるとなかなかの説得力である。
知らず知らずに引き込まれてしまうのだ。

「最初の段階で、現住所が不明であるとか、
口座が代わっているとか、申請番号なんか忘れちゃってるだろうとか、
そんなこと想定して動くのが当たり前。それすらしないで走るなんて馬鹿なんてもんじゃない。」

「まず、すべての不備を想定したうえで、いかに不備にしないで
通せるかを考えるのが構築ではないか。」

次々に歯切れよく飛び出す改善案はまさしく当を得ていて、感心してしまった。

「チカラ酒造では、そういった仕事もしてたんですか。」

「いや、そんなことは世間の常識レベルじゃないですか。
わたしがやってたのは、営業ですよ。たいしたもんじゃない。」

酒が進むうち、話題は、われわれ共通の年金問題へ移る。

「わたしは、年金が少ないんですよ。日本の年金が少ない。」

彼は、国外、アメリカとヨーロッパ勤務が長かったのだという。
海外の年金はまた別だがたいした額にならないらしい。

アイルランドでは、ウイスキー醸造所の所長をしていたのだと言った。
香港とシンガポールでも仕事をしていた。
かなりの国際的ビジネスマンだったのだ。
やはり、並みのサラリーマンではなかった。

さて、この職場は、400人もの臨時雇いがたいして大きくもないオフィスビルの
たいして広くもないフロアにひしめき合っているうえに、エレベーターが2機しかない。
18時にいっせいに帰るために、エレベーターは長蛇の列となる。
並んでいる最中に、少し仲良くなったオペさんの高松さんは、
森谷さんチームの人であった。そこで、今度、森谷
さんともども飲みに行こうということになった。

いつもの通り、森谷さんとの会合場所「築地生垣」で待ち合わせし、
高松さん、彼女と仲がいい中川さんと先に飲んでいると、
あとから森谷さんは、ガニ股でおかしな歩き方でやってきた。

「いやいや、お待たせしちゃって。
ちょっと尿漏れがひどくて。ごめんなさい。」

それほど親しくもない女性オペさんの前で、尿漏れがひどくて、
と笑いながら言うところがいかにも森谷さんらしいのだ。
わたしだって、小便は近くなる一方で、しまりも悪い。
しまったあとで、ズボンにどば、と出てしまい、濡らして歩くのはもはや日常茶飯事だ。
あらためて、ワインを飲もうという段になり、森谷さんが「わたしが選びます。」という。

「わたしはソムリエなんですよ。」

女性陣は、驚く。そして、彼は、ワインバーのオーナーだったこと、
失敗していろいろあってここで働いていることなど、あらましを語った。
女性陣は、滅多に聞かないような、珍しい冒険譚でも聞かされたかのように、
すっかり感心して聞き入っていた。

まてよ、と私は思った。これってもしかすると、もしかするのではないか。
この話、嘘ではないだろうが、あちこちでしているのでは。特に女性陣の前で。
もしかすると、実は、離婚の原因は、店舗経営が原因ではないのでは。
そんな疑念がふと浮かんだけれど、森谷さんは、
そんなわたしのつまらぬ邪推など関係なく、以前、一度聞いたよ
うなセリフで締めくくったのである。

「あと少し、あと少しでメルセデス・ベンツに乗れたのに。」

森谷さんの、あのあっけらかんとした明るさはその後もそのままであった。
無難なサラリーマン、無難な年金生活、暇な高齢者として公園で
日がな鳩に餌をやる、そんな生活でいいんじゃな
いか、というベーシックな部分をまるごと賭けて、職業生活のラストは花道で飾りたい。
セレブな人生を手に入れて、最後には笑いたい。

誰でも思うけれども、実際には行動できないことをやってのけて、
成功間際で足を掬われた森谷さんの、あの明るさはどこから来るのだろうか。
がっかりして暗く沈んで厭世観にとらわれても何の不思議もないではないか。あの
パワーはどこからくるのだろう。
わたしは、ある日、なにげなく、訊いてみたのである。

「なんだかね、もし、成功していたら、今、案外つまらないかもしれないです。
金持ちのタイコもちのクソ野郎に
なってるかも。それに、やろうと思ったことをやった。

結果、ダメでこんなザマだけど、でもやったんですよ。
運が悪かったけど、それは嘆いても仕方ない。
なんだか、すっきりしました。ダメだったけど、それでもね。」

ニッと笑った彼の笑顔を見て、その歯が健康的に真っ白なことに、
そのときはじめて気が付いたのである。

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