NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN Vol.285

 毎年恒例の当コーナー上半期の「云十年前のロック」、本年度第2回目は45年前(1973年)のロック・アルバム10選じゃ。
 ピックアップの段階で初めて気が付いたが、1973年に発表されたロック・アルバムには、わしのオキニが多過ぎた! まず20枚に絞り込もうとしたが、とても無理! セレクトに時間にかかり過ぎて締切りに間に合いそうもないので、ここはブリティッシュとアメリカンと2回に分けてご紹介することにする。 The-Kingも諸君も、相変わらずロックンロール・ファッションの王道をひた走っておるので、わしも旅ネタはちょっと封印しておいて、ロックネタを続けて少しでも諸君のフィーリングに接近しておかんとな!

 今回はまずブリティッシュ。 当年のブリティッシュ・ロックのレコード・リストの中で目立つのは、まずビートルズの赤盤、青盤じゃ。 それぞれアナログ2枚組のビッグなボリュームによるベスト盤であり、一時的にビートルズの再ブームが起こったような覚えもなきにしもあらず。 まあわしは多士済済なロックシーンの現状を追いかけることに夢中だったんで、ビートルズや各メンバーのソロ活動には興味が薄かった。 現実にはこの年にポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターが名盤を発表しておったが(ジョン・レノンは凡作)、当時現在進行形ではほとんど聞いてないので今回のセレクトではスルーさせて頂いております。
 ビートルズ以外で目立った形跡は、プログレ系の名盤が連発されたこと!反対にハードロック系に名盤はあまり見当たらず、ブルース・ロック系に至っては発表されたアルバムがラストもしくは、ラストを匂わす作品が多かったことじゃな。 そんな中から10枚を選んでみたので、どうかご賞味あれ。

2018年ロック回想録A 45年前/1973年のロック(イギリス編)
プログレに名盤続出!ハードロックは停滞、ブルースロックは終焉


1 ようこそ、夢ホテルへ! 2 両極ジャンルの壁をブチ抜いた快作 
グランド・ホテル/プロコル・ハルム   ■恐怖の頭脳改革/エマーソン・レイク・アンド・パーマー■
 67年の「青い影」の歴史的大ヒットで名高いプロコル・ハルム。 プログレ・バンドの中ではもっとも正統的なクラシック音楽の音色やムードを導入しておったバンドじゃ。 歌詞の意味はさっぱり分からんが、サウンドは大衆にも受け入れられ易い程よい品格に溢れておった。 この点では新進のピンク・フロイドやEL&Pも適わなかったものの、超絶テクニックや長尺な楽曲構成が評価と人気に直結した時代だっただけに、当時プロコル・ハルムは「時代遅れのプログレ」的な地位にあったことは事実。
 そんな少々の辛酸をなめていた彼らの意地が大爆発したアルバムが本作じゃ。 ゴージャスで起承転結の明確なアレンジ、口ずさめる美しいメロディ、メジャー進行とマイナー進行の徹底、一発録りの様な視界(聴界?)良好な録音状態、老若男女誰もが素直に耳を傾けることの出来る楽曲とプロデュースに徹底されている。 いわばプログレバンド的上から目線を、彼らの許容範囲ギリギリまで大衆レベルに近づけた方針によって生まれた名作じゃ。

 超一流ホテルの中で豪華な食事をしたり、ビンテージ・ワインをたしなんだり、優雅なワルツを踊ったり、上質なベッドやソファでくつろいだり、庶民がほんのひととき日常を忘れて上流階級の世界を堪能できるような、夢と幻想に浸ることが出来る楽曲ばかり。
 あまりにも美しいアルバム構成だけに、「オペラ歌手にでも歌わせた方がよりスケールアップしたんじゃないか?」とも思えたが、それをやっちゃうと上品過ぎて大衆支持は得られなかったじゃろう。 キース・リードのボーカルが、本作に限って力量不足に聞こえるのが微笑ましくて却って心地良い!
     EL&Pはプログレ・バンドというよりも、わしは「キーボード主体のハードロック・バンド」と認識しておった。
 3人のライブ・パフォーマンスやクラシック風味のハードロックは確かに斬新でダイナミックじゃったが、真の名作と評価出来るアルバムは本作のみ! クラシックの情緒性をロックによって大衆的に拡声させ、ロックの暴力性をクラシックによってスピリチュアルに磨き上げた本作は、プログレとハードロックの両ジャンルにおいて永遠の傑作と言えるじゃろう。
 両ジャンルの理論的な融合はないが、奇才キーボード・プレイヤーじゃったキース・エマーソンの新兵器シンセサイザーにかけた壮大な夢が結実しておる!

 キースが常に描いていた理想のサウンドとは、シンセ一台で巨大なアリーナを埋め尽くした何万人もの大観衆を狂喜乱舞させることであり、それが実現できさえすればクラシックだろうがロックだろうがどっちでもよかったはずじゃ(笑)
 しかし彼は生粋のロッカー気質をもったアグレッシブなミュージシャンであったものの、元々の音楽的素養はクラシックだったが故の“悲劇的ジレンマ”を抱えておった。 本作の製作方針は、キースがそのジレンマを解消することにグレッグ・レイク(Vo.&B)、カール・パーマー(Ds)がいわば全面同意し、3人による平等なトライアングル・スタイルを捨て、キースを頂点とした三角形バンドに徹せられたのじゃ。
 キースの活躍ばかり目立つが、グレッグとカールも、EL&P史上ベストといえる数々の名演を残しておることも間違いなし。 絶対的なサウンド・リーダーのおる少数精鋭のバンドだけが生み出すことのできる、ミラクル・テンションじゃ!


3 リアル・ロック!   4 スピリチュアルなハードロックの頂点
■四重人格/ザ・フー■    ■アラジン・セイン/デヴィッド・ボウイ■
 67年発表『トミー』に続く、ザ・フーのロック・オペラ第二弾! 映画「さらば青春の光」のモチーフにもなったコンセプト・アルバムじゃ。
 『トミー』は孤独や苦悩に苛まれる三重苦の少年がピンボールの大スターになっていく数奇な運命が描かれておったが、「四重人格」はロックンロールが好きな当たり前の青年の夢と絶望の現実がシリアスに描写されたストーリー。 『トミー』よりも大衆性をもった青春物語ともいえ、音楽的にもよりダイナミックでエモーショナルな構成じゃ。
ロックミュージシャンとして、現在の活動を起点として新しい完成度を目指すのではなく、過去に立ち返ってロックを目指した精神的な原点へ立ち返ろうとするリーダーのピート・タウンゼントの視点と大掛かりな製作概念は当時としては斬新であり、プログレ・バンドよりも、ピートこそ「真にプログレッシブ」だったと言えるじゃろう。

 ザ・フーの演奏と言えば、メンバー4人のシンプルで目一杯パワフルなロックンロールであり、シンセやストリングスは必要最小限であることが魅力じゃ。 『トミー』はもとより、本作においてもそのスタイルが貫かれた白熱のザ・フー・サウンドが繰り広げられておる。 ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムだけのサウンドの迫力、多彩性、奥行きの極限を追求しておるような演奏に終始圧倒される! かなりのオーバーダブがある「映画・さらばの青春の光」のサウンドトラック盤が聞いてらんない程じゃ。 本作以降、ザ・フーのメンバーは各々ソロ活動が中心になり、バンドとしての求心力は低下の一途を辿ることになるだけに、ザ・フーがもっともザ・フーらしかった最後のアルバムじゃろう。
 映画「さらば青春の光」は主人公の失意を象徴するシーンで終わる。 それはロックンロールの目に見える敗北じゃ。 一方、楽曲「愛の支配」で幕を閉じる本作、それはロックンロールの目に見えない勝利じゃ。 ロックンロールを信じた者の人生の結末は、果たしてどちらに転がるのじゃろうか?
     グラムロック・スター時代のボウイにとって、オリジナル曲によるアルバムは本作がラスト。(次作はオール・カバーの『ピンナップス』)
 前作『ジギー・スターダスト』は大傑作と評価されとるが、わしにとっては本作の方が断然いい! イメージとしては『ジギー』は「地球に堕ちてきた異星人と人類との異次元交流」(笑)じゃが、本作は「地球に馴染めなかった異星人の狂気」じゃ〜。 なんつっても、ハード、ヘヴィなロックナンバーが多くて痛快! 社会性への隠しきれない違和感故に享楽へ走る狂気がとんでもなく露わであり、これぞ若きボウイ流ロックンロールじゃ!
 バックバンドであるスパイダース・フロム・マースの演奏も、バンド・アンサンブル崩壊寸前で踏みとどまっておる演技性が恐ろしくハイレベル!
 アルバム・タイトルは、『A Lad In Vain(空虚な若者)』、『A Lad Insane(狂気の若者)』等がモチーフになった結果らしいが、収録曲の内容を総括したナイス・タイトル!

 前作『ジギー〜』同様に、全編にわたって演劇性の高い一種のコンセプトアルバムじゃが、まだミュージック・ビデオが極稀であり、日本のファンにとっては欧米ロックミュージックの視覚的イメージが湧きにくい時代において、本作ほどスタジオアルバムでライブ演奏やプロモビデオ的なイメージを聞く者に突起させるアルバムは珍しかったじゃろうな。
 ど派手でキンキラ・ファッションに身を包み、狂人を気取りながら大音量ロックをやりたがる者は現在でも後を絶たないし、それがロックの代表的な属性じゃけど、ファッションとステージ・アクトと音楽の概念が根底で繋がってトータル・アートをブチかましたロッカーは、『ジギー〜』と本作をたて続けに完成させたボウイが最初で最後かもしれん。 ロックンロール・アートの天才じゃ!
 因みに本作ではストーンズの「夜をぶっとばせ」のカバーがあり、次作『ピンナップ』を含めて、ボウイの独創的なカバー・センスが芽を吹き始めておる!


5 学も大切だが、素直が一番?!
6 廃れるものは、より美しく
月影の騎士/ジェネシス■    ストランデッド/ロキシー・ミュージック■
 69年『創世記』でデビューしたジェネシスの5枚目の作品であり、個人的には彼らのベスト・アルバム! 2作目以降のジェネシスは、インテリ志向が高いピーター・ゲイブリエル(Vo)に引っ張られ過ぎの感があり、アルバム発表毎に異次元的高級サウンドトラック・バンドみたいになっていった。
 結果としてガブリエルの指向がバンドを徐々にブレイクへと導いたんじゃけど、わしゃー好かんかった! 『創世記』だけはトラッド・フォークと室内楽との融合スタイルが顕著であり、もし演奏者としての美的センスの高かった他のメンバーの才能が素直に発揮されていけば、2枚目以降は超耽美的なプログレバンドとして成長したはず! ミョーな先進意識(インテリ志向)がバンド本来の持ち味を殺しておる様じゃったな。
 本作の原題は『Selling England by the Pound』。「イギリスをポンドで売る」って意味であり、当時のイギリス労働党のスローガンだったらしく、まあジェネシス流ブラック・ジョーク。こうしたジェネシスのジョークのセンスも嫌いじゃった(笑)

 しかしタイトル・センスは別として(笑)、本作は『創世記』頃のスタイルがサウンドベースとして復活したこともあり、久しぶりにジェネシスを聞き返すきっかけにもなったものじゃ。
 凝り過ぎ時代のジェネシスは、ピーター主体の演技性が「静、静、動、動、静、動、動」とまことにやかましかったが、本作の構成は「静」と「動」とのシンプルで穏やかな転調が基軸になっており、元来の彼らの持ち味である美しいメロディラインと、ピーターのボーカルの輪郭がくっきりと浮き彫りになって非常に明快に楽しめる作品じゃ! アルバムチャートも過去最高となり(全英3位)、プログレバンドとはいえ、凝り過ぎることなく譜面に忠実になればオーディエンスが増えることを証明したような作品となった。
 その後リーダーがピーターからフィル・コリンズ(Ds、Vo)に移行していき、今度はポップ色が強くなり過ぎていくことになるが、変遇の激しかったジェネシスの歴史の中では、毒っ気もやまっ気もない理想的なバンド・テンションの中で完成された唯一のアルバムじゃ。
     ロキシーミュージックのジャンル分けってのは難しい。 メロディアスかつアバンギャルドなロックとでもいうか?! プログレ、グラムロック、旧き良きポップス、オールドタイム・ジャズなんかのセンスがごっちゃ混ぜになっており、まだまだ洋楽後進国じゃった当時の日本では非常にわかりにく〜いバンドじゃった。
 リーダーであるボーカルのブライアン・フェリーも映画スターの様な佇まいであり、そのボーカルも聞いたこともなかった昇降の激しいちりめんボーカル(震えるような歌い方)。要するにカラーが一筋縄どころか、二筋縄、三筋縄ではいかないバンドじゃった。
 そんなロキシー・ミュージックの、とりあえずアルバム一枚のコンセプトが明確になり、俄然分かりやすく聞きやすくなった作品が本作じゃ。

 お色気よりも暑苦しさムンムンの南国オネーサンが横たわるジャケットに包まれた本作は、ヨーロッパの退廃美、耽美性が徹底追及されたロック界では異例の作品じゃ。滅びゆく美しき事象への限りないオマージュと自分自身へのララバイに全編が覆い尽くされており、ロックンロール・スピリットとはおよそ無縁と思われる“しつこ過ぎる郷愁の念”が炸裂しまくっておる。
 各楽曲のメロディは美旋律が多く、メロディの中に儚く消えて行くようなブライアン・フェリーのボーカルが白眉。
精一杯ツッパッテ生きておるロックンローラーが、深夜自宅で一人ひっそりと涙を流しながら聞く為のロックじゃ。
 美しかった過去、思い出が蘇ることではなく、夕陽の如く最後にオレンジ色に輝いて消滅してくれることをひたすら祈る為のロックじゃ。 こんなロックアルバム、いまだに聞いたことが無い!
 当時、日本の音楽評論家でロキシー狂いのK氏がおり、本作のレビューで「ビートルズは新時代の暁を見ただろう」と記していたが、このサウンド路線はついぞ誰も(ロキシー自体も)追求出来なかった。 名作というよりも、超絶作と言えるかもしれない。



7 最後のブルースロック、ここに眠る     8 フロイド黄金期がスタート!
■ハートブレイカー/フリー■  ■狂気/ピンク・フロイド■
 B級人気で終わったものの、シンプルなブルース・ロックの楽曲を短時間でビシッとキメルことで名高かったフリーのラストアルバム。
 ハンドビブラートの達人ポール・コゾフ(G)は客演に留まっておるが、彼の短かった生涯でベストな演奏もあり、何よりもコゾフ抜きの部分を埋めようと尽力するポール・ロジャース(Vo)が素晴らしい楽曲とボーカルで大活躍しとる! ロジャースの当時の奥さんは日本人女性マチさんであり、彼女の影響なのか、ロジャースの歌いっぷりはちょっと演歌調に聞こえたりする(笑)
 独特のスゥイング・ベースで初期のフリーを支えたアンディ・フレイザーは参加しておらず、代わり山内テツがロジャースのブルース精神の底辺を淡々となぞり上げるようなプレイを披露しており、これはこれで大正解に聞こえるわい!

 本作発表後、フリーは山内テツ在籍状態のまま日本公演をこなしてから(EL&Pの前座)正式に解散するが、今思えばフリーの解散はブリティッシュ・ブルース・ロックの終焉を告げる出来事じゃった。 青春期の艱難辛苦の叫びは時代の需要にフィットしなくなったというよりも、やっとる本人たちが飽き飽きしたのかもしれんな(笑)  「俺の悲しみや涙は存分に聞いてもらった。 もっとみんなで楽しめる音楽をやろう!」ってなっちまった?!  本作はブルース・ロックへのオマージュじゃな!
     プログレ・バンドといえば、まずメンバー各人が驚異的なテクニシャンか奇人変人一歩手前のセンスの持ち主であり、キャラが立ったミュージシャンが多いってのが一般的なイメージ?!
 しかしピンク・フロイドはメンバーの個性が目立つことなく、トータル・サウンドの情緒性、猟奇性が人気じゃった。 また意外と茶目っ気やコミカルな側面も臆面もなく出す珍しいプログレ・バンドであり、そうした彼らの多面性が一気に花開いたのが本作じゃ!

 原題は「Dark Side Of The Moon」。 月の裏側、つまり世の中のもう一方の側面ってことであり、かなり文学的なニュアンスが強いイメージをもってしまうが、シニカルになってはコミカルになってみたり、夢サウンドの次に下水道の水音みたいな次元のアレンジで迫ってみたり、聞き手の期待をなぞったりはぐらかしたりしながらピンク・フロイド自身が“世の中の裏側”を描くことを楽しんでおるところが、紙に書かれた文学作品と大いに異なるところじゃ。 だからこそ、一見ダークでシリアスなイメージの彼らが大衆人気を獲得することが出来たのじゃ!
 既にほとんどの楽曲を手掛けるリーダーのロジャー・ウォータース独裁状態はスタートしておるが、他の3人のメンバーの個性が活かされた楽曲もあり、彼らのディスコグラフィーの中ではもっともメリハリの効いた全体構成が楽しめるアルバムじゃろう。


9 プログレ・サーカス!     10  美ライブ
■イエス・ソングス(ライブ)/イエス■  ■ライブ・デイト/ウィッシュボーン・アッシュ■
 何よりもライブでの演奏力がバンドの評価と人気を決定づけた当時のプログレ・シーンにおいて、衝撃的なライブ・アルバムが出た! それがアナログ3枚組で発表された本作。
 どっから聞いてみても、凄まじいテンションでテクニックの応酬が繰り広げられ、まあ呆れるほど上手い! それも各メンバーが楽譜とにらめっこしながらのシリアス・テンションではなくて、まるで「凄まじい勢いで大量の料理を平らげるフードファイター」とか「爆笑しながら短距離を駆け抜ける陸上選手」とか、究極の複合見世物ショー的なテンション。 イエスというバンドに対する好き嫌いは抜きにして、何度でも聞いてみたくなる楽しくてしょうがないプログレ・ライブじゃ!

 現代のプレイヤーたちの基準からすればさほど優れたテクニックではないのかもしれないが、一楽曲の中での構成がヒッチャカメッチャカであり、「何でこの後にこうなるの?」ってな連動性の無いようなフレーズが叩みかけてくる異様な波状攻撃には誠に恐れ入る! こいつらの頭ん中って、どうなっておるのじゃ!ってなもんじゃ。
 当時のイエスは、いずれも名作と言われるスタジオ盤『こわれもの』『危機』を連続発表しておった絶頂期にあったが、アタマの悪いわしにはさっぱり素晴らしさが理解出来なかったが、本作で聞けるライブ・テイクに触れてみて、『こわれもの』『危機』収録曲の聞き方のコツをつかんだ?! それはスタジオ・テイクは単なる原型であり、ライブ・テイクでこそ各曲の本性を聞くことが出来るってことじゃ。 
 バンド名のイエスとは、キリスト様ではなくて、肯定するお返事の「Yes」。 彼らにとって、音楽における「No」は無いのじゃ。 ぶっ倒れるまで全力で楽器演奏を楽しんでみせる、ポジティブ極まりないプログレ・テクニック博覧演奏会じゃ!   
     70年代前半にロックと呼ばれる音楽をプレイするバンドたちには、ジャンルを越えたある種共通したジレンマがあった。 それはライブのテンションをスタジオ盤で再現しにくいこと。
 聞く側も、そのバンドが好きになればなるほどスタジオ盤にストレスが溜まっていったもんじゃ。 だから、いざライブ盤発表となれば、バンドはファンのストレスを最大限に解消することが最重要課題だったわけじゃ。
 ウイッシュボーン・アッシュは、ブリティッシュ・トラッドの香りも漂わせる独特のブルース・バンドじゃが、彼らはどちらかというとスタジオ盤向きのバンドじゃった。 とりたててライブ盤発表の必要性は感じさせないほど、ほぼ完ぺきなスタジオ盤を発表し続けてきたもんじゃ。

 そんな彼らがライブ盤で何を表現したのか? それは彼らの定評であり最大の個性だった、陰影に富んだ美しいツインギターと黄昏たコーラス/ボーカルを極限まで聞かせること! 当時のロックのライブ盤としては非常に珍しく、観客の歓声をギリギリまでオミットしてバンド演奏のみに焦点を絞った録音状態であり、まるで無観客ライブのような透明感のある音楽空間を作り上げることに大成功したライブ盤じゃ。
 まるで星空の彼方へと消えて行くような美し過ぎるギターやボーカルのトーンが隅々までバッチリ収録されており、リズムセクションもメロディラインの中に絶妙のボリューム・バランスで溶け込んでおる素晴らしい録音じゃ。
 まあ「あれっ?」ってなスタジオ・オーバーダブ的な作為が無いこともないが、生演奏特有の臨場感を損なわない程度の秀逸な仕掛けに留まっておると言えよう。 ミストーンがまったく無いほど完璧に近い演奏状態であり、美しいクリアなロック・ライブ盤を聞きたい方は是非!


今上記セレクト外での名盤、個人的な愛聴盤としては、

『ピンナップス/デヴィッド・ボウイ』
『バンド・オン・ザ・ラン/ポール・マッカートニー&ウイングス』
『リビング・イン・ザ・マテリアル・ワールド/ジョージ・ハリスン』
『リンゴ/リンゴ・スター』
『ヘンリー8世と6人の妻/リック・ウエイクマン』
『ユーライア・ヒープ・ライブ』
『自由への旅路/アルビン・リー&マーロン・ル・フェーブル』
『ピアニストを撃つな/エルトン・ジョン』
『イン・コンサート/デレク&ザ・ドミノス』
『フォー・ユア・プレジャー/ロキシー・ミュージック』
『ペンギン/フリートウッド・マック』

その他当時の人気ロッカーのアルバムとしては
『ヌートピア宣言/ジョン・レノン』
『太陽と戦慄/キング・クリムゾン』
『山羊の頭のスープ/ローリング・ストーンズ』
『聖なる館/レッド・ツェッペリン』
『紫の肖像/ディープ・パープル』
『西洋無頼/シン・リジー』
等など。

 時を置いてこれらのアルバムも全部聞いたもんじゃけど、なんという充実したラインナップじゃろう! 当時日本では、オイルショックの煽りをまともに受けて、夜になると繁華街の灯は半減し、トイレットペーパーの買い占め騒動があり、またお米の値段が跳ね上がっておった。 我が家でも麦飯を食べさせられた覚えもある。
 まあ繁華街が寂しくなったこともあってか、部屋にこもる時間が増えたから?たくさんのロックアルバムを聞き漁った、ということにしておこう(笑) 実際は、当時の生活状況をあまり覚えておらんのじゃ。 でも覚えておらんってことは、やっぱりレコード三昧してたんじゃろー! 一時期、レコードを買いまくるためのお金が足りなくて、学友たちと手分けして買って、お互いに貸し借りをやっとったが、それが1973、1974年あたりじゃろう。 ってことで、次回はアメリカン・ロックの1973年ベスト10じゃ。 ごきげんよう!

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