NANATETSU ROCK FIREBALL COLUM VOL.202



ロック史の中で僅かに存在する、
大物ロッカーの意思が反映された“新作”としてのライブ盤

 エルヴィス復活の日である9月9日。 1970年の9月9日に、エルヴィスがアリゾナ州フェニックスにおいて、1958年以来のツアーをスタートさせたのじゃ! つまりこの日からエルヴィスの第二期黄金時代が始まったのじゃよ。そしてThe-Kingにとっては、9月9日は毎年9月度最初の新作発表予定日じゃ。
 この日が近づくと、毎年のように「あ〜ヤバイ、まだなあ〜んも書いとらんなあ・・・」という焦りを打ち消すために1970年のエルヴィスのツアー・ライブが収録されたアルバム「エルヴィス・オン・ステージ」を聞きながら気合を入れ直してから原稿に向かうんじゃ。 しかも今回のThe-Kingの新作は、ブラック×アイボリーの「サドルフラップシューズ」「ブラックバックス」、更にオールブラックの「フラップシューズ」じゃ! 気合が入り過ぎてもそれは仕方ない!と言えるほどのラインナップ。 「気合が空回りした・・・」なんて事のないよう、諸君、お買い物ヨロシューな(笑)

 さて今年はその9月9日に向けて、「エルヴィス・オン・ステージ」を起点とながら、ある特殊なロック界の現象、習慣を紹介してみたい。 特殊な現象、習慣とは、「エルヴィス・オン・ステージ」の様な“大物ロッカーの再出発を飾る名ライブ盤”、もしくは“純然たる新作としてのライブ盤”というもんが、実はあまり存在していないということなのじゃ。 これにはロッカーとレコード会社の契約条件をはじめとして様々な事情が絡んでおるんじゃろうが、あらためて調べてみて、本当に少ない。 更に、そ
の少ない特殊なライブ盤すべて、名盤なのじゃ! 「大物ロッカーの意思が反映された名ライブ盤」、いざ参る!


ライブ盤発売のタイミングについて

 70年代まではライブ盤という種類のレコードは、そのロッカーの地位と名声がしっかりと確立されてから発売される場合が多かった。 だからライブ盤の発表は、ロッカーの長期休養期間、いわばキャリアの空白期間を埋める為の策というニュアンスが強く、時にはレコード会社を移籍する前に、契約条件(契約期間中に発表するアルバム枚数)をクリアするために急造されたインチキっぽいライブ盤もあったもんじゃ。 「ライブ盤の次のスタジオ新作」では音楽性が一変するってのがロック界の通説になっておった。 また解散記念盤として発表される場合も少なくなかった。 
 考えてみれば、今も昔も「ロックはライブだ!」と言われておるのに、ライブの二次的存在、疑似体験の出来るライブ盤の扱かわれ方としては誠にオカシナ話であるな。 では、これからビッグ・ロッカーの純然たる新作扱いとして発表されたと思われる数少ないライブ盤にご登場頂こう。


揺るぎないキング・オブロックンロール道へ


エルヴィス・オン・ステージ

 この天下に轟く名ライブ盤を前にして“とんでもない事”を書くようじゃが、ある情報筋によるとだな、ビートルズにもローリング・ストーンズにも動じなかったキング・オブ・ロックンロールのエルヴィスじゃが、もっとも驚いたと言われるのがジミ・ヘンドリックスとエリック・クラプトン(クリーム)の出現だったという。 当時のロック、いや音楽の常識を覆す、彼らのとてつもない次元での神業的なギタープレイには、さしものエルヴィスもたじろいだそうじゃ。 「カムバック・スペシャル」で劇的にシーンに戻ってきたエルヴィスも、自分の頭の中にある“コンサート像”を一度白紙に戻して、新しいライブ、ショーを自ら作り上げなければいけないという危機感に襲われたんだそうじゃ。

 「そんなバカな!」と激怒する輩も多いじゃろうが、わしは何となくわかる気もするな。 いかにキングであろうとも、予定調和の大衆迎合主義に留まってばかりいてはキングではないのじゃよ。 ジミ・ヘンドリックスとエリック・クラプトンのプレイは、何をやろうと歓迎されてしまうキングを大いに刺激したのじゃ。
 そこで確立されたのが「フロム・メンフィス」でのエルヴィスならではの“歌い上げずに歌い上げる”ブルースやカントリーへのスタンスであり、後に巨大なヴェガス・エンターテイメントへと発展することになるこのアルバムでのスケールの大きい“ポップ・エンターテイメント”スタイルなんじゃろう!
 ざっくり言えば、エルヴィスにしか出来ない力技に徹することで来るべきロック新時代を圧倒しようとすることが、エルヴィスの選んだ戦法だったのじゃ! そう考えながら、この偉大なるライブ盤を聞くと味わいが増強するぞ!


ノーモア・ビートルズ!? ロックンローラー、ジョン・レノン!

◆平和の祈りをこめて/ジョン・レノン・プラスティック・オノ・バンド
 1969年9月13日カナダのトロントで行われた「ロックン・ロール・リヴァイヴァル・ショー」と銘打たれたライヴの収録盤。 メンバーは、ジョン・レノン、エリック・クラプトン、クラウス・ブアマン、アラン・ホワイト、ヨーコ・オノ。 まだビートルズ存命中の時期であり、ジョンにとってはヨーコとの共同名義による3枚目のアルバムであり、そしてビートルズとは別バンドとしての初のアルバムじゃ。
 「ロックン・ロール・リヴァイヴァル・ショー」の名の通り、一部の前衛的演奏を除けば、すさまじいロックン・ロール・ライブ! ビートルズのリーダーでもなく、アーティストでもなく、平和のなんとかでもなく、「俺はロックン・ローラーなんだ!」というジョンのロッカーとしての原初的なノリが素晴らしい!クラプトンのプレイも、クリーム時代と同等のハイテンションじゃ。

 つまり本作は、ジョン・レノンのロッカーとしての再出発が記録されたライブ盤であり、ジョンの意識が既にビートルズには無かった事を荒々しく表明してみせた作品なのじゃ。 それでも当時のビートルズ・ファンは「こんな事をやっていても、ジョンはいずれビートルズに戻ってくる」と信じておったじゃろうが、当時のジョンの“本気”は見事にこのライブ盤に凝縮されておる!
 ビートルズに対して失礼な言い方じゃが、当時のビートルズの“生”の演奏力では到底太刀打ち出来ない次元でジョンはシャウトし、ギターをかき鳴らしておるぞ。 しかしながら、この路線をジョンが突き進む事がなかったのが残念でならんな。


時代への新兵器がこれだ!

◆ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト/ローリング・ストーンズ
 「ステージに出て行って2、3曲テキトーに演奏して客を騒がせて、あとは逃げるだけ。 デビューしたての頃はそんなもんだったよ」とはキース・リチャーズの談話じゃが、だからこそジミ・ヘンドリックスやクリームが登場して、ライブシーンが激変した60年代末期のロック界にストーンズが対応していくのは最初は非常に困難だったんだそうじゃ。
 その困難にストーンズが立ち向かったのが1969年の全米ツアー。 ストーンズにとってまさに出直し、ロックンロール・バンドとしての真価が問われるツアーだったのじゃ。 そのハイライトプレイが収録されたライブ盤がコイツじゃ。

 今でもストーンズがステージに登場する際には「偉大なるロックンロール・バンド!」というアナウンスが入るらしいが、そのセリフはこのツアーから。 はっきり言って70年代中期の絶好調ストーンズにはまだまだ及んでおらんが、「存在感、アイドル性よりも何よりも、まずプレイで観客を圧倒する」というストーンズの気迫が漲っておる。 ロックンロールという音楽の原型を叩きつけながら、観客を異次元に持って行く狂気にも似たストーンズの先導力がこの頃に確立されていった事が皮膚感覚としてはっきりと分かるじゃろう。
 オリジナル・リリース時(1970年)は全10曲収録で、ぜ〜んぜん物足りなかったが、2009年になって新たに未発表テイク5曲が追加収録。それでもまだまだ(笑) なお映画「ギミー・シェルター」ではツアーの映像が楽しめるが、あくまでも映像主体なだけに、プレイ自体は必ずしもベストチューンばかりではない事を付け加えておきたい。


偉大なる復讐!

◆偉大なる復活/ボブ・ディラン&ザ・バンド

 
ボブ・ディランを「口うるさいフォークシンガー」、ザ・バンドを「かったるいカントリーロックバンド」っつう先入観をもっておる方は、このアルバムを聞いたらイメージが激変するじゃろう! あなたを「ディラン嫌い、ザ・バンド嫌い」にさせておるマイナス要素が、両者がタッグを組むことによって見事に解消された、完全ロックンロール・ライブじゃ!!

 1974年1月3日から2月14日まで21都市で40回のステージで合計65万人を動員したと言われる、当時史上最大のロックコンサートツアーとなったディラン&ザ・バンドのステージを記録したライヴ盤じゃ。 ディランにとっては約8年ぶりの大規模な全米ツアーであり、ディラン&ザ・バンドにとっては一種の「汚名返上ツアー」でもあった。
 というのも、8年前のディランのツアーの時もサポートは当時無名のザ・バンド。 アコースティックからエレクトリック路線へとディランが方向転換した時のツアーであり、その時は行く先々で「やかましー」って罵声を浴びせられた両者にとって屈辱のツアーだったのじゃ。
 それから8年という歳月が流れ、ディランもザ・バンドも超一流の存在となり、しかもそれぞれのオリジナル曲を超一流のロックンロールに仕立て上げて今度は各地で大喝采を浴びたというわけじゃ。男として、ロッカーとしてこれほど“かっこいい仕返し”もないじゃろう!


本当の俺はここにいる

◆エリック・クラプトン・ライブ(E.C was here)
 
 “生ける伝説的ギタリスト”として半生を送ってきたクラプトンじゃが、ソロとしての本格的な活動は意外と遅くてデビュー10年目の1973〜4年あたりから。 「461オーシャン・ブールバード」「安息の地を求めて」「ノー・リズン・トゥ・クライ」とたて続けにヒットアルバムを発表したが、それは当時の我々が知るクラプトンではなかった。 レイドバックした精神状況のもとに紡ぎ出される、クラプトン流ホワイト・スロー・ブルースの瞑想的な世界が描かれており、そこには“ゴッド・ハンド”と呼ばれていたギタリスト・クラプトンは見えてこんかった。

 そんなファンの声が反映されたのかどうかは知らんが、上記3枚のソロを出す途中で唐突に1枚ライブ盤を発表しとる。 オリジナル・タイトルは「E.C was here」。 「エリック・クラプトンはここにいるぜ!」ってニュアンスじゃが、そのタイトルから期待される通りの、久々にギタリスト・クラプトンの真髄を聞かせてくれる隠れた名ライブ盤じゃ。
 クリーム時代の凄まじいハードロック・プレイこそ無いが、ロックシーンにブルース・ギターの魅力をバッチリと刻してみせた、クラプトンしか出せないトーンが見事に表現された名演が揃っておる。
 近年(当時)の録音テイクがほとんどであり、これらのテイクを1曲でもソロアルバムに追加しておいてくれれば、ファンのソロアルバムに対する印象も随分とアップしたんじゃなかろうか。 「再出発宣言」でも「新たなる決意表明」でもないが、“生ける伝説的ギタリスト”の列記とした「意思表示」として位置づけておきたいライブ盤じゃ。

 一説によると「ギタリスト・クラプトン健在なり!」というコンセプトによるライブ盤製作の構想は早くからあったらしいが、ソロになってからのクラプトンのライブは出来不出来が激しすぎて、アルバム1枚を埋めるハイクオリティなプレイがなかなか集められなかったそうな。


アーティスト呼ばわりされるなんてまっぴら御免だ!

◆ライブ・アット・リーズ/ザ・フー
 大物バンドのライブ盤発売史上、もっとも奇妙?なタイミングで登場したアルバムも追加しておこう。 それはザ・フーの「ライブ・アット・リーズ」じゃ。 この中に収録されていたエディ・コクランの「サマータイム・ブルース」の凄まじいハードロック・カバーが大ヒットしたので50sファンの中でも知っとる方が少なくないと思われる。
 このアルバムの前に、ザ・フーは「クイック・ワン」(1967年発表)「トミー」(1968年)という2枚の大コンセプトアルバムを発表しておった。 特に「トミー」は、三重苦の少年の不幸な生い立ちからピンボールの魔術師として世界的なスターになるまでの道程を描いた壮大なロックオペラであり、発表とともにすぐに映画化、演劇化が企画され始めるほどの芸術作品じゃった。 折しも時代の「アートロック・ブーム」もあって、「サージェント・ペパー」のビートルズとともに、ザ・フーはロッカーというよりもアーティストとしてとてつもなく高い評価を獲得しておった

 そして「次作は『トミー』の続編か?もしくはシンプルなロックンロールか?」という世間の予想に反して、ザ・フーは全編大音量で聴くのが相応しいエネルギッシュなハードロック・ライブを発表してファンの度肝を抜いたんじゃ! 「アーティストなんてジョーダンじゃない。 俺たちはロックンロール・バンドなんだ!」って、実にザ・フーらしい反逆ぶりじゃ! インテリジェンスとバイオレンスを持ち合わせたスタイルこそ、ザ・フーの真実なのであ〜る。

 いかがじゃったかの?意思を持ったライブアルバムの数々。(と言えるほど数はないが)
 このコーナー199回目で、ヤードバーズのデビューアルバム「ファイブ・ライブ・ヤードバーズ」がライブ盤だったことを紹介したが、そんな例は稀の稀。 他には大物バンドが再結成された時や、新メンバーのご挨拶代わりにライブ盤が新作扱いされる場合はあるものの、バンド(&ロッカー)の脂の乗り切った時期に新作としての強烈な印象を残したライブアルバムは、ちょっと他には見当たらんなあ、ということで以上6枚で〆させて頂くとしよう。



七鉄の酔眼雑記 一万円選書、ならぬ「一万円セレクトCD」!?

 内容がどうであれ、「アルバム」にテーマを絞るなんざ、もはや時代遅れなんじゃろうなあ。 簡単にネットで新作がダウンロードされちゃうんで、新作とは言え、物品としての有り難みはあんまり感じない時代になってしもうたからな。 試聴して気に入った曲だけを“バラ”で入手出来るらしいし。 何だか音楽ってやつが、単なる情報になってしまったようでかなり悲しいもんがあるが、まあ、いいや。 このオールドスタイル、オールド感性でこのコーナーを続けていくしかないわな!
 
 「そぉっと教えるコーナー」で、「一万円選書」という、お客様が気に入りそうな書籍を1万円分選んでくれる本屋さんの話題を書いたけど、書籍の世界では生産側とお客さんとの間でそんなアナログなやりとりが成立しとるのはとても嬉しい。 最近ではkindle書籍とかいうタブレットで読める電子書籍も登場してきておるが、まだまだ書籍という形態に商品価値があるってことじゃ。

 わしも音楽においてそんな斬新かつアナログなビジネスを考えてみようかな〜。 でもそれをやるなら、ロック以外にももっともっといろんな音楽を聴かねばならん。 一万円選書をやっとる店主さんは、学生時代に地元の図書館の本を全部読んでしまった、なんて言っておったしな。 あ〜命がいくつあっても、時間がいくらあっても足りんなあ。
 ということで、せめてこのコーナーを読んで下さった方が、「よし、そこまで言うなら聞いてみるか!」って思って頂けるような記述を心がけていきます!


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