8鉄風 ROCK COLUM by 8TETSU Vol.57
                                                                                                                             
                                   



 懐かしの昭和10 イン・ザ・ヒート・オブ・ザ・ナイト

 こんばんは。あっさり登場、と見せかけて、実はハードボイルド気取りの頑固8鉄です。
ただのおかしなハゲ親父だって?
今日はちょっと違うんだよっ!
ちょっと、ハードボイルドな気分なのさ、ふっふっふっ・・。
というわけで、テキサスの田舎町あたりをイメージしているものは、実際には日本の秋田の片隅でのささやかな出来事。
でも、ちょいと、クレイジーな真夏の寂しい夜の雰囲気が忘れがたい思い出です。
では、28年前の秋田の夜にみなさんをちょいとお連れします。



15歳年上の従兄弟である祐二兄と僕は、ポンコツ車で、田んぼのあぜ道を走っていた。
「車なんてはしりゃいい。」
これが、祐二兄の主義だった。
廃車寸前のポンコツを、スクラップ屋からただで引き取り、1年乗って、車検前に捨てる、というのを繰り返していたのだ。
今回のは白い、まだまだ走れそうなコロナマークU。内装はボロボロ、カーステレオもかからない。しかし、そこがなかなかいい。
下手に音楽なんか聴くよりも、田舎道の虫の声と風の音のみの静けさを楽しむのもいいものだ。
なぜ、こんな車をあっさり廃車にする人がいるのだろう、と僕も思うような、結構イケてる車だった。

誰もいない、夜中のあぜ道のこと、祐二兄は、かなりのスピードオーバーでかっ飛ばす。
そこへ、パトカーがやってきた。
僕らは止められ、パトカーからはひとりの警察官が降りてきた。
どこいくのだ、と警官は言った。
祐二兄は、ニヤリと笑うと、警官に、
「魚見るか?」
とだけ言う。
そして、返事を待たずに、何事もないかのように、トランクを開け、警官が中を覗き込む。
そこには、発泡スチロール詰めにされた巨大な魚があった。
「どうした、これ? 釣ったのか?」
祐二兄は、また、ニヤリと笑うと、
「もってくか?」
警官は、魚を受け取ると、「気いつけな」と言い残して去っていった。

1982年8月、秋田の夏の夜である。

警官と別れた祐二兄が、もとのスピードで車を走らせたのは言うまでもない。
「はは、ありゃ友達だ。」

愉快そうに笑う彼は、どこから見ても日本人には見えない。
僕の父方の特徴をそっくり引き継いだような顔は、彫りが深く、色黒で、インド人か中近東の人間にしか見えない。
頭にパンチパーマをあてたオールバックにして、ぎょっとするほど幅の広い襟の黄色のシャツを着ている。
僕は母方系の顔なので、祐二兄とあまり似ていない。格好も地味なほうが好みだ。
いとこ同士だとは、誰も思わないだろう。

前日の日中、仕事がなくて暇だった祐二兄と夏休み中の学生だった僕は、男鹿半島まで出かけていき、海でシュノーケリングをした。
たいしたものは、とれなかったので、貝をとって帰り、焼いて食ったのだが、祐二兄はあたったらしく、腹痛で大変な目にあった。今日はけろっとして、近所の放流池まで魚釣りにでかけ、大物をつりあげて帰ってきたところだったのだ。
彼はやることがタフだ。ちょっとやそっとのこでびくびくしたりしないし、実際にワイルドライフが身についている。東京育ちのおぼっちゃんとは、まるで出来が違う。
そして、本当はそのほうが尊いのだと、僕は、当時うすうす気づいてはいた。
しかし、自分でどうにかできるもんでもない。

車は、祐二兄も建設にかかわった、街の中心部にある温泉ホテルの駐車場で停まった。
もともと彼は大工だが、とび職でもなんでも請け負っている。
僕らは、降りて、ホテルに入り、タダで、温泉に入った。
祐二兄の顔パスである。
もちろん、客などひとりもいない。観光地、といっても、このあたりの温泉街といったら冬場にキリタンポ鍋をかこむ、というのが相場であって、夏はあまり客がいないのだった。

ゆったりと湯につかった後、僕らはホテルのとなりの地下にある、バーに行った。
祐二兄は酒が飲めない。
車、だからではない。
いつも、酒は飲まないのだ。
入ると、バーのマダムが、飛びつかんばかりに、祐二兄に寄ってくる。
祐二兄は、中近東顔でニヤリと笑う。
しかし、彼は、二枚目、である。
店には、マダムしかいない。
「ゆうちゃん、いつものやつね!」
そういうと、彼女は、祐二兄が「キープしている」ウーロン茶を出してくる。
それから、彼ら二人は、僕をよそに、親しそうな会話をする。
普段、ニヤリとするだけで、あまりしゃべらない祐二兄が一気に多弁になる。
内容は、ゼロ。
すべて、冗談で埋め尽くされている。
しかし、恋人同士のようだ。
たまに、祐二兄は、僕に気を使って、水を向けてくる。
マダムがそれに応える。
「あれ! いい男だこと! 東京から来たの? 若い紳士だわ!」
マダムは適当なことを言って、僕を面白がらせるが、祐二兄にご執心なことは、見ればわかる。
ひとしきり、面白可笑しい話を終えると、祐二兄は、さっと席を立ち、勘定はツケにし、僕と連れ立って、駐車場へ向かう。

車内で、僕らは、タバコを一服。
「あの人、兄貴に惚れてんだろ?」
「ふふふ!」
祐二兄は、いたずらっぽい、得意の笑顔で、
「あれのダンナは、ここらで有名なヤクザだよ。」
「大丈夫なのか?」
「ダンナも友達だからよ。」
祐二兄は、ニヤリと笑うと、まもなくスクラップ送りになるポンコツに火を点し、あぜ道を走らせた。

草の匂いがする真夏の夜に、蛙と蝉の声が満ちていく。

音楽など鳴っていないのに、どこからか、レイ・チャールズの「イン・ザ・ヒート・オブ・ザ・ナイト」が聴こえてきそうな夜。

またもや、明らかな、スピードオーバーだったけど、今度は警官はやってこなかった。


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