8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.249

頑固8鉄版「男はつらいよ読本」その5

頑固8鉄の「男はつらいよ」作品集 (中期))



第10作「男はつらいよ 寅次郎夢枕」(昭和47年)

落語みたいなノリの御話、第10作「男はつらいよ 寅次郎夢枕」(昭和47年)は、
寅さんが振られない話として有名だが、よく観ると、そもそも寅さんは
マドンナ(幼なじみのお千代さん。八千草薫)に恋しているわけではない。

お千代さんにゾッコン恋して参ってしまったのは、御前様の親戚でとらやに
下宿していた東大教授(米倉斉加年)。寅さんは、この不器用なインテリ、というか、
専門バカを面白がってからかいながら、いつしか同情して仲を取り持とうとする
キューピットの役回りだった。

まさか、キューピット自身が射止められてしまうなんてウソみたい、
という、軽いタッチの喜劇に仕上がっていて、終始楽しく観ることが出来る。
美しい八千草薫が素晴らしいが、特筆すべきは、だいぶ世間から
ずれている天才物理学者を演じた米倉斉加年。

この人、俺が子供の頃、テレビで観て大好きだった夏目漱石原作の
ドラマ「坊っちゃん」で赤シャツ教頭を演じ、強烈な印象を残していた役者さんだ。
坊っちゃん役は竹脇無我。狸校長が松村達雄で、この作品でも顔を合わせること
となった。第10作は、森川信から引き継いだ松村おいちゃんの2作目にあたるのだ。

頭のいい、世間から見れば超エリートの専門バカが恋に落ちて無様にコケるのが
可笑しいのだが、寅さんはそんな男にも深く同情し、一肌脱ごうとするあたり、
やはりどこか大人物なんだろう。綺麗事でもない、泥臭い人間関係の中に
寛容さがあった昭和らしい心意気が懐かしい。
ちなみに、米倉斉加年はのちの第34作「寅次郎真実一路」でも
主役級の行方不明になるエリートサラリーマンを演じた。

遠距離通勤と激務で鬱病になる役柄で、正反対の呑気な風来坊、寅さんとの
デコボコ道中を描いていた。どこかエキセントリックな人を演じるとピカイチであった。
絵本作家、画家としても高名だったが、2014年80歳で死去。



第14作「寅次郎子守唄」(昭和49年)

男はつらいよ第14作「寅次郎子守唄」(昭和49年)は、たまたまの厚意がなんの因果か、
赤ん坊を預かることになってしまった寅さんのドタバタが描かれる。
で、赤ちゃん絡みで知り合った看護師(十朱幸代)に惚れてしまいつつ、
思わぬ展開で彼女に思いを寄せる工員(上條恒彦)のキューピットになってしまうという、
明るいタッチの喜劇だった。

とりわけ可笑しいのは、上條のことを、「髭中顔だらけ」といってしまう、
レアなおばちゃんギャグ。
「男はつらいよ」は、ディティールが実によくできていることを改めて
痛感させられる作品でもあった。
俺も将来のことを考えて貯金してるんだ、という寅さん。これ、とっとけよ、
と渡されたさくらが通帳を見ると7000円しか入っていない。
でも、通帳の名義が、諏訪さくらになっている。
苦笑しながら涙ぐむさくら。これは泣けるシーンだ。

前半、経営者の苦労も知らないで、とさんざん喧嘩したタコ社長が、
失恋した寅さんに、つらいだろうな、と同情の声をかけると、
寅さんが「社長の銭金の苦労にくらべりゃ、俺の色恋苦労なんて屁みたいなもんよ」と答え、
タコ社長が思わず号泣するシーンも素晴らしい。

さらに、親に返した赤ん坊と旅先で再開する寅さんの笑顔の神々しさは凄い。
渥美清がなぜ国民的人気があったのかつくづく解ると思う。

十朱幸代は、本当に可愛らしくて強い下町の看護師を演じて絶品であった。
また、赤ん坊を引き取る心優しいストリッパーに春川ますみ。
TV版時代からの常連が花を添えている。



第17作「寅次郎夕焼け小焼け」は、シリーズのベスト作品と
推す人がとても多い、屈指の名作。
とりわけ、男はつらいよ、寅さん、を全く知らなくても、単体作品として楽しめる、
ミステリーではない、いい話版の「どんでん返しもの」として高い評価を得ている作品だ。

ある日、寅さんが、ひどい風体の無銭飲食老人を
助けるところから話が始まる。
実は、この変わり者の老人、日本画壇の最高峰、池之内静観。
寅さんが静観の故郷への旅につきあう。

そこで知り合った芸者の牡丹(大地喜和子)が詐欺師に騙され、
苦境に陥っていることを知り、救おうと必死の努力をするのだが、
法律の壁に阻まれてあきらめざるを得ない。ところが、因果が巡って、
誰もが膝を打つような、痛快な結末を迎える。

詐欺師に勝てず、泣き寝入りしなくてはならなくても、死に物狂いで救おうとする
寅さんとタコ社長の思いやりに、「もうお金なんていらん。私は幸せ。」と号泣する
牡丹に、「人の幸せは金で買えるのか」という普遍的で重いテーマが透けて見える。

鮮やかで、見事で、感動的で、胸がすくようなラストはあえて紹介しないが、
その鮮やかな幕切れは忘れがたいもので、ベスト作品というのもうなずける。
また、この作品の隠れた見どころは、静観を演じた宇野重吉と、
彼の若かりし日の恋人、志乃(岡田嘉子)との再会シーン。

「僕は君の人生に責任がある。」と告白する静観に、
「人生に後悔は付き物だ。」と諭す志乃の説得力はベテランふたりの
名演で忘れがたいものとなっている。
なお、きっぷがよくて、逆境にもめげずに明るく生きる牡丹を演じた大地喜和子は
正真正銘のはまり役名演だったが、惜しくも1992年、
若くして不慮の事故で亡くなった。享年48歳。



第18作「寅次郎純情詩集」はシリーズ中、最もメロドラマに寄った作品で、
余命幾ばくもないマドンナの心に寄り添う不器用な寅さんを描いた静かな物語。

昭和の、というより、20世紀を代表する世界的大女優のひとり、
京マチ子がマドンナ、柳生綾を演じた。おそらく、シリーズ通して出演した
マドンナ女優の最高峰だろう。エリザベステイラーが出演したのと同じレベルである。

シリーズ中、唯一、渥美より年上のマドンナ(当時、渥美48歳、京マチ子52歳)でもある。
前半の旅パートは、坂東鶴八郎一座との心温まる交流、無銭飲食で捕まる寅さんといった
コミカルな進行。後半は柴又の名家のお嬢様だった綾ととらやの人々との交流が描かれる。

本人には知らされていないが、病気で入退院を繰り返す
彼女は余命幾ばくもない。
箱入り娘で世間を知らないまま中年を過ぎた綾に好意を寄せ、近所へ連れ出し、
笑わせ、喜ばそうとする寅さんの努力を、ひとり事情を知るさくらが応援する。
明日、寅さんとどこへ行こうかなと夢見ながら死んでいく綾に人生の
はかなさが描かれるが、これは前半の旅一座が演じる
「不如帰」の伏線回収ともなっている。

綾が亡くなった後、柴又駅のホームで、綾とふたりで小さな花屋を営む夢をみていた
寅さんの独白を聞き、さくらが涙ぐむラストは、メロドラマとしての
男はつらいよが堪能出来る一番美しい場面だ。
綾を演じた京マチ子は、大女優の風格を保ったまま、
2019年、95歳の天寿をまっとうした。
また、この作品には、もうひとつ素晴らしいプレゼントが用意されている。
それは、綾のばあやを演じた、日本のおばあちゃんの代表、浦辺粂子。
作品に素晴らしいリアルさと暖かさを添えていて絶品であった。



第19作「寅次郎と殿様」は、シリーズ屈指の感動作だった第18作とは打って変わって、
ほとんど漫画チックと言っていい、明るく楽しい作品。
冒頭の夢で鞍馬天狗になった寅さんのズッコケブリがなんとも可笑しいが、
本編に、本物の鞍馬天狗が登場するのだ。

もちろん、アラカンこと嵐寛寿郎。四国の名家、世が世なら殿様という役柄。
宮仕えの従業員(家来?)が三木のり平という、夢のような配役である。
これだけで十分可笑しいが、そもそもアラカンのような超大物スタアに
自己パロディのような喜劇を演じさせること自体、山田洋次以外、不可能だろう。
なにせ、笠智衆にギャグを連発させるシリーズである。

殿様の願いは、亡き息子の嫁を見つけ、礼をいうこと。
寅さんは、殿様の純粋な願いを叶えるべく奮闘するというストーリー。
やっと見つけたその未亡人(真野響子)に惚れてしまった寅さんが、
いつものように失恋する。
よくある、寅さん話だが、アラカンの楽屋落ち的面白さで、
初期喜劇路線を彷彿とさせる愉快な作品。
三木のり平は、マーティフェルドマン並みの、これ以上ない怪演ぶりを見せてくれる。



第20作「寅次郎頑張れ」は、後期の「満男もの」のハシリとなった作品。
恋愛コーチとしての寅さんデビュー作といったところか。
また、前作の殿様同様、漫画チックな楽しい作品。
寅さんは、どちらかというと脇役に近くなり、冒頭にいきなり登場するのは、
とらやの下宿人、通称ワット君(中村雅俊)。

近所の食堂で働く秋田から出てきたばかりの娘(大竹しのぶ)に恋している。
とらやに帰ってきた寅さんが奥手なワットくんの恋愛コーチを引き受ける話である。
この若者二人の不器用ぶりが当時の時代を懐かしく思い出させる、
昭和世代にとってはなんともノスタルジックな一編だ。

とんだドタバタが展開し、後半、長崎の平戸でお土産屋を営むワットくんの姉(藤村志保)に
寅さんが一目惚れしていついてしまうが、このあたりは第5作の豆腐屋寅さんと同じ展開である。
相変わらず的外れな寅さんコーチなど実はいらない。
うまくいくときはどうしたってうまくいく、という、なんだか、身もふたもない話だが、
なにかのきっかけをつくるのがおせっかいな寅さんの役目だという感じは第一作の
さくらの件から変わらない。しかし、恋愛はきっかけこそが一番大切だ
というのは本当で、やはり寅さんはキューピッドなのだ。

そして、自分はうまくいかない寅さんはまたしても振られて旅に出る。
印象としては、寅さんの失恋もマドンナも比較的印象が薄く、
大きいばかりで気が利かなそうな中村雅俊と
純朴な大竹しのぶが強い印象を残す作品となった。

この恋愛コーチものは、第23作「翔んでる寅次郎」(布施明と桃井かおり)、
第30作「花も嵐も寅次郎」(沢田研二と田中裕子)、第35作「寅次郎恋愛塾」(平田満と樋口可南子)、
第37作「幸せの青い鳥」(長渕剛と志穂美悦子)に引き継がれていき、
第38作「知床慕情」でピークを迎える。なんと、ここでは、無法松
その人、三船敏郎と淡路恵子のキューピッド役に回るのだ。

そして、シリーズ終盤の第42作「ぼくの伯父さん」で、満男ものに移行する。

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