8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.269

頑固8鉄のOSHIGOTO

OSHIGOTO NO. 17 派遣社員(2023)
「ジャズの田舎道ー印旛郡栄町役場」




7月の暑いさなか、東雲を後にしたわたしは、快適な自家用車通勤に切り替えて、
40分ほど走ったところにある、栄町の派遣仕事に向かった。

電車で通うものかと思っていたのだが、本数も少ない場所なので、
自動車で通ってほしいと、町からリクエストがあり、結果、自家用車通勤となった。

ナビに任せてみると、普通に印西市を経由していく県道64号ルートと、
印旛沼公園から先はほとんど信号がない、県道12号ルートがある。
どちらも渋滞が少ない。平日の千葉ニュータウンはガラガラである。

千葉ニュータウンはのっぺりとした起伏のない北総台地のため、
まるでアメリカ郊外のような作りだ。

道すがら聴く音楽は、ビバップがよく似合った。
わたしの好みはテナーサックスのデクスター・ゴードンだ。
一番似合っているのは、アルバム「GO」に入っている「チーズケーク」。
あの豪快で、シンプルなサックス流麗なバッキングのスピード感は、
意外なほどマッチしていた。

実際に通い始めてみると、驚くほど働いてる感が減る。
千葉のような近郊で、不動産屋がよくいう
「東京まで1時間足らず」というのは嘘ではないが、
それは乗車時間だけの話で、乗り継ぎに要する殺人的な混雑や徒歩で要する
時間を勘定に入れていない。

東京への通勤電車がないだけど、ストレスが半減するのではないか。
車で40分くらいだと、18時にはもう風呂に入ってビールを飲んでいる。
2023年の関東は記録的な殺人熱波であった。
古い庁舎は冷房がまわらない。内部で効くところと効かないところがあるのだ。

「今日も暑いね。こんなに冷房が効かないと労働災害だな。」
「なんとかならないんですかね。」
「冬は、もっと酷い。暖房が効かないんだ。」
「この年代の庁舎だと仕方ないのかな。」
「いや、このフロアは使われていないからじゃないか。」

古い庁舎の会議室を即興で切り替えた事務室には、
リーダーとわたしのふたりしかいない。

外からせみ時雨が聞こえてくる。

「まあ、昭和の夏を思えば。扇風機が回ってるっていう。」
「風鈴でもつけるか。」

「ごめんください。どなたかいますか。」
「おはようございます。いかがされましたか。」
「ちょっと書き方がわからないんで、持ってきました。」
「わざわざいらしていただき、ありがとうございます。」
「いや、なに、すぐそこなもんだから。」

田舎の小さな町らしい、やりとりが続く。

ある日、蝉が迷い込んできた。
力尽きたのか、窓枠にしがみついて、動かない。
蝉は、幼虫の期間、地中で7年過ごすと聞いたことがある。
陽光輝く地上に出てからは、1週間もしないうちに死んでしまう。

事務室の窓近くに設置された巨大なホワイトボードを動かして隙間をつくり、
窓を開けて蝉をつつくと、はっと目が覚めたように開け放った窓から飛び出していった。
抜けるような青空をまっしぐらに飛んでいき、あっという間に見えなくなった。

小さな町の給付金の事務は、人口が少ないこともあり、
2週間ほどでほぼ終わってしまう。
三か月の契約期間のうち、それ以外は徐々にフェードアウトしていき、
1か月過ぎるころには、あまり仕事がなくなる。
わたしはほぼ、ワンオペになった。
リーダーは、町役場職員に交じって1階の本課に回るためだ。

元大手銀行員だったリーダーとは、
最初にどんな人生を歩んできたのか、同年配として話をした。

出身、経歴はさまざまでも、現役引退後のさまざまな派遣仕事、
アルバイトの苦労話は、似たようなものである。
やはり、民間のお堅いところ出身者は、しっかりしているが、
お役所ほど杓子定規でもない。
仕事の流儀は違っても、あまり深入りもせず、仕事仲間としての立場を守って、淡々とこなす。
そういう人は仕事をうまく回せる。

8月の猛暑も、9月に入ると少し和らぎ、気が付くと、
ずいぶん日が暮れるのも早くなった。
赴任当初は、6時帰宅後もまだ昼間のようだったが、
5時に仕事をあがるころには、もう暗くなり始めている。

せみ時雨も止んで、コオロギの鳴き声に置き換わっていった。
帰路の県道12号も、少し寂しげなバラードが似合う。

9月の終わり、わたしは仕事を終えて、次の仕事に移る。
自動車がすれ違うのも困難な幅員が多い古い県道12号は、
近々、付近にバイパスが開通する。

もうこの町に来ることも、この道を通うこともないだろう。

デクスター・ゴードンがたっぷりと間をとって寂しげに吹く
「ゲス・アイル・ハング・マイ・ティアーズ・トゥ・ドライ」が、
千葉の田舎道を違う風景に変えていった。

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