NANATETSU ROCK FIREBALL COLUMN VOL.162

Hey Everybody ! HAPPY NEW YEAR 2013 !! 

 珍しく慣れない“いんぐりっしゅ”でスタートした七鉄じゃが、諸君今年も何卒よしなに頼むぞ!
 「ぷぷっ七鉄さん、“いんぐりっしゅ”はケッコーだけど、ノッケから抜けてるよ。 HAPPYの前に“A”がねーぞ!」とさっそくツッコミ入れるその注意力には敬意を表するが、正しいイングリッシュでは、“A”は要りませんぞ。
 ってちょい上から目線してしもうたが、実は新年早々良いネタが無くてなあ〜。 つい逆ギレ、じゃなくて逆目線してしもうた、許してたまえ。 年初こそ、頭をひく〜くして皆様にご挨拶せにゃならんのに、申し訳ないのお。 ネタはあるにはあるが、久しぶりに(?)大晦日から飲み過ぎてしもうて体調絶不調でな。 せっかくのネタも開花!?させるゆとりがなかったんじゃ。 ボスは年初からしっかりエエ仕事をしておって、イタリアン・カラー・シャツの新たなる伝説をスタートさせておるだけに、ボスにも申し訳ない気持ちじゃ。

 こういう時はムツゴロウの様に泥の中にでもじぃ〜と潜伏しとうなるが、そうもいかん・・・。 ええい!前回のクリスマス・ソング集に続き、今回はニューイヤーソング集でいってまえ〜って苦し紛れのネタがひらめいたが、諸君もご存知の通り「ニューイヤーソング」ってのはほとんど無いんだな〜、これが。 だからその特集記事なんかもあるはずがなく、そいつをパクって逃げるワケにもいかん。
 さあ困った・・・ってもう困っておる時間もないので、「ニューイヤーソング」で押し切るぞ! 洋楽の歴史の闇の中に眠っておる、わずかな「ニューイヤーソング」を渾身の力で引っ張り出してきたので、もしお気に召したならば、どうか今後諸君の手で光を当ててやってくれ〜い!



多彩なクリスマス・ソングの陰に隠れたニューイヤー・ソング
そのわずかなラインナップの中に、傑作はあるのだろうか!?


■プロローグ ■
 
 新年早々派手に騒ぐのは日本だけ!なのかどうかは知らんが、欧米のニューイヤーってのはとても静かじゃ。 わしはイギリスとフランスで新年を迎えた経験があるが、まあ拍子抜けするぐらいにおとなしい〜もんじゃった。
 近年は大晦日の「カウントダウン・パーティー」なんてモンもあるが、あれだって「クリスマスパーティー」の二次会、三次会程度のノリじゃ。 「スリー・ツー・ワン・ゼロ!」なんてノーテンキパー子バリにわめいても、実際に年が明けてしまうと、欧米の皆様は静かに帰路につき、ファミリーの中だけで極めて清楚に新年を迎えるのじゃ。 “おとそ気分”なんてもんはあまりなく、大騒ぎは旧年内中に済ませておいて、新年のスタートは襟元を正してシラフでスタートって方が多い。 そんなニューイヤータイムを意識して作られた、これからご紹介する曲にどのような意図が含まれておったのか、そこら辺を勝手に想像しながら聞いてみるのもおもしろかろう!


♪コニー・フランシス/ハッピー・ニュー・イヤー・ベイビー
♪アバ/ハッピー・ニュー・イヤー


 まずはポップ史の中でかろうじて存在が知れているニューイヤーソングの2曲じゃ。
 コニー・フランスシスのパーソナリティに関しては、かつて8鉄センセーが素晴らしい文章を書いていらっしゃるので、どうかそちらを参考に! この曲に関してわしから言うておきたい事はだな、こんなに色っぽく新年を歌われたら、新年早々正気でいられんな〜ってのはチョッとだけ冗談じゃが、コニー・フランシスというシンガーを足らしめておる要素が凝縮された50sポップスのコッテコテ・アレンジが懐かしい〜♪というか、久し振りに聞いたんで鼻血出そ〜。 今をトキメク、セクシーアイドル“日本一美しい32歳”の檀蜜嬢に聞かせてやりたい! つか、セクシーっつう概念が昔はまったく違ったなあ〜って、何故だか泣きたくなってくるような一曲じゃ。
 でもなんか、クリスマスソングっぽく聞こえてしまうな。 やはり欧米人にとってニューイヤーをクリスマスから独立させることは出来なかったんじゃろうな。

 アバの曲は、どのサイトでも、まるで「唯一のニューイヤーズソング」みたいに紹介されており、実際You Tubeで「Happy New year」と検索するとこの曲の動画リストがずら〜っと出てきよる。 明朗で澄み切ったアバ特有の音楽性が聞ける期待を裏切らないアバ・ソングなんじゃろうが、ロッカーのわしにはこの曲の良さはどうもワカラン。 が、世界で唯一、そして有名なニューイヤーズ・ソングをこの機会に記憶に留めておいて頂きたい。


 
♪ディン・ドン/ジョージ・ハリスン
♪ニュー・イヤーズ・ディ/U2
 

 お待ちかね!? ロックサイドのニューイヤーズソングはこの2曲じゃろうな。 「ディン・ドン」はハンドベルが楽しく鳴っとることもあってクリスマス・ソングとして紹介される場合が多いが、“古きを送り出して新しきを迎えよう”“今日の事も明日になれば昨日の事”なんて歌詞は、新年に聞いた方がしっくりくるフレーズじゃな。 思えば、この曲を含むアルバム「ダークホース」が発表された1973〜4年頃は、ジョン・レノンよりも、ポール・マッカートニーよりも、ジョージの方が断然に勢いがあった頃じゃったな。 「さあ、俺の時代だ!」っつうジョージの自尊心の高ぶりが生んだ一曲だったに違いない。

 「ディン・ドン」から丁度10年、1984年のニューイヤーにわしはロンドンにおり、U2の「ニューイヤーズ・ディ」をよく聞いた。 正式にはニューイヤーズソングではないんじゃが、そのタイトルから新年の彩りのひとつとしてロンドンの街角に流されておった。 この曲は共産主義大国と資本主義大国との相反する先導で引き裂かれそうになっていた当時のポーランド国民が提唱した「連帯意識」を、恋人たちの真理に置き換えて歌われたメッセージ・ソングなんじゃ。 初期のU2の戦闘的な姿勢にフィットした代表的なナンバーじゃな。 1984年のイギリス・ロンドンのニューイヤーに必要じゃったということか。 
 もっともわしは現地のイングリッシュのお勉強に付いていけず、それどころではない情けない状態じゃっただけに、この曲の勇ましいノリに気を直すことが出来たもんじゃ!ってことにしておこう!?



♪ブラインド・レモン・ジェファーソン/ハッピー・ニュー・イヤー・ブルース
♪チャーリー・ジョーダン/ハッピー・ニュー・イヤー・ブルース
♪ジョニー・オーティス/ハッピー・ニュー・イヤー・ベイビー
♪ライトニング・ホプキンス//ハッピー・ニュー・イヤー・ブルース
 
 最後はブルースの世界の「ニューイヤーソング」じゃ。
 まず近代ブルース史でもかなり古い時代に出現したブルースマン、ブラインド・レモン・ジェファーソンから。 残された音源から判断すると、新年を祝うというよりは、まるで平安時代末期の琵琶法師が奏でる「源平物語」の悲哀感と表裏一体となったような超開き直り!の楽天的なノリが虚しいというか、恐ろしいというか。 「人生この先、どうせいい事なんてありゃせんのじゃ。 年が明けた? それがどうした! 飲んで歌ってコマしてテキトーにやったるわい!」とは実際には歌ってはおらんが、そんな感じじゃな。 じゃがこれがブルースの原点なのかもしれんな。

 チャーリー・ジョーダンってのは、1930〜40年代、ミシシッピーの土着ブルース(デルタ・ブルース)が、シカゴのシティ・ブルースへと昇華する途中の、セントルイス・ブルースっつうフィールドで活躍したブルースマンじゃ。 “悪魔の義理の息子”“地獄の裁判官”と呼ばれた名サイドマンのピーティー・ウィートストローと組んで数多くのブルースの古典を録音した人物でもある。 一方では密造酒でぼろ儲けしたチャッカリ野郎で、それを嫉まれて拳銃で足を撃ちぬかれて生涯左足を引きずっていた・・・て、どうも前置きが多くなってもうたが、要するにブルースマンでそれなりの財を得たもっとも初期の人物じゃ。
 メアリー・ハリスという女性ボーカルを起用したこのニューイヤーソングは、「新年にあたり、わたしゃ生き方を変えてみせる!」って歌われておる。 そんな事、当時の黒人には不可能じゃったが、それを切々と歌うのではなく、ぶっきらぼうに「悪いかチキショー」のノリでいっちまうのがええな。

 ジョニー・オーティスは、これはもうわしがひれ伏すほど尊敬しとる白人のR&Bの父じゃ。 前述のコニー・フランシス同様に、かつて8鉄センセーがこの上ないグレイトな記事を書いていらっしゃるので、そいつを読んでくれ! わしはいまだかつて、ジョニー・オーティスに関して8鉄センセーほどの核心をついた文章にでくわしたことがない! 
 「この人がいなかったら、R&Bが白人にたしなまれるのはもっともっと長い時間がかかった!」ってほどの偉大なる音楽家のジョニー。 で、この曲は男女のヴォーカルの掛け合いでスタートする、新年の喜びと苦悩とが歌われる聞き応え満点!のナンバー。 このスタイルこそ、後にポーグスのクリスマスソングの傑作「ニューヨークの夢」における同じく男女の掛け合いに昇華したのじゃ!とわしは勝手に解釈しておる。 8鉄センセー、間違っていたらゴメンナサイ。 あらためて講釈願います。 

 ライトニング・ホプキンスのバージョンは、ブルースの黄金率的コード進行の上で、ほとんどアドリブと言える新年の祝辞!?が語られる典型的なブルースの遊びパターンによって生まれたナンバー、つうかセッションじゃな。 間違いなく酒が入っておる!! こういうパターンが列記とした作品として残されておることが、ブルースの汲めども尽きぬ魅力なんじゃよ! 
 ブルースナンバーのタイトルって、「日常的な事象+BLUES」ってのが多い。 この曲もまた然り。 当たり前のことにひとことイチャモン付けて、いやいや、あれこれと能書きをたれて、退屈な毎日に神秘的(もしくは悪魔的?)な色筆を加えようとするものが多いが、それに反応出来るか出来ないかが、ブルースとの関わり合いの深度となるんじゃ。 新年に際して発せられた、ライトニング・ホプキンスというブルースの巨人の能書きを聴いてみてくれ! それに反応した方は、ブルースというとてつもない奥深い世界の入口に立ったことになるじゃろう。


 苦し紛れの企画の割には、意外と長く書き連ねてしもうたが、今回ご紹介したナンバーの中で、1曲でも諸君の胸に届くものがあればよいけどな〜と願いながら書かせてもろうた。 実はもう3曲ばかりあったんじゃが、先日自分の不注意から、右手の甲を5針縫う怪我をしてしもうたんで、タイピングするだけでもキツイ。 これでご勘弁願いたい。
 でも医者に駆け込んだ際もしっかりナッソー姿! 看護婦さん、患部よりもナッソーにお目目釘づけ! やった!と思ったぞ。 いつどこで何があっても、しっかりThe-KingのPRしとるから、諸君もよろしく頼む!   




七鉄の酔眼雑記 〜 生きておったか、忘れ難き“泡姫”よ!

 もう数年前になるか。 長い海外放浪を終えて帰国し、久し振りの祖国でのアルバイトを始めた矢先のことじゃった。 わしはお客様と他の従業員とのトラブルに巻き込まれてしもうてな。 現場責任者として後日お客様の職場まで直々に謝罪に行ったんじゃ。
 訪問して初めて分かったのじゃが、その職場ってのがソープランドや風俗店を経営している会社でな。 フツーの事務所とは明らかに違う雰囲気が漂っておったが、まあそんなことでビビるわしでもない。 ひとしきり頭を下げて帰ろうとしたら、「せっかくですから、遊んでいかれたらいかがですか?」ときた。
 とてもそんな気分ではなかったし、その日わしは非番だったので、この場合は自腹は免れられそうもない。 しかし到底断れる立場ではなかったので「これも仕事じゃろう」と割り切ってお誘いを受けることにしたんじゃ。 そしてこの後に“事件”が待っていた!?

 あてがわれた泡姫は年の頃30歳半ばとお見受けしたが、事もあろうに筋金入りのロックフリークだったんじゃよ。 わしを見るなり“そっち方面”とズバリ見抜いてな。 すごい質問攻めにあって参ってしまったんじゃよ。 約1時間、エルヴィスから70年代ぐらいまでのロックに関する質問、それも「誰それのあの曲知っている?」なんてレベルではなくて、ロックの歴史の細部やサウンドの核心を突いた質問ばっかり。 とてもタチの悪い風俗嬢の時間稼ぎとは思えず、いい加減な返答はできるわけもない。 だから真剣に答えると、今度はそれに対するスルドイ持論で切り返してくるんじゃ。 楽しいやりとりには違いはないのじゃが、なんせ二人とも全裸にバスタオルを巻いた姿であり、途中から「わしはこんなトコで、こんな恰好で何をやっとるんじゃ?」ってヘンテコリンな気分じゃった。

 やがて彼女は「私ね、レコードで聞けるロックは基本的には認めてないの。 ロックはライブでしょっ! だから大好きなロッカーが全員死んだら、私も死ぬ」とか言い出しやがった。 半世紀を越えるロック人生の中で、こんな極端なロック美学を突き付けられたのは後にも先にもこの時だけじゃ。 こんな話をされてもなお、「ゼニ払った分だけ元は取らにゃいかんぜよ!」なあ〜んて度量はわしにはない!
 帰り際、「こんなお客さん、初めてよ」って言われてもうた。 “違う意味”で「アナタが初めてよ!」って言われたかったってのはジョーダンじゃバカモノ! 果たしてあの時の状況は、ロックファン同士の自然な流れだったのか、それともやはりわしがいっぱい食わされただけだったのか!?
 
 この正月、大都会の雑踏の中で彼女を見かけた(気がした)。 数年前と同じく、左の頬の痣(あざ)をブ厚いファンデーションで隠しておった。 何よりも「大好きなロッカーが全員死んだら、私も死ぬ」と言い切った時の燃えるような輝きを思い出させる印象的な瞳は健在じゃったな。 彼女が生きているってことは、まだ大好きなロッカーが全員死んだわけではないんじゃな。 良かったのお〜って思ってしまったわい。
 でも彼女はわしに気づかなくてちょっぴり寂しかったが、ええんじゃないかな、それで。 「まあアナタ、随分と○○ちゃったわね」って言われたら堪らんからのお。 それに「そのステキなファッション(The-Kingのナッソー)、馬子にも衣装ね!」なんて言ってのけそうなキャラじゃったしなあ。

 ロックンロールとは「演奏するのも鑑賞するのも、己の心身を切り刻む音楽」。 口で言うのはたやすいが、それを心底分かっているロックファンは果たしていかほどにおるのか? 初対面のわしに「大好きなロッカーが全員死んだら、私も死ぬ」と言えた彼女こそ、数少ないリアル・ロック・ファンだったのではないのか。 
 そんな思い出に浸った今年の新年、何故だかいい年になりそうな予感がするんじゃよ。 自分だけのロックが死ぬ時に自らを葬り去る覚悟のある者が目の前を闊歩してくれたのじゃ。 おぉっと、わしを支えてくれとる諸君こそ、どうか良い一年を!



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