8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.171

テルのこと

「おい、こら。エイボウ。」
エイボウ、というのはわたしの子供のころの呼び名である。それも、友達ではなく、血縁専用の呼び名だ。
父がわたしのことをそう呼んでいたからだろう。
おいこら、などといういかにも戦中から昭和半ばにかけての匂いがする前振りでわたしを呼びつけるのは、
叔父連中か、かなり年上の従弟連中と決まっていた。
例外は、女性陣で、当時は控えめで女性らしい人が尊ばれており、男と同じような言葉遣いをするのは下品
とされていたから、わたしはたいてい本名プラスくん付けで呼ばれていた。歳が比較的近い従姉連中も丁寧
だったものだ。
ところが、テルだけはさらにその例外で、わたしをいつも「エイボウ」呼ばわりしていた。
6歳ほど年上の従姉にあたる彼女は、秋田に住む母方の叔父の子供で、三兄弟の末っ子であった。
兄ふたりは全く性格が異なっていて、長男は口達者で機転が利くがいつも仲間とつるんで遊び歩く不良、
次男はおとなしく勉強熱心で、のちに理科系の一流大学に通うインテリ系だった。
彼女自身はどうかというと、これがもう、長男とそっくりで、愛想はいいが表向きだけ、わたしのような
年下だの弱そうなやつには、いつも偉そうにふるまい好き勝手にやりたい放題の二枚舌女である。
むしろ、いざというときには頼りがいがある長男と違って、彼女は平気で人を裏切るので、
はるかに性質の悪いやつだったと言っていい。

とりわけよく覚えているのは、彼女の手の速さだ。とにかく気が短い。すぐに手が出る。
なにかささいなことで言い争いになろうものなら、すぐに鉄拳が飛んでくるのだ。予測がつかないので、
こちらはいきなりごつんとやられてしまう。
わたしが小学校高学年くらいなら「なにすんだよ!」と怒るし、中学生なら「おいおい!」と笑うこと
も出来たろうが、主にやられたのはまだ小学校2,3年のちびっこのときだ。
7歳かそこらのときに、中学生の大きなおねえちゃんに拳骨で殴られたら手に負えない。
わたしはよく「いたいよううう」と泣かされたものだ。
そして、いくらわたしが泣いても知らん顔で、彼女は妙にガニ股な小鬼のように「へへへへ」と
薄ら笑いを浮かべてすたすたすたとどこかへ行ってしまうのだった。



歳月を経て、テルは秋田から東京に出てきた。高校卒での集団就職、というやつだ。
当時は、東北新幹線などなく、上野着の夜行列車である。次男のほうはすでに東京の大学生であり、
学生寮に住みながらときどきわたしの家に遊びに来ていた。
さすがにこのときは会っても「こらエイボウ!」でごつん、はなかったが、人柄が変わるわけもなく、
いつものガニ股小鬼らしかった。
従兄のほうが丁寧な、噛んで含めるような物静かさでギターを教えてくれたり、英語や高等数学の
入り口を教えてくれたりしていたのとは大違いで、テルは相変わらずフーテンの寅さんのように大声
で憎まれ口をたたくだけである。

さらに驚いたことに、しばらくすると、彼女は目の周りをラメの入った緑色に塗りたくってきた。
70年代の流行りとはいえ、不気味であった。スリーディグリーズじゃあるまいし、日本人がしても
似合わない、がそんなことはお構いなしだった。彼女は大胆不敵なのだ。



「ちゃーーんと勉強してっかぁ?エイボウ!おれええ!」
といってこぶしで頭をグリグリする緑パンダ。
ところが、宿題をみせたりすると、彼女はスラスラ解いてくれる。頭いい、というより、年齢が違う
ので解けて当たり前なのだが、中学生の問題を解いてどうだあ、と胸を張る、その浅はかな態度が
いかにもテルなのだ。

そのうち、彼女はいつの間にか1年もしないうちに仕事なんかどこへやら、さっさとカレシを見つけて、
あれよあれよという間に結婚してしまったのだ。
よくよく見てみると、彼女は美人の類だ。ガニ股小鬼、緑のパンダはふつうににっこり微笑んで見せれば、
なかなかモテそうな女なのだ、と、わたしは中学生くらいになってやっと気が付いた。
それにしても、結婚相手の男はゲタみたいな顔だ。四角いゲタの中に顔の各パーツが端正に並んでいる
ような変な印象の男だったが、なかなか将来性のある家屋設計士で、いかにも誠実そうだった。
緑のパンダ小鬼はうまくたぶらかしたに違いない。わたしはそう踏んでいた。

何年か経ち、やがて子供ができてああしたこうした滑った転んだ、と人生は転がっていく。
私も転がっていき、疎遠になり、記憶にある限り、久々に再会したのはもうわたしが結婚するときであった。
式場でボーっとしていると、「とおれあっ!」といきなりパンチが横から顔をかすめた。
驚いて観るとテルである。
おまえは沢村忠か。
一男一女の子供らはすっかり大きくなっていた。



やがて、さらに年が過ぎ、彼女の兄でありわたしの従兄の娘の結婚式のため、娘を連れて秋田へ行った
ときに再びテルと再会した。
この時は彼女に会うまえにホテルのロビーで彼女の娘息子と偶然同席したのだが、びっくりするような
美男美女に育っていた。
やはりテルは美人なのだ。あのゲタも、ゲタみたいなところを除けば二枚目だし。
結婚式のドタバタの中、ちょっとした挨拶程度の再会だったが、思い返してみるとそれが彼女と会った
最後ではなかったか。

数年前だったと思うが、突然思い立って、テルに電話してみたことがある。
たまたま彼女の住む練馬に用事があったのだ。その際、どうだ、会わないか、と誘ってみたのだ。
答えは木で鼻を括ったようなものであった。「やだよ。」「どうして。」「あってどうする。」
「どうするもなにも久しぶりだろ。」「やだね。めんどくせえ。」
キリがないので打ち切ったが、わたしはあることに気づいて背中が冷たくなった。
わたしが「さあ、返ってくるぞ。」ととっさに思いついた返答が、そのまま返ってくる。
自分で自分に受け答えしているような、二重人格になったような奇妙な感覚。

そう、彼女はわたしに似ているのだ。
なんでいまさら、と思う。歳をとると人は似てくる、ともいう。
がしかし、そもそもわたしは彼女に似ていたのじゃないか。
気が短いところ、軽はずみで抜けているところ、テキトーで無責任なくせに気が小さいところ、
機転が利いて頭がいいが軽薄なところ、すぐにすたすたといなくなるところ、二言目にはめんどくせえ
というところ、などなどなど。

彼女は目の周りを緑に塗った私自身ではないのか。

彼女もとうに還暦を過ぎ、いいおばあちゃんになっているだろうと思うのだが、会ってみたい半分、
どうでもいい半分、という感じでいまだに新たな再会は見込めていない。
おそらくだが、テル自身もわたしと同じく、普段、わたしのことなど思い出しもしないだろうし、
次に会うときはどちらかの葬式かもしれない。わたしがもう少し熟考する真面目でマメな人間になれば、
彼女も勝手にそうなって案外スムースに再会できるのかもしれない。

親兄弟といった、血というのは不思議なものだ。
なにもしなくても、それほど親しくなくても、なぜか妙なつながりをほのかに感じさせてくれる。
遠くの親戚より近くの他人とはよく言ったものだが、遠くの親戚も案外捨てたものじゃないのである。



GO TO TOP